執着騎士団長と、筋肉中毒の治癒師

マンスーン

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12話

​第12話 王宮舞踏会


​ 王宮の大広間は、シャンデリアの輝きと、着飾った貴族たちの香水の匂いで満たされていた。
 今夜は、先日の魔獣討伐遠征の功績を称える舞踏会。
 主役の一人である僕は、会場の隅で、グラス片手に震えていた。
​(……来る。ついに、あの姿が)
​ ざわめきが、一瞬にして静まり返る。
 大階段の上に、その男は現れた。
​「ガドリエル・ヴォルフレア騎士団長、入場の儀!」
​ 儀仗兵の声と共に、ガドリエルがゆっくりと階段を下りてくる。

 その姿を見た瞬間、会場中の令嬢たちが扇子で顔を隠し、黄色い悲鳴を噛み殺した。
 そして僕は、尊さのあまり昇天しかけた。
​ 黒の燕尾服。
 それは、紳士の正装であり、究極の「拘束具」だった。

​(あぁ……神よ! なんて罪深い!)
​ 普段の無骨な鎧や、機能的な軍服ではない。
 体に密着するように仕立てられた最高級のシルク地が、彼の肉体をギリギリまで締め上げている。

​ 特に肩幅だ。
 既製品では絶対に収まらないであろう三角筋の張り出しが、ジャケットの肩山を内側から押し上げ、威圧的なシルエットを作り出している。
 動くたびに、背中の縫い目が悲鳴を上げているのが聞こえるようだ。

​「……窮屈だ」
​ ガドリエルが僕の元へ歩み寄ってくる。
 彼は不機嫌そうに、首元のネクタイを指で緩めた。
​「首が締まる。これなら鎖帷子の方がマシだ」
​「いいえ団長! 最高です! その『封印されし野獣』感がたまりません!」
​ 僕は小声で力説した。
 首が太すぎて、襟が首の筋肉に食い込んでいる。
 喉仏が上下するたびに、窮屈そうな布地が波打つ。
 その「我慢している感じ」が、とてつもなく色っぽいのだ。

​「……そうか。お前が気に入ったなら、耐える価値はある」
​ ガドリエルはフッと笑い、シャンパングラスを受け取った。
 その手には、白手袋が嵌められている。
 指の関節一つ一つまで包み込む白い布。グラスの脚を持つ指先に力がこもると、布越しにでも筋肉の硬直が伝わってくる。
​(手袋……! 素肌を見せないという背徳感……!)
​ 僕が鼻血をこらえていると、香水の匂いをさせた貴婦人たちが群がってきた。

​「まあ、ガドリエル様。今宵はいつにも増して素敵ですわ」
「わたくしと一曲、踊っていただけません?」
「いいえ、わたくしと!」

​ 色とりどりのドレスに身を包んだ女性たちが、ガドリエルを取り囲む。
 彼女たちの視線は、彼の整った顔立ちだけでなく、礼服の下に隠された逞しい胸板にも熱く注がれていた。
 当然だ。このフェロモンに抗える生物はいない。

​ ガドリエルは困ったように眉を寄せ、助けを求めるように僕を見た。
 しかし、僕は身分が低い。この場に割って入ることはできない。

​「……失礼」
​ ガドリエルが低く、しかしよく通る声を発した。

 彼は貴婦人たちの包囲網を、強引かつ優雅に突破した。
 その足取りは力強く、床を踏みしめるたびに太ももの大腿四頭筋がズボンの生地を張り詰めさせる。

​ そして、僕の目の前に立った。

​「団、長……?」
​「俺のパートナーは、彼だ」

​ ガドリエルはそう宣言すると、僕の腰に手を回した。
 白手袋越しの、大きく熱い手。
 ガシッ、と音がしそうなほど強く、腰骨をホールドされる。

​ 会場中がどよめいた。
 「あの少年は誰?」「まさか、噂の愛人……?」「なんて美しい……」

​「レオ。踊るぞ」
​「えっ!? 無理です、僕ステップなんて踏めません!」
​「構わん。俺に掴まっていろ。……足だけ動かせばいい」

​ ガドリエルは強引に僕をフロアの中央へ連れ出した。
 音楽が始まる。
 僕は彼の胸に顔を埋める形で、へっぴり腰でステップを踏んだ。

​ 密着した胴体。
 礼服越しに伝わる、腹直筋の硬さ。
 そして、彼が僕をリードするために背中の筋肉を動かすたび、燕尾服の背中が左右に割れそうになる光景。

​(あぁ……布が……はち切れる……!)
​ 僕はステップなどどうでもよくなり、ただひたすら背中の縫い目の安否を気遣った。
 ガドリエルが僕の耳元で囁く。

​「……よく見ておけ。俺は誰の手も取らん。この手はお前を支えるためだけにある」
​「はい! その上腕二頭筋の支え、岩のように安定しています!」

​ 僕たちは、周囲の視線を完全に無視し、二人だけの世界に浸っていた。
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