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053 今まで楽な道ばっかり選んできた

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「ムリだろ…………」

 オレになんかできるわけない。
 オレに勇者なんて務まるわけがない。
 オレが世界を救うなんて不可能だ。

 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。
 逃げ出したい。

 魔王が炎弾を連発してくる。
 先程オレが攻撃したせいか、魔王はオレも敵と認識したようだ。オレに向けても炎弾が飛んでくる。
 しかし、それがオレに届くことはなかった。
 リスティアが槍で、ラーヴルが剣と盾で、イーヴァとサーラが魔法で、オレを守ってくれるからだ。

「シズク様ッ」

 イーヴァが詠唱の合間に、短く叫ぶ。
 魔王の攻撃は一層激しくなっている。

 だけど、オレは動けずにいた。
 必死に戦う四人を見ながら、立ち竦むだけだった。

 四人の動きがさっきより悪くなっている気がする。
 オレが足を引っ張っているからだ。
 それが分かっても、オレは動けない。

 リスティアが近接で魔王とやり合っている。
 腕の攻撃をラーヴルと連携してさばきながら、いくつもの炎弾を叩き落としている。
 しかし、すべては躱しきれなかったのか、炎弾のひとつがリスティアに直撃する。

「リスティアッ!!!」

 思わずオレは叫ぶ。

「いててて、でも、だいじょーぶだいじょーぶ」

 苦痛に顔を歪めながらも、リスティアは軽口を叩く。

 違う、当たったんじゃない。
 今のは自分から当たりにいったんだ。
 オレに当たらないように。
 自らを盾にして防いでくれたんだ。
 オレを庇(かば)うために、身体を張ってくれたんだ。

「ちっくしょおおおおおッ!!!」

 オレは走り出した。
 怯えたまま走りだした。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 逃げ出したくなる気持ちを押さえつけ、必死になって魔王の下へ駆けつける。

 デカい。
 やっぱりデカい。

 でも、やらなきゃ。

 オレは剣を振るう。
 無茶苦茶に剣を振るう。

 だけど、魔核には傷ひとつ付かない。

「なんでなんだよ…………」

 炎弾が飛んでくる。
 リスティアが斬り落とす。

 炎弾が飛んでくる。
 ラーヴルが大盾で防ぐ。

 炎弾が飛んでくる。
 サーラの魔法が迎撃する。

 炎弾が飛んでくる。
 イーヴァのバリアが受け止める。

 炎弾が飛んでくる。
 炎弾が飛んでくる。
 炎弾が飛んでくる。
 炎弾が飛んでくる。
 炎弾が飛んでくる。
 炎弾が飛んでくる。
 炎弾が飛んでくる。
 炎弾が飛んでくる。

 みんなに守られ、炎弾はオレに届かない。
 だけど、オレの攻撃が魔核に届くこともなかった。
 へっぴり腰で振るう剣では、傷ひとつ付けることができなかった。

「なんでだよ、なんでだよ、なんでだよ。なんで傷つかないんだよ」

 いつ炎弾でダメージを受けるかもしれないという恐怖に、必死に振り絞った勇気もどんどんとすり減っていく。
 逃げ出したい。
 どうせ、オレにはムリなんだ。
 勇者なんてガラじゃなかったんだ。

 残り時間は3分もない。
 もう間に合わないじゃないか。
 心が折れかけたその時、リスティアと目が合った。

 リスティアはフッと笑みを浮かべた。
 まるで「もういいよ、終わりにしていいよ」と言っているかのように。

 オレは全身がカッと熱くなった。

 違うだろッ!!!!!

 怒りに任せて、自分の頬を全力で殴りつける。
 ドスッと鈍い音がして、口の端から血が垂れる。
 どうやら、口の中を切ってしまったようだ。
 だけど、そんなの関係ねえッ!

 オレは契約したじゃねえか。
 魔王を倒すって誓ったじゃねえか。
 確かに、無理矢理やらされた契約だった。
 でも、契約内容を知った後も、嫌だとは言わなかったじゃねえか。
 断るチャンスはいくらでもあった。
 でも、それをしなかったんだ。

 だったら、やるしかないだろう。
 契約通りにコイツを封印するしかないだろう。

 今まで楽な道ばっかり選んできた。
 これまでの人生も、こっちの世界に来てからも。

 だったら、ここ一番でやるしかないだろ。
 カワイイ女の子たちが頑張ってるんだ。
 ここで頑張らないで、いつ頑張るんだよッ!

 ここで逃げたら、一生逃げ続けるハメになる。
 そんな人生まっぴらゴメンだ。

 今まで生きてきた中で、一番の本気を出してやるんだッ!!!

「すまなかった。ちょっと本気になるわ。サポートよろしく」

 リスティアの笑顔が輝いた。
 今までのとは違う、今日最高の笑顔だった。

「勇者さま、がんばれ~」
「おうっ!」

 ガッツポーズで余裕を見せてやる。
 Vサインが返ってきた。

「では、一斉に攻撃しますので、その隙にお願いします」
「ああ、頼んだ」

 イーヴァが指揮を取り、4人が同時に攻撃態勢に入る。

「行きますッ」

 シズクが杖を掲げ、サーラがそれに合わせ、リスティアが槍を突き出し、ラーヴルが剣を構える。

「雷轟(サンダー・アンド・ライトニング)――」
神々の導きディヴァイン・インターヴェンション――」
致命な一撃ファースト・ストライク・イズ・デッドリー――」

 四人の攻撃が重なる。
 魔王は倒れ、魔核を無防備にさらしている。

――よしっ、今度こそ。

 この一撃で終わらすつもりで、気合を入れる。
 『勇者の剣』が眩い光を放つ。
 なぜか、上手く行く気がした。

 オレは駆ける。
 すべての思いをこの剣に乗せて――。

「死ねえええええええええええ!!!!!」

【後書き】
次回――『ヤバいっ、フラグ立てちゃったか?』
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