伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン

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​窓を叩く雨音が、静かなリビングに響いている。
今日は朝から大雨で、外に出る予定はすべてキャンセルとなった。
​本来なら、暖炉の火にあたりながら読書でもして、優雅な休日を過ごすはずだったのだが。

​「……あの、ガルド様」
「なんだ、薫」
「重いです。そして暑いです。そろそろ離れてくれませんか」

​俺は、三人掛けの特大アンティークソファに寝転がったまま、身動き一つとれずにいた。
なぜなら、俺の上には身長二メートル近い最強の英雄が、まるで巨大な毛布のように覆い被さっているからだ。

​「断る。今日の君は、いつも以上に素晴らしいからな」

​ガルドの顔は、俺の首筋にピタリと密着している。
​スゥッ……ハァァ…………。

​「雨の日の湿気は最高だ。空気中の水分が君の匂い分子を絡め取り、逃さずに俺の鼻腔へ届けてくれる。……まるで君の体臭を濃縮した極上のミストサウナにいるようだ」
「褒め言葉のベクトルがおかしいんだよ」

​俺が呆れて抗議するが、ガルドは全く動じない。
それどころか、俺の首筋にチュッ、チュッとバードキスを落とし始めた。

​「んっ……やめ、くすぐったい」
「やめない。……ここも甘いな。今日は特に、耳の裏から項にかけての香りが芳醇だ」

​ガルドの唇が、首筋から耳たぶへと移動する。
わざとらしく甘噛みされ、ビクッと肩が跳ねた。

​「ひっ……! ばか、本読んでるの! 邪魔しないでください!」
「俺という最高の娯楽が目の前にいるのに、なぜ紙の束などを眺める必要がある」
「あんたは娯楽っていうか、ただの大型犬だろ……っ、そこ、舐めるな!」

​ガルドの熱い舌が鎖骨の窪みをなぞり、俺の口から情けない声が漏れる。
ガルドは俺の手から読みかけの本をポイッと奪い取り、床に放り投げた。

​「あ、ちょっと!」
「薫。こっちを見ろ」

​少しだけ低い、甘く掠れた声。
顔を向けると、至近距離にガルドの整った顔があった。
碧色の瞳が、俺だけを熱っぽく見つめている。

​「……本ばかり見ていないで、俺を見ろ。俺に触れろ」

​ズルい。
世界最強の男が、こんな捨てられた子犬みたいな目で甘えてくるなんて。
これに抗える人間が、この世のどこにいるというのか。

​「……本当に、わがままな馬鹿犬」

​俺はため息をつき、ガルドの首に両腕を回した。
サラサラの金髪に指を絡め、優しく撫でる。
するとガルドは、喉の奥でグルグルと満足げな音を鳴らし、俺の胸元に顔を擦り付けてきた。

​「……俺は、雨の日が嫌いだった」
「傷が痛むから?」
「ああ。空が暗いと、魔力中毒の痛みに耐えていた冷たい夜を思い出す。……雨の音は、世界の全てが俺を責め立てているような騒音に聞こえた」

​ガルドの大きな手が、俺の腰をしっかりと抱き寄せる。

​「だが、今は違う」
「今は?」
「雨が降れば、こうして堂々と一日中、君を独占できる。外に出る必要もない。……ただ君の匂いを吸い、君の体温を感じ、君の心臓の音を聞いていられる」

​ガルドは俺を見上げ、太陽のように柔らかく微笑んだ。

​「君が、俺の世界のすべてを塗り替えてくれたんだ」

​そんな甘い台詞を、息をするように言わないでほしい。
顔が熱くなるのが自分でもわかった。
絶対、林檎みたいに真っ赤になっている。

​「……大袈裟ですよ。俺はただ、休日にゴロゴロしてるだけなのに」
「そのゴロゴロが俺を救っているんだ。……愛しているよ、薫」

​ガルドの顔が近づいてくる。
俺は目を閉じ、その熱い唇を受け入れた。
​チュッ

「ん、ふぁ……。」

​何度か角度を変えて、深く、甘く、溶け合うようなキス。
口の中までガルドの匂いと熱で満たされ、頭がクラクラしてくる。
息継ぎのためにわずかに唇を離すと、ガルドはすぐさま俺の唇の端にキスを落とし、そのまま頬、鼻の頭、そして再び首筋へと顔を埋めた。

​スゥゥゥゥーーーーーーッ…………。
​「……やっぱり、君の匂いが一番落ち着く」
「はいはい。好きなだけ吸ってくださいよ。……俺も、あんたの重さがないと、もう落ち着かない体になっちゃいましたからね」

​俺が素直にそう言うと、ガルドは嬉しそうに俺をさらに強く抱きしめた。
​窓の外では、まだ雨が降り続いている。
けれど、この特大ソファの上だけは、陽だまりのように温かくて、甘い香りに満ちていた。
俺たちはそのまま絡み合うようにして、平和な午後の微睡みへと落ちていった。
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