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059 とりあえず謝って、相手の語りたいように相槌を打っておけば、それで大体解決する

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「もう、上がっちゃうよ~」

 オレが制止する間もなく、リスティアはオレの部屋に入り込んでしまった。

「おっじゃましま~す」
「じゃあ、そこ座れよ」

 仕方ない。
 追い返すのもなんだし……。
 オレは椅子を指し示した。
 だけど、ルンルン気分のリスティアはベッド近くに鞄を置くと、そのままベッドへと華麗にダイブを決める…………。

「わ~、勇者さまの匂いだ~」

 オレの枕に顔を埋めるリスティア。
 王国民が見たら卒倒しそうな痴態を晒している。

「なんの用なんだ?」

 リスティアのフザケた態度に騙されてはいけない。
 リスティアはそんな単純なヤツじゃない。
 わざわざ雑談するためにこっちの世界に来たんじゃないだろう。
 なんかしらの思惑があるはずだ。
 オレは少し警戒する。

 オレが椅子に腰を下ろすと、リスティアも上体を起こしベッドに座り込んだ。

「だから、最初に言ったでしょ?」
「最初?」
「お届け物です~」
「それなら、もう受け取ったけど」
「もうひとつあるでしょ~」
「もうひとつ?」

 なにか、忘れてきたものあったか?
 オレが持って行ったのは、あの貴重品くらいだったけど……。
 リスティアはそれには答えず、違う質問で返してきた。

「ねえ、勇者さま、なんでさっさと帰っちゃったの?」
「そりゃあ……………………」

 失恋したから、帰りました。と正直に言える勇気はオレにない。
 思わず、言い淀んでしまう。

「わたしの話はまだ終わってなかったのに~。人の話は最後までちゃんと聞かないとダメだよっ」

 また、言われた。

「なんか、すいません」

 腑に落ちない点もあるが、とりあえず謝っておいた。
 クレーマー対処と同じだ。
 とりあえず謝って、相手の語りたいように相槌を打っておけば、それで大体解決する。

「もう」

 ちょっとご立腹気味だった。

「あのね、さっきの話の続きを言うね」
「うん」
「好きな人が出来たって言ったでしょ」
「ああ」

 あらためてその事実を突きつけられると、胸が痛い。
 分かってはいたけど、まだ割り切れるほどの時間がたっていない。

「ヒマを見つけてはその人のことを見てたの。最初はパッとしないかなって思ったんだけど、見ているうちにだんだん惹かれていったんだ」
「…………ああ」

 相槌を打つだけでも心が苦しい。

「その人はね、決して無理しないの。最初はただの物臭(ものぐさ)なのかなって思ったの。でも、違った。その人はね、優しいんだよ。優しすぎるんだよ。誰かと争って何かを手に入れるくらいなら、それを諦める。誰かを傷つけてまで、自分が幸せになりたいと思わない。それに無理して何かを手に入れようとしない。自分の身の丈にあったものしか求めない」
「……………………」
「自分の手に負えないものはキッパリと諦めるんだよね。その代わり、自分の手に収まることはきっちりとやり遂げる」
「……………………」

 なんで好きな子が他の男について語るのを聞かなきゃいけないんだろうか。
 聞いているだけで、気分が悪くなる。

「勇者と正反対だよね」
「勇者と? オレのこと?」
「ううん、勇者さまじゃなくて、一般論の話。勇者さまはそうじゃないでしょ?」
「まあ、たしかに」

 いわゆる『勇者様』とリスティアの語る男性像。
 どちらかといえば、オレは後者のタイプだ。

「みんなね、勇者になると変わっちゃうんだ。勇者をやっていくうちにどんどん勇者に染まっていく。勇者のように考え、勇者のように行動する。まあ、それくらいじゃないと、世界を救ったり出来ないんだよね」
「役割が人格に影響するってやつか?」

 スタンフォード監獄実験か。
 普通の人でも看守などの役割を与えられると、その役割に合わせて行動してしまうって話だったと思う。

「そうだね。みんな勇者になっちゃうの。わたしはそれが嫌だった」
「でも、それはしょうがないんじゃないか? 世界を救うにはそれくらいじゃないと務まらないんじゃないか」
「うん。わたしも心配だった。だから、万全の準備をしたの。そうしたら、ちゃんと勇者さまはやってくれた」
「オレ?」
「最後まで勇者になることなく、魔王を封印し世界を救ってくれた。それに契約に関しても、わたしのことを第一に考えてくれたの」

 いつの間にかオレの話になっている。
 どういうことだ?
【後書き】
次回――『早とちりしたオレが悪かった』
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