冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン

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21話

第21話

​王国の金ピカ三万と、帝国の漆黒三万。
泥濘の最前線を挟み込むように展開された合計六万の軍勢が、不気味な静寂の中で対峙していた。
​いや、正確には静寂ではない。
王国軍の将軍が、顔を真っ青にして拡声魔導具を震わせている。

​『て、帝国軍だと!? なぜこのタイミングで……! 防衛線はどうなっている!』

​将軍の悲鳴など全く耳に入っていないのか、北の平原から進軍してきた帝国軍の最前列で、ルーファスが巨大な黒馬を狂ったように躍らせた。

​「おい、そこの成金趣味の豚共! 俺のレオンと愛を語り合う邪魔だ! さっさと失せろ!!」

​信じられない宣告だった。
三万の正規軍を前にして、帝国の総大将は軍略も陣形も無視し、ただ一個人の独占欲だけを大音声で喚き散らしている。

​『ふ、ふざけるな帝国の狂犬め! 我々は王国軍の特務鎮圧部隊だ! 貴様らこそ、我らの領土から――』
​「五月蠅い。俺の覇道に口を出すな」

​ルーファスが禍々しい黒剣を真横に薙ぎ払う。
その瞬間、放たれた漆黒の斬撃波が数百メートルの距離を物理的に喰い破り、将軍の乗っていた豪奢な装飾馬車を馬ごと木っ端微塵に粉砕した。

​「「「ひぃッ!?」」」

​将軍が泥の中に投げ出され、周囲の王国兵たちが悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
それを合図にしたかのように、ルーファスは自軍の三万に向けて黒剣を天高く掲げた。

​「全軍、突撃!! あの薄汚い金ピカ共をすり潰せ! だが砦には指一本触れるな! レオンの砦に傷をつけた者は、俺が八つ裂きにする!!」
​「「「オオォォォォォォッ!!」」」

​死神の狂気じみた号令に、帝国軍の重装騎馬隊が地鳴りを立てて突進を開始する。
彼らの標的は砦ではなく、砦を包囲していた王国軍だった。泥濘に足を取られ、陣形もままならない王国軍の側面に、漆黒の暴力が容赦なく雪崩れ込む。

​「……おいおいおい」

​防壁の上からその地獄絵図を見下ろしながら、ヴォルフが大剣を担いだまま呆れたように呟いた。

​「あの変態野郎、マジで俺たちを無視して王国の連中を轢き殺し始めやがったぞ。どんだけボスに夢中なんだよ」
「野蛮の極みですね。ですが、豚共が同士討ちをしてくれるなら手間が省けます。私たちは高みの見物と洒落込みましょう」

​アルヴィスが冷たい笑みを浮かべ、紅茶でも飲むような優雅な仕草で泥沼の虐殺劇を見下ろす。

​「馬鹿が。高みの見物で済むと思っているのか」

​俺は白銀の剣を鞘に納め、部下たちに向けて振り返った。

​「総員、砦内部へ後退しろ! 門を固く閉ざし、防壁の守りを固めろ! 奴らが潰し合っている間に陣形を再編するぞ!」

「た、隊長! 攻撃に出ないんですか!?」
「今出れば、六万の乱戦に巻き込まれてミンチになるだけだ。連中には勝手に殺し合いをさせておけ!」

​俺の指示で、広場に展開していた五百の部下たちが統率の取れた動きで砦の奥へと退いていく。
俺も防壁から飛び降りようとした、その時だった。

​「レオーーーーンッ!!」

​戦場の喧騒を切り裂いて、ルーファスが単騎で王国軍の陣形を食い破り、砦の門前へと突っ込んでくるのが見えた。
黒馬はすでに返り血で真っ赤に染まり、ルーファスの真紅の瞳は完全に発情した猛獣のそれだ。

​「俺の愛の証、見てくれたか! お前を虐める王国のクズ共は、俺がすべて掃除してやる! だから今すぐ門を開けて俺を迎え入れろ!」

​泥まみれの戦場のど真ん中で、愛の告白でもするかのように黒剣を掲げて叫ぶルーファス。
その常軌を逸した光景に、王国軍の兵士たちですら戦意を喪失してドン引きしている。

​「……チィッ。あの変態、俺のボスの前でいい格好しやがって」
「不愉快ですね。あのような汚物、私が頭上から絶対零度で削り取ってやります」

​俺の左右で、ヴォルフとアルヴィスが再び殺気を膨れ上がらせた。
だが、俺は二人の前に腕を出して制止し、見下ろす形でルーファスに向かって声を張り上げた。

​「遅いぞ、ルーファス!」

​俺の言葉に、ルーファスの顔がパッと輝いた。

​「おお! 俺を待っていてくれたか、レオン!」
「俺の陣地を汚す金ピカ共が目障りだったところだ! お前が俺に執着しているというなら、その軍勢で奴らを一匹残らずこの平原から掃除してみせろ!」

​俺があえて傲慢に、アゴで王国軍をしゃくって命令を下す。
すると、ルーファスは怒るどころか、全身をブルブルと震わせて恍惚とした表情を浮かべた。

​「あぁ……! お前に命じられる快感! お前が俺を頼ってくれる、その事実だけで俺は無敵になれる!!」

​ルーファスは大きく天を仰ぎ、狂喜の咆哮を上げた。

​「聞いたな全軍! 俺の愛しき聖騎士からの初命令だ!! 王国のゴミ共を蹂躙しろ! 一滴の血も砦に近づけるな!!」

​帝国の総大将が、敵である俺の命令に歓喜して自軍を動かす。
もはや戦争でもなんでもない。ただの『レオン・バルバトスに良い所を見せるための大殺戮ショー』だ。

​「おい、ボス……あんた、あのヤバい奴を完全に飼い慣らしてねえか……?」
「レオン。貴方のその冷酷に男を操る手腕……ますます私を狂わせます。ああ、今すぐ貴方の足元に平伏したい……」

​引き攣った笑いを浮かべるヴォルフと、頬を染めて荒い息を吐くアルヴィス。

​「勘違いするな。利用できる手駒は利用する、それだけのことだ」

​俺は冷たく言い捨て、今度こそ砦の内側へと跳躍した。
外では、発情した帝国の死神が三万の軍勢を率いて、王国の正規軍を文字通り泥濘へとすり潰していく地獄の狂宴が繰り広げられている。

​俺は砦の広場に着地し、唖然としている部下たちに向かって手を叩いた。

​「見物はお終いだ! 帝国が勝とうが王国が勝とうが、最後に残った奴がこの砦を狙うことに変わりはない! 迎撃の準備を急げ!」

​狂人たちの愛憎が渦巻く中、俺はただ己と部下の生存だけを見据え、冷徹な刃を研ぎ澄ませた。
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