冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン

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20話

第20話

​灰色の雲が垂れ込める絶望の最前線。
泥濘の平原を埋め尽くすように展開したのは、帝国軍の漆黒ではなく、太陽の光を嫌味なほど反射する黄金と白銀の軍勢だった。

​「……随分と立派な装列だな。泥遊びには不釣り合いだ」

​防壁の上に立ち、眼下に広がる三万の王国正規軍を見下ろしながら、俺は鼻で笑った。
最前列には、煌びやかな装飾馬車。そこから、ふんぞり返った恰幅の良い将軍が拡声の魔導具を手に立ち上がる。

​『聞こえるか、大罪人レオン・バルバトス! そして懲罰部隊の罪人共!』

​将軍の威圧的な声が、ビリビリと空気を震わせて砦に響き渡った。

​『我々は王国正規軍、特務鎮圧部隊である! 貴様らが帝国と内通しているという確かな証拠が上がった! 宰相閣下の慈悲により、今すぐ武器を捨ててレオン・バルバトスを差し出せば、他の者の命は助命してやろう!』

​典型的な分断工作だ。
だが、俺の背後に控える五百の部下たちから、動揺の気配は微塵も感じられない。むしろ、彼らの顔に浮かんでいるのは、王国の豚共に対する明白な侮蔑と殺意だった。

​「ボス。あいつら、全員ミンチにしていいか?」 

​防壁の端で、大剣を肩に担いだヴォルフが喉をゴロゴロと鳴らしている。その黄金の瞳孔は完全に獣のそれへと変貌し、今にも防壁から飛び降りそうな勢いだ。

​「ええ。レオンを差し出せなどと……その薄汚い口、二度と開けないように永久凍土に沈めてやりましょう」

​逆側では、アルヴィスが白手袋を直しながら、一切の温度を感じさせない声で呟く。彼の周囲にはすでに、数百の氷槍が展開され、いつでも射出できる状態になっていた。

​「待て。まだ早い」

​俺は二人の殺気を手で制し、自ら防壁の縁へと進み出た。
そして、魔力で声を増幅させ、眼下の三万の軍勢に向かって真っ向から叩きつける。

​「王国正規軍の諸君! わざわざこんな掃き溜めまでご苦労なことだな! だが、お前らの宰相は一つ勘違いをしている!」

​俺の声に、敵の将軍が忌々しそうに顔を歪めた。

​「俺は誰の所有物でもないし、帝国に尻尾を振った覚えもない! 俺の首が欲しいなら、その金ピカの鎧を泥で汚して、自らの剣で奪いに来い!!」

​その瞬間、砦の五百の部下たちが一斉に武器を掲げ、地鳴りのような雄叫びを上げた。
たった五百。しかし、幾度も死線を潜り抜けた彼らの放つ闘気は、三万の温室育ちの正規軍を完全に圧倒していた。

​『ええい、狂人共め! 交渉は決裂だ! 全軍、あの泥まみれの砦を跡形もなく踏み潰せ!!』

​将軍が顔を真っ赤にして号令を下す。
最前列の重装歩兵部隊が、盾を構えて一斉に前進を開始した。

​「さて」

​俺は白銀の剣をゆっくりと抜き放ち、両脇で殺気を煮えたぎらせている二人の男に視線を向けた。

​「首輪は外してやる。あの金ピカの最前列、邪魔だ。吹き飛ばせ」

​俺のその一言が、狂犬たちを縛る鎖を完全に破壊した。

​「オラァァァァッ!! ボスからのご褒美だァァァッ!!」

​凄まじい咆哮と共に、ヴォルフが数十メートルの防壁から泥濘の平原へと直接跳躍した。
着地の衝撃だけで前列の歩兵数十人が吹き飛ぶ。ヴォルフはそのまま、人間離れした膂力で特大剣を大車輪のように振り回し、重装歩兵の陣形をまるで紙屑のように細切れにしていった。

​「ヒャッハァ! テメェらみたいなノロい連中が、俺のボスに追いつけると思ってんのか!!」
​「野蛮な獣は美しくありませんね。……我が君の御前です、少しは静かに死になさい」

​防壁の上からアルヴィスが優雅に魔導杖を振るう。
上空に展開されていた数百の氷槍が、一斉に豪雨となって王国の軍勢へと降り注いだ。
兜を貫き、盾を粉砕し、大地を凍てつかせる絶対零度の魔術爆撃。ヴォルフが暴れ回る周囲だけを正確に避け、後続の部隊を次々と氷の彫像に変えていく。

​「な、なんだこれは!? 特務の結界魔術ではないのか!?」
「ひぃッ! 前衛が、一瞬で壊滅しました!!」

​三万の軍勢が、たった二人の化け物によって大混乱に陥る。
当然だ。王国の暗部を統括する最高戦力と、懲罰部隊の最狂の矛。普段は俺の所有権を巡って殺し合っている二人が、俺の命令下で『完全に矛先を同じくした』のだ。
その破壊力は、もはや戦略兵器と呼んで差し支えない。

​『怯むな! 相手はたったの二人だ! 弓兵、魔法部隊、前へ! 奴らを蜂の巣にしろ!!』

​将軍が拡声魔導具で怒鳴り散らすが、その声すらも恐怖で震えていた。
無数の矢と初級魔術が、平原の中央で暴れるヴォルフとアルヴィスに向かって放たれる。
​だが。

​「……俺の部下を、ただの的だと思っているのか」

​俺は防壁を蹴り、空中の矢の雨を縫うようにして戦場のど真ん中へ降下した。
着地と同時、白銀の剣を一閃。
放たれた剣圧が暴風となって巻き起こり、こちらへ向かって飛んできた何千という矢と魔術を空中でことごとく叩き落とし、相殺した。

​「なッ……!?」

​絶句する敵の将軍。
俺はヴォルフとアルヴィスの前に立ち、剣の切っ先を将軍の乗る馬車へと真っ直ぐに向けた。

​「お前らの相手は、俺だ」
​「ボス!!」
「レオン……ああ、なんと凛々しく、美しいお姿……!」

​俺の背後で、二人の男が歓喜に満ちた声を上げる。
三万の軍勢を前にして、俺たちはたった三人で戦場の中央に陣取っていた。だが、王国の兵士たちは俺たちの放つ異常な覇気と狂気に当てられ、一歩も前に進めなくなっている。

​「どうした、来ないのか。なら、こちらから行くぞ」

​俺が再び地を蹴ろうとした、その時だった。

​『――プォォォォォォォォォッ!!』

​戦場の空気を切り裂くように、低く、重々しい角笛の音が響き渡った。
王国軍の後方ではない。
砦を挟んだ反対側、北の平原地帯からだ。

​「……チィッ」

​俺は舌打ちをし、動きを止めた。
角笛の音と共に、北の地平線を真っ黒に染め上げる大軍勢が姿を現した。
漆黒の鎧、禍々しい竜の旗印。

​「帝国の……本軍だと!?」
「なぜこんなタイミングで!?」

​王国軍の兵士たちがパニックに陥る。
その漆黒の大軍勢の最前列から、巨大な黒馬に跨った男が、拡声魔術を使って戦場全体に響き渡る大音量で笑い声を上げた。

​『はははははっ!! 待ちきれずに迎えに来たぞ、レオン!!』

​真紅の瞳を狂気に染め上げた、帝国の『黒き死神』ルーファス。

​『なんだその金ピカのゴミ共は! 俺とレオンの愛の巣に群がる蠅か! 俺の聖騎士に触れることは、このルーファスが許さん!!』

​王国軍三万、対、帝国軍三万。
そしてその中央、泥濘の最前線に立つ俺たち。

​「……おいおいおい。冗談だろ、あの変態、王国軍ごと俺たちを包囲しやがったぞ」

ヴォルフが顔を引き攣らせながら大剣を構え直す。

​「不愉快の極みですね。王国の豚共と帝国の変態を、同時に相手にしろと?」

アルヴィスがこめかみに青筋を浮かべ、周囲の気温をさらに下げた。
​俺は深く、重いため息を吐き出し、白銀の剣を肩に担ぎ直した。

​「誰が相手でもやることは同じだ。……行くぞ、お前ら。邪魔な奴らは全員、この泥濘に沈めてやる」

​最悪のタイミングで集結した三つ巴の戦場。
絶望の最前線は、過去最大規模の血と狂気の宴へと突入した
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