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番外編
「……くしゅんっ」
朝。
窓から差し込む陽光で目を覚ました俺は小さなくしゃみを一つ落とした。
喉が少しイガイガする。体も妙に重だるい。
(……やば。昨日、窓を開けたまま寝たせいか?)
季節の変わり目だ。どうやら、軽い風邪を引いてしまったらしい。
今日はギルドに有休の申請を出して、一日大人しく寝ていよう。
そう思い、重い体を起こそうとした――その瞬間だった。
「スゥゥゥゥゥゥッ…………!?」
隣で寝ていた巨大な毛布の塊が、弾かれたように跳ね起きた。
そして、猛禽類のような鋭い目で俺を凝視し、鼻をヒクヒクと動かす。
「……ガルド様? どうしたん――」
「薫!! 息をするな!! いや、息はしろ!! 動くな!!」
ガルド様は俺の肩をガシッと掴み、そのまま俺の首筋に顔を埋めた。
「ズゥゥゥゥゥッッ!! ……間違いない。君の汗の糖度が平熱時より0.05パーセント高く、呼気に含まれる魔力中和成分に『ウイルスと交戦中』の微弱な乱れがある!!」
「うわ…」
ガルドが青ざめた顔で顔を上げる。
「熱があるな!? 37.8度……いや、37.9度だ!!」
「体温計いらずですね……って、ちょっ!?」
ガルドは俺を毛布ごと簀巻きにし、ベッドの中央に安置した。
そして、部屋のドアを蹴り破らんばかりの勢いで廊下へ向かって叫んだ。
「セバスチャンッ!! 緊急事態だ!!」
ドタドタドタッ! と、屋敷の廊下から無数の足音が響いてくる。
「旦那様!? どうされました!?」
「 薫が……俺の薫が、謎の病魔に侵されている!! 直ちに王宮の筆頭侍医を呼べ! いや、国中の高位治癒術師を全員この屋敷に連行しろ!!」
「承知いたしました! 直ちに馬車を――」
「待って!! ガルド様、セバスチャンさん!! ただの風邪! ちょっと熱出ただけの風邪だから!!」
簀巻き状態の俺は、必死に芋虫のように蠢いて抗議した。
「国中の医者集めたら医療崩壊するだろ! 王都の病院がパニックになるわ!」
「だが薫! 君の体が熱いんだぞ! もしこのまま君の命が……」
「37度台で死にません! 栄養あるもの食べて寝てれば治りますから!」
俺が叫ぶと、ガルド様はピタリと動きを止め、不安そうな顔で俺を見た。
「……本当に、寝ていれば治るのか?」
「治ります。だから、大げさなことはしないでください。……俺、お粥が食べたいな」
俺が努めて優しく言うと、ガルドの表情が「スッ……」と真顔に戻った。
「セバスチャン。最高級のレッドドラゴンの卵と、霊峰マナ・キリマンジャロの雪解け水を用意しろ。……俺が、究極の粥を作る」
「はい。 直ちに厨房へ!」
「レッドドラゴンはやめて! !! 普通の卵にして!!」
俺のツッコミは、嵐のように去っていく主従の背中に虚しく吸い込まれていった。
◇
一時間後。
俺は、枕を三つも重ねた上に寄りかかり、ベッドで「介護」を受けていた。
「さあ薫、口を開けろ」
ガルドが、純銀のスプーンで琥珀色に輝くお粥をすくい、フーフーと息を吹きかけてから俺の口元へ運んでくる。
結局、レッドドラゴンの卵は阻止したが、代わりに「千年に一度しか採れない幻の霊芝」とやらが煮込まれているらしい。一口食べるごとに寿命が延びそうな味がする。
「……美味しいです。でも、自分で食べられますから」
「馬鹿を言え。病人にスプーンを持たせるなど、ベルンシュタイン家の名折れだ」
俺の口元をシルクのハンカチで優しく拭い、満足げに頷いた。
「それにしても……」
ガルド様はスプーンを置くと、俺のベッドの横に体育座りをした。
大きな体が小さく丸まっている。
「……変わるものだな。君の匂いは」
「臭いですか? 汗かいてるし」
「とんでもない!普段の君が『新緑の森』だとするなら、今の微熱を帯びた君は『完熟した果実』だ。……甘くて、少し気怠げで、俺の庇護欲を激しく刺激する」
「まぁ…臭くないなら良かったです」
「本音を言うなら、この熱に浮かされた君の匂いを、一生真空パックに閉じ込めておきたいくらいだ」
「またそんなことを言って……」
(……やらないよね?)
俺が呆れていると、ガルドはそっと俺の額に手を当てた。
冷たくて、気持ちいい。
「……熱は、俺の魔力でいくらでも下げられるが、君の細胞が戦っている、邪魔はしたくない」
ガルドは俺の横に潜り込み、毛布の中から俺の体をそっと抱きしめた。
「ガ、ガルド様? 移りますよ」
「俺はウイルスなど気合いで滅却できる。……それに、君の熱が下がるまで、俺が湯たんぽ代わりになろう」
ガルドの体温が、じんわりと伝わってくる。
暑苦しいはずなのに、なぜかそれがひどく安心した。
…スゥゥゥッ……ハァァ…………
耳元で、静かで優しい深呼吸の音が聞こえる。
「……ガルド様」
「ん?」
「……ありがとうございます、あんたがいてくれて良かった」
熱のせいだろうか。普段なら絶対に言わないような素直な言葉が、ぽろりと口からこぼれた。
ガルドは一瞬目を見開き、それから、今まで見た中で一番優しく、そして嬉しそうな顔で破顔した。
「……ああ。俺も、君の看病ができて幸せだ」
ガルドは俺の額に、チュッと音を立ててキスをした。
「早く治せ、俺の飼い主殿。……君が元気になったら、たっぷり『補給』させてもらうからな」
「……やっぱり、もうしばらく風邪引いとこうかな」
俺が苦笑すると、ガルドは「なぜだ」と大げさに慌てた。
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