伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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第14話

​「……スゥーッ……ハァ……。……薫……」
「はいはい、いますよ。ここにいますよ」
​崩壊した地下研究所。
瓦礫の山の上で、俺は巨大な子供をあやしていた。

この国の最強戦力であるはずの男は、俺の腹に顔を埋めたまま、壊れた掃除機のように吸引を続けている。
​「……生きてる……温かい……。心臓の音がする……」
「そりゃ生きてますって。くすぐったいからシャツの中に手を入れないで」
​ガルド様の指先が、俺の脇腹を這う。
震えている。
先ほどまで施設を物理的に粉砕していた暴力の化身とは思えないほど、その指先は頼りなかった。
​「……もう、離さん」
​ガルド様が顔を上げ、俺を見つめる。
赤い光は消え、いつもの碧眼に戻っていたが、そこには粘度を増した執着の色が渦巻いていた。
​「君から目を離した俺が馬鹿だった。……これからは、トイレも風呂も一緒だ。鎖で繋いででも離さない」
「それは勘弁してください」
​俺が苦笑すると、ガルド様は不満そうに鼻を鳴らした。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
​その瞬間、場の空気が凍りついた。
​「……さて」
​ガルド様が振り返る。
そこには、腰を抜かして失禁しているネロンと、震え上がっている研究員たちがいた。
​「精算の時間だ」
​低い声。
感情の一切が抜け落ちた、無機質な宣告。
​「ひぃっ!? 待て! 待ってくれガルド!」
​ネロンが這いつくばって後ずさる。
​「わ、私はただ、魔力中毒を治したかっただけだ! 国のためだ! お前だって、その苦しみを知っているだろう!?」
「知っているさ」
​ガルド様が一歩踏み出す。
瓦礫を踏み砕く音が、死刑執行の足音のように響く。
​「頭が割れるような痛み。全身を焼かれるような焦燥感。……だが、そんなものはどうでもいい」
​ガルド様がネロンの胸ぐらを掴み、片手で吊り上げる。
​「貴様の罪は、研究じゃない。……俺の『酸素』を奪い、俺を窒息させたことだ」
「がっ、ぁ……!」
「俺が味わった絶望……その身で償え」
​ガルド様の手が、光り輝く。
攻撃魔法ではない。もっと根源的で、残酷な力だ。
​「や、やめろ……! それは……!」
​ネロンが目を見開いて絶叫する。
魔導師にとって、命よりも大事なもの。
​バギィッ!!
​鈍い音がして、ネロンの胸から「何か」が引き抜かれたような感覚があった。
魔力回路の破壊。
魔導師としての才能、蓄積した魔力、その全てを物理的に粉砕されたのだ。
​「あ……ああぁ……俺の……俺の魔力が……!」
「一生、魔法など使えぬ体になれ。ただの無力な人間として、泥を啜って生きろ」
​ガルド様は、魂の抜け殻のようになったネロンをゴミのように放り捨てた。
​「殺しはしない。……俺の薫が、人殺しの恋人になるのは不本意だからな」
「誰が恋人ですか」
​俺はツッコミを入れたが、声は震えていた。
殺すよりも残酷な制裁。
ネロンはこれから、魔法至上主義のこの国で、すべてを失った廃人として生きることになるだろう。
​「行くぞ、薫」
​ガルド様は手をパンパンと払い、何事もなかったかのように俺を抱き上げた。
お姫様抱っこだ。もう慣れた。
​「待って、俺歩けます」
「駄目だ。地面が汚れている」
​ガルド様は俺を抱えたまま、瓦礫の山を軽々と跳躍し、地上へと向かった。
​   ◇
​地上に出ると、そこは地獄絵図だった。
王立研究所があった場所は、巨大なクレーターと化していた。
​「……やりすぎだろ」
「更地にした方が、再開発に便利だろう?」
​ガルド様が悪びれもせずに言うと、前方から国王陛下と騎士団が駆け寄ってきた。
​「ガルドォォォッ!!!」
​国王陛下が馬から飛び降り、顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。
​「貴様、何をしたかわかっているのか!? 国の重要施設だぞ!?」
「害虫駆除です」
「限度があるだろうが!! 修理費いくらかかると思ってるんだ!!」
「請求書は、地下に転がってるあの元・副所長に回してください。……俺の『所有物』を盗んだ慰謝料も含めて」
​ガルド様は俺を抱きしめたまま、国王陛下を睨みつけた。
​「それとも陛下……俺の『安定剤』を守れなかった国の責任を問いますか? 俺がこのまま暴走して、王都を地図から消しましょうか?」
「…………」
​国王陛下は絶句し、そして俺を見た。
「頼む、その狂犬の手綱を握ってくれ」という切実な目が語っていた。
​「……ガルド様、もういいでしょ。帰りましょう」
​俺はガルド様の首に腕を回し、耳元で囁いた。
​「疲れました。……お風呂に入って、眠りたいです」
「……薫」
​ガルド様の殺気が、ふっと消えた。
​「……ああ、そうだな。帰ろう」
​ガルド様は国王陛下に一礼もしないまま、待機させていた装甲馬車へと歩き出した。
背後で騎士たちが「あの人、本当に人間か?」と囁き合っているのが聞こえた。
​   ◇
​馬車の中。
二人きりの空間に戻った途端、ガルド様が崩れ落ちた。
​「ガルド様!?」
​ガルド様は俺の膝に顔を埋め、肩を震わせていた。
​「……怖かった」
​消え入るような声。
さっきまで国王を脅していた男とは思えない弱さだった。
​「君の匂いが消えた瞬間……世界が真っ暗になった。……心臓が止まるかと思った」
​ガルド様の手が、俺の手をきつく握りしめる。
痛いほどに。
​「俺には、君しかいないんだ。……最強なんて称号はいらない。君さえいれば……」
​俺は、ガルド様の頭をそっと撫でた。
汗でベタついている髪。血の匂い。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
​この人は、俺のために世界を敵に回し、俺のために泣いてくれる。
それが「依存」だとしても、「異常」だとしても。
​「……逃げませんよ」
​俺は言葉にした。
それは、自分自身への誓いでもあった。
​「俺も、あんたがいないと困るんです。……ご飯美味しいし、ベッドふかふかだし」
「……それだけか?」
「それだけです」
​ガルド様が顔を上げ、泣き笑いのような表情をした。
​「……なら、もっといい飯をやろう。世界一の寝床も作ろう」
​ガルド様が俺の頬に手を添え、ゆっくりと近づいてくる。
キスか。
俺が身構えて目を閉じると――。
​スゥッ……。
​やっぱり、首筋への吸引だった。
​「……ただいま、薫…俺の酸素」
​熱い吐息がくすぐったい。
俺は苦笑しながら、その大きな背中に腕を回した。
​「……おかえりなさい、馬鹿犬」
​こうして、俺たちの長くて騒がしい一日は終わった。
そして、俺はこの日、完全に「英雄の飼い主」としての覚悟を決めたのだった。
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