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13話
第13話 深淵への勅命
その呼び出しは、唐突だった。
王宮の最奥、謁見の間。
重厚な扉が開かれ、僕とガドリエルは玉座の前に跪いていた。
「――騎士団長ガドリエルよ。其方に、未踏破ダンジョン『奈落の古城』の調査を命じる」
国王の厳格な声が響く。
隣にいるガドリエルの背中が、ピクリと反応した。
軍服越しでもわかる。彼の広背筋が、警戒するように緊張の糸を張り巡らせたのだ。
『奈落の古城』。
それは、過去に何組もの精鋭部隊が挑み、誰一人として戻らなかったという、呪われた場所。
この国の騎士たちにとって、そこは「死」と同義語だった。
「……御意」
ガドリエルは短く答えた。
その声には、一切の揺らぎがなかった。
だが、僕は見ていた。
彼が床についた拳。その手甲の中で、指の関節が白くなるほど強く握りしめられているのを。
(団長……)
退出した後、ガドリエルは長い廊下を無言で歩いた。
その足取りは重く、まるで鉄球を引きずっているかのようだった。
その夜。
宿舎のガドリエルの部屋を訪ねると、彼は窓辺で剣の手入れをしていた。
月明かりに照らされたその肉体は、いつ見ても芸術品のように美しい。
だが今夜は、その美しさがどこか痛々しかった。
「……レオか」
彼は手を止めずに言った。
研ぎ澄まされた刃に、彼の険しい表情が映っている。
「今回の任務……お前は連れて行けない」
予想していた言葉だった。
ガドリエルは、オイルを含ませた布で刀身を拭う。
そのたびに、上腕三頭筋が鋭く隆起し、肩の三角筋が複雑な影を落とす。
「『奈落』は、今までとは次元が違う。俺の力が通じるかもわからん。……お前を、死なせるわけにはいかないんだ」
彼は剣を置き、振り返った。
その瞳は、深い悲しみと恐怖に揺れていた。
最強の騎士団長が、初めて見せた弱さ。
それは、彼が僕をどれほど大切に思っているかの証明でもあった。
僕は静かに彼に近づいた。
そして、その分厚い胸板にそっと手を触れた。
「団長。あなた(筋肉)がそこに在る限り、僕はどこへでも行きます」
「レオ……」
「それに、考えてもみてください。もし団長が傷ついた時、誰がその完璧な大胸筋を修復するんですか? 他の治癒師に触らせる気ですか?」
僕が真剣な眼差しで訴えると、ガドリエルは呆気に取られたように目を見開いた。
やがて、彼はふっと肩の力を抜いた。
「……はは。そうだな。お前以外の治療など、もう受けつけない体になってしまったんだったな」
彼は僕の手の上に、自分の大きな手を重ねた。
熱い。
迷いが消え、再び熱を取り戻した筋肉の温度。
「わかった。……連れて行く。だが、絶対に俺のそばを離れるな。何があっても、俺がお前を守る」
ガドリエルの顔つきが変わった。
奥歯を噛み締めた瞬間、顎から首筋にかけての胸鎖乳突筋が、ワイヤーのように浮き上がる。
優しさを捨て、修羅となる覚悟を決めた男の顔。
(あぁ……なんてゾクゾクする首筋だ……!)
僕は不謹慎にもときめいてしまったが、同時に背筋に冷たいものが走るのも感じていた。
この完璧な肉体が、傷つくかもしれない。
あるいは、失われるかもしれない。
翌朝。
重厚なフルプレートメイルに身を包んだガドリエルは、完全に「鉄壁の城塞」と化していた。
兜の奥から覗く瞳は、鋭く冷たい氷の色に戻っている。
「全軍、出撃!」
号令と共に、僕たちは『奈落』へと足を踏み入れた。
閉ざされた城門の闇が、まるで巨大な魔獣の口のように僕たちを飲み込んでいく。
その呼び出しは、唐突だった。
王宮の最奥、謁見の間。
重厚な扉が開かれ、僕とガドリエルは玉座の前に跪いていた。
「――騎士団長ガドリエルよ。其方に、未踏破ダンジョン『奈落の古城』の調査を命じる」
国王の厳格な声が響く。
隣にいるガドリエルの背中が、ピクリと反応した。
軍服越しでもわかる。彼の広背筋が、警戒するように緊張の糸を張り巡らせたのだ。
『奈落の古城』。
それは、過去に何組もの精鋭部隊が挑み、誰一人として戻らなかったという、呪われた場所。
この国の騎士たちにとって、そこは「死」と同義語だった。
「……御意」
ガドリエルは短く答えた。
その声には、一切の揺らぎがなかった。
だが、僕は見ていた。
彼が床についた拳。その手甲の中で、指の関節が白くなるほど強く握りしめられているのを。
(団長……)
退出した後、ガドリエルは長い廊下を無言で歩いた。
その足取りは重く、まるで鉄球を引きずっているかのようだった。
その夜。
宿舎のガドリエルの部屋を訪ねると、彼は窓辺で剣の手入れをしていた。
月明かりに照らされたその肉体は、いつ見ても芸術品のように美しい。
だが今夜は、その美しさがどこか痛々しかった。
「……レオか」
彼は手を止めずに言った。
研ぎ澄まされた刃に、彼の険しい表情が映っている。
「今回の任務……お前は連れて行けない」
予想していた言葉だった。
ガドリエルは、オイルを含ませた布で刀身を拭う。
そのたびに、上腕三頭筋が鋭く隆起し、肩の三角筋が複雑な影を落とす。
「『奈落』は、今までとは次元が違う。俺の力が通じるかもわからん。……お前を、死なせるわけにはいかないんだ」
彼は剣を置き、振り返った。
その瞳は、深い悲しみと恐怖に揺れていた。
最強の騎士団長が、初めて見せた弱さ。
それは、彼が僕をどれほど大切に思っているかの証明でもあった。
僕は静かに彼に近づいた。
そして、その分厚い胸板にそっと手を触れた。
「団長。あなた(筋肉)がそこに在る限り、僕はどこへでも行きます」
「レオ……」
「それに、考えてもみてください。もし団長が傷ついた時、誰がその完璧な大胸筋を修復するんですか? 他の治癒師に触らせる気ですか?」
僕が真剣な眼差しで訴えると、ガドリエルは呆気に取られたように目を見開いた。
やがて、彼はふっと肩の力を抜いた。
「……はは。そうだな。お前以外の治療など、もう受けつけない体になってしまったんだったな」
彼は僕の手の上に、自分の大きな手を重ねた。
熱い。
迷いが消え、再び熱を取り戻した筋肉の温度。
「わかった。……連れて行く。だが、絶対に俺のそばを離れるな。何があっても、俺がお前を守る」
ガドリエルの顔つきが変わった。
奥歯を噛み締めた瞬間、顎から首筋にかけての胸鎖乳突筋が、ワイヤーのように浮き上がる。
優しさを捨て、修羅となる覚悟を決めた男の顔。
(あぁ……なんてゾクゾクする首筋だ……!)
僕は不謹慎にもときめいてしまったが、同時に背筋に冷たいものが走るのも感じていた。
この完璧な肉体が、傷つくかもしれない。
あるいは、失われるかもしれない。
翌朝。
重厚なフルプレートメイルに身を包んだガドリエルは、完全に「鉄壁の城塞」と化していた。
兜の奥から覗く瞳は、鋭く冷たい氷の色に戻っている。
「全軍、出撃!」
号令と共に、僕たちは『奈落』へと足を踏み入れた。
閉ざされた城門の闇が、まるで巨大な魔獣の口のように僕たちを飲み込んでいく。
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