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37話
37
僕の名前はトーマス。
今年、栄えある王立騎士団に入隊したばかりの新米騎士だ。
氷の刃、不敗の戦神――そう謳われるガドリエル団長に憧れて、厳しい訓練を乗り越え、やっとの思いでこの場所に配属された。
だが、入隊から半年。僕の主な任務は「魔獣討伐」ではなく、「備品発注」になっていた。
「トーマス君、悪いんだけど……また王室御用達の家具職人を呼んできてくれないか」
副団長が、死んだ魚のような目で一枚の羊皮紙を僕に差し出した。
そこには『損害報告書』と書かれている。
「えっと……今回は何が壊れたんですか?」
「執務室の来客用ソファと、マホガニー製のデスク、それから……壁の一部だ」
「壁ぇ!?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
ベッドや椅子が壊れるのはもう慣れた。しかし、壁ってどういうことだ。
「昨日、レオ先生が団長に『今日の大胸筋、一段と張りが良いですね!』と背後からハグをしたらしいんだ。その瞬間、団長の筋肉が膨れ上がって、着ていた制服のボタンが散弾銃のように弾け飛んで……そのうちの一つの威力が強すぎて、壁にめり込んだそうだ」
「ボタンで壁が……!? 団長の筋肉、どうなってるんですか!?」
「俺が知りたいよ。……とにかく、頼んだぞ。今月だけで家具の修繕費が討伐予算を上回りそうなんだ」
副団長は胃薬を水なしで飲み込み、ふらふらと去っていった。
僕はため息をつきながら、発注書を片手に団長の執務室へと向かった。
◇
「失礼します、団長。備品の確認に……」
ノックをして扉を開けた瞬間、僕は「あっ、入るタイミング間違えた」と即座に悟った。
「んんっ……団長、書類仕事中ですよ……っ!」
「構わん。この程度の書類、片手で終わる。それよりお前が俺の膝の上に座っていないと、俺の広背筋が寂しがって暴れ出しそうなんだ」
執務室の中央。
半壊したデスクの前で、我らが厳格なる騎士団長様は、専属治癒師 兼 奥様のレオ先生を膝の上に乗せ、背中からガッチリとホールドしていた。
しかも、空いている片手で羽ペンを猛スピードで走らせている。どんな器用さだ。
「あっ、トーマス君! お疲れ様です!」
レオ先生が僕に気づき、顔を真っ赤にして団長の腕から抜け出そうとする。
しかし、団長の上腕二頭筋はピクリとも動かない。完全に拘束されている。
「だ、団長! トーマス君が見てます! 離して!」
「……チッ。なんだ、トーマス」
ギロォッ! と、団長の金色の瞳が僕を射抜く。
ひぃっ! 怖すぎる!
「も、申し訳ありません! あの、壊れたソファの寸法の確認を……!」
「そんなもの大体でいい! とにかく一番頑丈な素材で、鋼鉄の芯金を入れたものを作らせろ! 昨日の昼、レオの魔力を受け取った時に少し力んだら、背もたれがへし折れたからな!」
「団長!!余計なこと言わないで!!」
レオ先生が涙目で団長の胸板をポカポカと叩いている。
しかし、その程度の攻撃、団長の大胸筋にとっては「ご褒美のマッサージ」でしかないらしい。団長は嬉しそうに目を細め、レオ先生の手に頬ずりしている。
「し、失礼しました…」
僕は静かに扉を閉めた。
これ以上見ていると、僕の精神まで削られてしまう。
◇
午後。
僕は城下町の家具工房で、職人の親方と頭を抱えていた。
「無茶言うなよ騎士様! 先月納品した『ワイバーンの骨組み入りベッド』も三日で粉々になったんだぞ!? これ以上頑丈な素材なんて、ミスリル合金くらいしかねぇよ!」
「お、親方、そこをなんとか! このままじゃ騎士団の予算が破産します!」
「だいたい、何したらあんな壊れ方するんだ!? まるで攻城兵器でもぶつけられたみてぇな……」
「攻城兵器みたいな筋肉が、毎晩激しく動いてるんです……」
僕が遠い目で呟くと、親方は「はぁ?……」とわけがわからんと言った顔になり、髪をガシガシとかきあげた。
「……ミスリル、原価ギリギリで打ってやるよ。騎士団にはいつも世話になってるからな」
「親方ぁ……っ!」
こうして、僕の努力と親方の優しさにより、王立騎士団の平穏はなんとか保たれている。
帰り道、訓練場を通りかかると、ちょうど団長が若手相手に立ち回りを見せているところだった。
「……ふっ!」
団長が木剣を一閃するたびに、空気が爆ぜ、見学していた新兵たちが突風で吹き飛ばされていく。
もはや剣術ではない。ただの筋肉の暴力だ。
「 今の僧帽筋の収縮、最高です団長! 汗で張り付いたシャツがエロ……じゃなくて、機能美に溢れてる」
訓練場の端っこで、レオ先生が黄色い声を上げている。
その声を聞いた瞬間、団長の動きがさらに3倍速になり、残像しか見えなくなった。
そして――。
バツンッ!! バツンッ!!
「あ」
気合いが入りすぎた団長の筋肉が爆発的に膨張し、ついに制服が耐えきれずに上半身の布地が木っ端微塵に弾け飛んだのだ。
「おおおぉぉーっ!! 裸体いただきましたぁぁ!!」
レオ先生が鼻血を出して倒れた。
「レオォォォッ!!」
団長が木剣を投げ捨てて、凄まじいスピードでレオ先生の元へスライディングする。
「……」
僕は手元の『損害報告書』の束に、そっと一枚追記した。
『特注騎士団制服:一着、全損』と。
この騎士団は、今日も平和だ。
団長は最強だし、レオ先生は幸せそう(で頻繁に気絶している)だし。
ただ、僕の胃痛と、王国の家具職人の過労だけは、当分治りそうになかった。
僕の名前はトーマス。
今年、栄えある王立騎士団に入隊したばかりの新米騎士だ。
氷の刃、不敗の戦神――そう謳われるガドリエル団長に憧れて、厳しい訓練を乗り越え、やっとの思いでこの場所に配属された。
だが、入隊から半年。僕の主な任務は「魔獣討伐」ではなく、「備品発注」になっていた。
「トーマス君、悪いんだけど……また王室御用達の家具職人を呼んできてくれないか」
副団長が、死んだ魚のような目で一枚の羊皮紙を僕に差し出した。
そこには『損害報告書』と書かれている。
「えっと……今回は何が壊れたんですか?」
「執務室の来客用ソファと、マホガニー製のデスク、それから……壁の一部だ」
「壁ぇ!?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。
ベッドや椅子が壊れるのはもう慣れた。しかし、壁ってどういうことだ。
「昨日、レオ先生が団長に『今日の大胸筋、一段と張りが良いですね!』と背後からハグをしたらしいんだ。その瞬間、団長の筋肉が膨れ上がって、着ていた制服のボタンが散弾銃のように弾け飛んで……そのうちの一つの威力が強すぎて、壁にめり込んだそうだ」
「ボタンで壁が……!? 団長の筋肉、どうなってるんですか!?」
「俺が知りたいよ。……とにかく、頼んだぞ。今月だけで家具の修繕費が討伐予算を上回りそうなんだ」
副団長は胃薬を水なしで飲み込み、ふらふらと去っていった。
僕はため息をつきながら、発注書を片手に団長の執務室へと向かった。
◇
「失礼します、団長。備品の確認に……」
ノックをして扉を開けた瞬間、僕は「あっ、入るタイミング間違えた」と即座に悟った。
「んんっ……団長、書類仕事中ですよ……っ!」
「構わん。この程度の書類、片手で終わる。それよりお前が俺の膝の上に座っていないと、俺の広背筋が寂しがって暴れ出しそうなんだ」
執務室の中央。
半壊したデスクの前で、我らが厳格なる騎士団長様は、専属治癒師 兼 奥様のレオ先生を膝の上に乗せ、背中からガッチリとホールドしていた。
しかも、空いている片手で羽ペンを猛スピードで走らせている。どんな器用さだ。
「あっ、トーマス君! お疲れ様です!」
レオ先生が僕に気づき、顔を真っ赤にして団長の腕から抜け出そうとする。
しかし、団長の上腕二頭筋はピクリとも動かない。完全に拘束されている。
「だ、団長! トーマス君が見てます! 離して!」
「……チッ。なんだ、トーマス」
ギロォッ! と、団長の金色の瞳が僕を射抜く。
ひぃっ! 怖すぎる!
「も、申し訳ありません! あの、壊れたソファの寸法の確認を……!」
「そんなもの大体でいい! とにかく一番頑丈な素材で、鋼鉄の芯金を入れたものを作らせろ! 昨日の昼、レオの魔力を受け取った時に少し力んだら、背もたれがへし折れたからな!」
「団長!!余計なこと言わないで!!」
レオ先生が涙目で団長の胸板をポカポカと叩いている。
しかし、その程度の攻撃、団長の大胸筋にとっては「ご褒美のマッサージ」でしかないらしい。団長は嬉しそうに目を細め、レオ先生の手に頬ずりしている。
「し、失礼しました…」
僕は静かに扉を閉めた。
これ以上見ていると、僕の精神まで削られてしまう。
◇
午後。
僕は城下町の家具工房で、職人の親方と頭を抱えていた。
「無茶言うなよ騎士様! 先月納品した『ワイバーンの骨組み入りベッド』も三日で粉々になったんだぞ!? これ以上頑丈な素材なんて、ミスリル合金くらいしかねぇよ!」
「お、親方、そこをなんとか! このままじゃ騎士団の予算が破産します!」
「だいたい、何したらあんな壊れ方するんだ!? まるで攻城兵器でもぶつけられたみてぇな……」
「攻城兵器みたいな筋肉が、毎晩激しく動いてるんです……」
僕が遠い目で呟くと、親方は「はぁ?……」とわけがわからんと言った顔になり、髪をガシガシとかきあげた。
「……ミスリル、原価ギリギリで打ってやるよ。騎士団にはいつも世話になってるからな」
「親方ぁ……っ!」
こうして、僕の努力と親方の優しさにより、王立騎士団の平穏はなんとか保たれている。
帰り道、訓練場を通りかかると、ちょうど団長が若手相手に立ち回りを見せているところだった。
「……ふっ!」
団長が木剣を一閃するたびに、空気が爆ぜ、見学していた新兵たちが突風で吹き飛ばされていく。
もはや剣術ではない。ただの筋肉の暴力だ。
「 今の僧帽筋の収縮、最高です団長! 汗で張り付いたシャツがエロ……じゃなくて、機能美に溢れてる」
訓練場の端っこで、レオ先生が黄色い声を上げている。
その声を聞いた瞬間、団長の動きがさらに3倍速になり、残像しか見えなくなった。
そして――。
バツンッ!! バツンッ!!
「あ」
気合いが入りすぎた団長の筋肉が爆発的に膨張し、ついに制服が耐えきれずに上半身の布地が木っ端微塵に弾け飛んだのだ。
「おおおぉぉーっ!! 裸体いただきましたぁぁ!!」
レオ先生が鼻血を出して倒れた。
「レオォォォッ!!」
団長が木剣を投げ捨てて、凄まじいスピードでレオ先生の元へスライディングする。
「……」
僕は手元の『損害報告書』の束に、そっと一枚追記した。
『特注騎士団制服:一着、全損』と。
この騎士団は、今日も平和だ。
団長は最強だし、レオ先生は幸せそう(で頻繁に気絶している)だし。
ただ、僕の胃痛と、王国の家具職人の過労だけは、当分治りそうになかった。
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