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第7話
「非常事態発生! 王都近郊『嘆きの坑道』にて魔力反応増大! スタンピードの兆候あり!」
ギルド内に警報が鳴り響く。
あわただしく走り回る職員たち。
だが、俺のデスクだけは、優雅なティータイムのような空気が流れていた。
「……ガルド様、出撃命令ですよ」
「聞こえん」
ガルド様は俺のパーカーの紐をいじりながら、紅茶を啜っていた。
「俺は今、君の残り香を楽しんでいる最中だ。魔物ごときで邪魔をするな」
「国が滅びますって! ほら、行ってください!」
「嫌だ。離れたくない」
「子供か!!」
俺が背中を蹴飛ばそうとした時、ギルドマスターが血相を変えて飛び込んできた。
「ガルド!!今すぐ準備しろ!」
「断る。俺が離れている間に、薫が他の男に口説かれたらどうする」
「そんな心配してる場合か!」
「なら……」
ガルド様がカップを置き、ギラリと目を光らせた。
「連れて行く」
「はい?」
俺とマスターの声が重なった。
「薫も行くんだ。俺の背中に張り付いていれば、一番安全だ」
「えっ、嫌です。俺、運動神経ゼロですよ!? 死にます!」
「安心しろ。……俺の『酸素ボンベ』を壊すような真似はさせない」
◇
一時間後。
俺はダンジョンの入り口に立っていた。
ただし、格好が異常だ。
「……ブカブカなんですけど」
着せられたのは、最高級の竜革のコート。
ガルド様が昔使っていたものらしいが、身長差がありすぎて、俺が着ると完全に「彼シャツ」状態だ。袖が余り、裾を引きずっている。
「似合っているぞ、薫」
ガルド様が満足げに頷く。
「俺の匂いに包まれている君……最高だ。このまま持ち帰って剥製にしたい」
「発言がキモイ!」
「それに、これなら魔物も近寄らん。俺のマーキング済みだからな」
ガルド様は俺を軽々と持ち上げると、自身の背中に回した。
専用のハーネスで、俺とガルド様の体ガッチリと固定される。
いわゆる「おんぶ」だ。三十近い男が、四十過ぎのおっさんにおんぶされている。地獄絵図だ。
「しっかり掴まっていろ。……舌を噛むぞ」
「え?」
ドォォォンッ!!
次の瞬間、景色が線になった。
俺の三半規管が死んだ。
「オラァッ!!」
ガルド様が地を蹴り、魔物の群れに突っ込んでいく。
オーク、ゴブリン、巨大蜘蛛。
普通の冒険者なら悲鳴を上げて逃げ出すような大群だ。
だが、ガルド様は止まらない。
剣を振るうことすらせず、素手で、魔力で、ただの突進で、魔物たちを肉片に変えていく。
「邪魔だッ! 俺の薫に近づくな! 穢れるだろうが!!」
バギィッ! グシャァッ!
「ひぃぃぃッ! ガルド様、揺れる! 吐く! 吐きそうです!」
「我慢しろ! ここで吐いたら俺の背中が汚れる!」
「理不尽!!」
圧倒的だった。
これがS級探索者。
普段はただの変態セクハラおじさんだが、戦場では「破壊神」そのものだ。
俺をおんぶしたまま、重力を無視した動きで壁を走り、天井を蹴り、敵を殲滅していく。
だが、戦闘が激化するにつれ、ガルド様の体温が異常に上昇していくのがわかった。
「……ハァッ……ハァッ……!」
ガルド様の息が荒くなる。
背中越しに伝わる心拍数が、爆発しそうなほど速い。
「……熱い……魔力が……疼く……!」
まずい。
高揚による魔力暴走の兆候だ。
ガルド様の目が赤く発光し、周囲の空間が歪み始める。
「ガルド様! 落ち着いて!」
「……薫……!」
ガルド様が急ブレーキをかけた。
魔物の死体の山の上で、俺を背中から降ろす。
そして、俺の両肩を掴み、そのまま押し倒した。
「わっ!?」
「……冷やしてくれ……! 俺を……鎮めてくれ……!」
「ちょ、ここ戦場! まだ敵が!」
「関係ない!!」
ガルド様は俺のコートの前を強引にこじ開けた。
血と汗と硝煙にまみれた顔を、俺の鎖骨のあたりに突っ込む。
「スゥッッッッ!!!! ハァァッ!!!!」
戦場に響く、ダイナミックな吸引音。
まるで溺れた人間が空気を求めるように、ガルド様は俺の匂いを貪った。
「んんッ……! 効く……! 脳髄に染み渡る……!」
「いっ、痛い! 髭が痛いです!」
ガルド様は止まらない。
俺の首筋を舐め、耳の裏を嗅ぎ、俺の体温ごと奪う勢いで密着してくる。
魔物の返り血で汚れた頬が、俺の白いシャツを赤く染めていく。
「……チャージ……完了……!」
数十秒後。
ガルド様がバッと顔を上げた。
赤い光は消え、その瞳には冷静な、しかし獰猛な光が戻っていた。
「待たせたな、雑魚ども」
ガルド様が振り返る。
そこには、空気を読まずに襲いかかろうとしていたボスモンスター、ミノタウロスがいた。
「俺の至福の時間を邪魔した罪……万死に値する」
ガルド様が指をパチンと鳴らす。
ただそれだけで、ミノタウロスは青い炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなく灰になった。
「……強すぎでしょ」
俺はへたり込んだまま呟いた。
この人、俺の匂いをガソリンにして動く殺戮マシーンなのか?
「薫」
戦闘終了。
静寂が戻ったダンジョンで、ガルド様が俺に歩み寄ってくる。
まだ興奮が冷めやらないのか、その表情は色っぽく、危険な空気を孕んでいた。
「……戦場の君の匂いは、火薬のように刺激的だ」
ガルド様が俺の顎を持ち上げ、親指で俺の唇をなぞる。
「恐怖で少し強ばった体……早鐘を打つ心臓……。たまらない」
「……帰りますよ。早く」
「ああ。だがその前に……」
ガルド様は俺を再び抱き寄せると、今度は耳元で低く囁いた。
「もう一度、満タンまで補充させてくれ」
「早く帰らせてぇぇ!!」
俺の絶叫は、ダンジョンの闇に虚しく吸い込まれていった。
こうして、俺の初ダンジョン攻略は、「携帯用吸入器」としてのデビュー戦となったのだった。
「非常事態発生! 王都近郊『嘆きの坑道』にて魔力反応増大! スタンピードの兆候あり!」
ギルド内に警報が鳴り響く。
あわただしく走り回る職員たち。
だが、俺のデスクだけは、優雅なティータイムのような空気が流れていた。
「……ガルド様、出撃命令ですよ」
「聞こえん」
ガルド様は俺のパーカーの紐をいじりながら、紅茶を啜っていた。
「俺は今、君の残り香を楽しんでいる最中だ。魔物ごときで邪魔をするな」
「国が滅びますって! ほら、行ってください!」
「嫌だ。離れたくない」
「子供か!!」
俺が背中を蹴飛ばそうとした時、ギルドマスターが血相を変えて飛び込んできた。
「ガルド!!今すぐ準備しろ!」
「断る。俺が離れている間に、薫が他の男に口説かれたらどうする」
「そんな心配してる場合か!」
「なら……」
ガルド様がカップを置き、ギラリと目を光らせた。
「連れて行く」
「はい?」
俺とマスターの声が重なった。
「薫も行くんだ。俺の背中に張り付いていれば、一番安全だ」
「えっ、嫌です。俺、運動神経ゼロですよ!? 死にます!」
「安心しろ。……俺の『酸素ボンベ』を壊すような真似はさせない」
◇
一時間後。
俺はダンジョンの入り口に立っていた。
ただし、格好が異常だ。
「……ブカブカなんですけど」
着せられたのは、最高級の竜革のコート。
ガルド様が昔使っていたものらしいが、身長差がありすぎて、俺が着ると完全に「彼シャツ」状態だ。袖が余り、裾を引きずっている。
「似合っているぞ、薫」
ガルド様が満足げに頷く。
「俺の匂いに包まれている君……最高だ。このまま持ち帰って剥製にしたい」
「発言がキモイ!」
「それに、これなら魔物も近寄らん。俺のマーキング済みだからな」
ガルド様は俺を軽々と持ち上げると、自身の背中に回した。
専用のハーネスで、俺とガルド様の体ガッチリと固定される。
いわゆる「おんぶ」だ。三十近い男が、四十過ぎのおっさんにおんぶされている。地獄絵図だ。
「しっかり掴まっていろ。……舌を噛むぞ」
「え?」
ドォォォンッ!!
次の瞬間、景色が線になった。
俺の三半規管が死んだ。
「オラァッ!!」
ガルド様が地を蹴り、魔物の群れに突っ込んでいく。
オーク、ゴブリン、巨大蜘蛛。
普通の冒険者なら悲鳴を上げて逃げ出すような大群だ。
だが、ガルド様は止まらない。
剣を振るうことすらせず、素手で、魔力で、ただの突進で、魔物たちを肉片に変えていく。
「邪魔だッ! 俺の薫に近づくな! 穢れるだろうが!!」
バギィッ! グシャァッ!
「ひぃぃぃッ! ガルド様、揺れる! 吐く! 吐きそうです!」
「我慢しろ! ここで吐いたら俺の背中が汚れる!」
「理不尽!!」
圧倒的だった。
これがS級探索者。
普段はただの変態セクハラおじさんだが、戦場では「破壊神」そのものだ。
俺をおんぶしたまま、重力を無視した動きで壁を走り、天井を蹴り、敵を殲滅していく。
だが、戦闘が激化するにつれ、ガルド様の体温が異常に上昇していくのがわかった。
「……ハァッ……ハァッ……!」
ガルド様の息が荒くなる。
背中越しに伝わる心拍数が、爆発しそうなほど速い。
「……熱い……魔力が……疼く……!」
まずい。
高揚による魔力暴走の兆候だ。
ガルド様の目が赤く発光し、周囲の空間が歪み始める。
「ガルド様! 落ち着いて!」
「……薫……!」
ガルド様が急ブレーキをかけた。
魔物の死体の山の上で、俺を背中から降ろす。
そして、俺の両肩を掴み、そのまま押し倒した。
「わっ!?」
「……冷やしてくれ……! 俺を……鎮めてくれ……!」
「ちょ、ここ戦場! まだ敵が!」
「関係ない!!」
ガルド様は俺のコートの前を強引にこじ開けた。
血と汗と硝煙にまみれた顔を、俺の鎖骨のあたりに突っ込む。
「スゥッッッッ!!!! ハァァッ!!!!」
戦場に響く、ダイナミックな吸引音。
まるで溺れた人間が空気を求めるように、ガルド様は俺の匂いを貪った。
「んんッ……! 効く……! 脳髄に染み渡る……!」
「いっ、痛い! 髭が痛いです!」
ガルド様は止まらない。
俺の首筋を舐め、耳の裏を嗅ぎ、俺の体温ごと奪う勢いで密着してくる。
魔物の返り血で汚れた頬が、俺の白いシャツを赤く染めていく。
「……チャージ……完了……!」
数十秒後。
ガルド様がバッと顔を上げた。
赤い光は消え、その瞳には冷静な、しかし獰猛な光が戻っていた。
「待たせたな、雑魚ども」
ガルド様が振り返る。
そこには、空気を読まずに襲いかかろうとしていたボスモンスター、ミノタウロスがいた。
「俺の至福の時間を邪魔した罪……万死に値する」
ガルド様が指をパチンと鳴らす。
ただそれだけで、ミノタウロスは青い炎に包まれ、悲鳴を上げる間もなく灰になった。
「……強すぎでしょ」
俺はへたり込んだまま呟いた。
この人、俺の匂いをガソリンにして動く殺戮マシーンなのか?
「薫」
戦闘終了。
静寂が戻ったダンジョンで、ガルド様が俺に歩み寄ってくる。
まだ興奮が冷めやらないのか、その表情は色っぽく、危険な空気を孕んでいた。
「……戦場の君の匂いは、火薬のように刺激的だ」
ガルド様が俺の顎を持ち上げ、親指で俺の唇をなぞる。
「恐怖で少し強ばった体……早鐘を打つ心臓……。たまらない」
「……帰りますよ。早く」
「ああ。だがその前に……」
ガルド様は俺を再び抱き寄せると、今度は耳元で低く囁いた。
「もう一度、満タンまで補充させてくれ」
「早く帰らせてぇぇ!!」
俺の絶叫は、ダンジョンの闇に虚しく吸い込まれていった。
こうして、俺の初ダンジョン攻略は、「携帯用吸入器」としてのデビュー戦となったのだった。
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