妖狐のお屋敷に嫁入りしました

淡雪みさ

文字の大きさ
4 / 30
第一章

早朝の畑仕事

しおりを挟む


 市へ行くことを約束した翌朝、野狐を通して天狐から手紙がやってきた。同じ屋敷内にいるとはいえ、天狐はあまり部屋から動けないらしい。
 手紙の内容は、この屋敷の庭の一部を畑とするというものだった。庭の端の区画に既に場所を作ってくれているらしい。砂利庭なのでこのままでは使えないが、後日良い土を運んでこさせるとのことだった。
 手紙と一緒に渡された鍬と袋に入った野菜の種を受け取り、「砂利庭も耕せば畑になるので、土はいらないですと伝えておいてくれますか?」と野狐に伝える。野狐は常にお面を被っているため表情は分からない。

「野狐さん、いつもお疲れ様です」

 この屋敷では諸々の雑用を野狐たちが行っているようなので、最後にぺこりとお辞儀をして労いの言葉をかけてみる。野狐は無言でこくりと頷き去っていった。
 小珠はその背中を見送った後、襖を閉じて家から持ってきた木綿でできた作業着に着替えた。何年も前から使っている作業着なのでかなりぼろぼろである。そろそろ切って雑巾などに変えるべきだろう。

 鍬を持って外に出ようとすると、空狐が牛車に乗り込んでいるのが見えた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」と小走りで牛車に近付きお礼を言うと、空狐は「ええ。おはようございます」とにこりと上品に笑って返してくれた。ゆっくり話す暇もなく牛車が動き出す。その後ろを、何体もの野狐たちが続いていた。あの野狐はさっき小珠に天狐からの手紙を届けた野狐とは別者だろう。

(空狐さん、こんな朝早くから出かけてるんだ……)

 きつね町はまだ夜明け前の薄明かりに包まれている。朝焼けの色彩が遠くの山々まで広がっていた。木々の間から覗く淡い光が柔らかな影を落としている。
 小珠は庭園のうちの一角で、ざくりざくりと土を耕した。

「随分早起きさんやな」

 そんな小珠をたまたま見つけ、縁側から話しかけてきたのは銀狐だった。最初に嫌な態度を取られた印象が強く、少し緊張した。

「空狐さんや野狐さんの方が早起きでしたよ」
「空狐はんと会うたん?」
「はい、先程鍬を運んでいたらすれ違いました」

 早朝、空狐は何やら忙しそうに野狐たちを引き連れて屋敷を出ていった。空狐に朝早くから用事があるとは知らず、昨夜遅くまで話に付き合わせてしまったことを申し訳なく思った。

「空狐はんも忙しいからなぁ。なんせこのお屋敷の次期当主やし」
「当主……。天狐さまではないのですか?」
「天狐さまはもうお年やから。この町を統治できるほどの妖力は薄れてきてるんよ。そろそろ代替わりや」

 そう言って暇潰しのように縁側に腰を掛けた銀狐は、小珠の姿をじろじろ見てきたかと思えば、呆れたように溜め息を吐く。

「ところで、昨日もろた着物は?」
「あ……着方がよく分からなくて。それに、畑仕事をしていたら汚しちゃいますし」

 結局昔から使っているこの作業着が一番落ち着くのだ。
 少しずれた軍手を直すと、また銀狐に大きな溜め息を吐かれた。

「自覚が足りんわ。仮にも君はこのお屋敷に招かれたお嫁さんなんやで? そないなぼろぼろの格好でええと思ってるん? おんなじ屋敷におるん恥ずかしいわ」

 小珠はその言葉に少しむっとした。昨日からこの男は何だか失礼だ。一族の長の妻としてこの屋敷の飾りのような存在になれと言っているように聞こえる。
 昨夜空狐に褒められたことで少し自信が付いた小珠は、胸を張って反論した。

「もちろん昨日頂いたお着物も大切にします。ですが畑仕事をする時は、それに適した格好をさせてください。畑仕事をしながらお着物を汚さないようにするのは難しいです」
「畑仕事なんかせんでいい、言うてんねや。そないに暇ならお琴や舞を教える先生付けたろか? 女の子はお化粧してかわええ着物着て微笑んどったらええねん。この屋敷はそういう屋敷や」
「それでは、おばあちゃんのお薬代を天狐様に返せません」

 今は早急に薬が必要なので天狐に甘えたが、いずれこの恩は別の形で返そうと考えている。そのためには、今のうちからお金を貯めておかなければならない。

「……いまいち話噛み合わん子ぉやな。狐の屋敷に来たんやで、もっと喜びや。君はこのきつね町では何もせんでも何不自由なく暮らせる。やのに、畑仕事なんて庶民のやることやってみっともないわぁ」
「畑仕事はみっともないことではありません!」

 声を張ってはっきりと否定すると、銀狐が驚いたように目を見開いた。そんな銀狐に向かって間を置かずに指を指し言い放つ。

「例えば昨日貴方が美味しいと言っていた夕食のお吸い物の中に入っていた大葉――あれも誰かが丹精を込めて作ったものです。大葉は初心者でも育てやすい野菜ですが、それでも日当たりや温度など気にすべき点が沢山あります。誰かの努力でできたものです。誰かが作らないと私たちは何も食べられません」

 昨夜、だだっ広い部屋に一族揃って並んで夕食を共にした時、銀狐と金狐は小珠の斜め前に座っていた。小珠は緊張して静かに食事することしかできなかったが、銀狐と金狐はぺちゃくちゃと喋っていたので内容を覚えている。あの時銀狐が「今日のお吸いもん美味しいわぁ」と言っていたのを小珠は聞き逃さなかった。

「食事を楽しむ心があるのなら、それらを作る人を敬う心も持ってください」

 銀狐はぽかんと口を開けて小珠を見つめてくる。
 少し説教臭くなってしまったことを反省し、こほんと一度咳払いをしてから話を切り替えた。

「失礼しました。……あの、聞きたかったのですけれど、妖力ってものを使えば何でもできるんですか?」

 銀狐は少し機嫌を損ねたのか座ったまま黙り込んでいたが、しばらくして口を開いた。

「できることは妖怪の種によるとしか言えんけど。妖狐の一族になら大抵のことはできる。妖狐の一族は妖怪の中でも特殊やからな」
「例えば、このトマトの種を発芽させたりとかってできます?」

 小珠は野狐から渡された袋の中から種を一つ取り出して縁側の銀狐に近付く。銀狐は億劫そうな顔をしながらも人差し指で差し出された種に触れた。

 ――すると、ぽんと芽が出てきた。

「すごい……」
「は?」
「すごいです! これなら、通常の倍の速さで作物を収穫できます! ありがとうございます、銀狐さん!」
「……この程度のことで何感動してんねん。ちゅーか、その汚い格好で俺に近付かんといてくれる?」

 興奮して身を乗り出してしまった小珠に対し、銀狐はしっしっと手で犬を払うような仕草をして距離を取った。

「トマトの発芽には頑張って管理していても四日から一週間かかるんですよ! それをこんな一瞬で……! 妖力って凄いですね!」

 銀狐の失礼な態度ももう気にならない。それよりも、種が一瞬で発芽したことが嬉しい。

 その時、くっくっくっと後ろから笑い声が聞こえた。振り返ると、そこには今起きて庭まで出てきたらしいキヨがいる。やはり昨日から調子がいいようで、杖なしでここまで歩いてきた様子だ。

「おばあちゃん、動いて大丈夫なの?」
「ああ、不思議と体に力が漲るようだよ。こんなに広い畑をもらえるとは、わしも張り切ってしまうね」

 そう言って小珠が予備として持ってきていたもう一本の鍬を軽々と持つキヨの姿は、体を悪くする前――元気に畑を管理していた頃の姿そのものだった。

「今の次期はトマトとナスとキュウリとカブとピーマンとホウレン草の植付期だ。アスパラガスは栽培期間が長いが、この男の妖力を使えば早送りもできるだろう。本来野菜は自然の力で成長するもの……妖力でできた物がおいしいかは分からんが、試してみる価値はある」

 キヨが威勢よく声を張る。

「さあ、やるかい小珠!」
「おー!」

 小珠はキヨの言葉で拳を太陽に向かって高く上げ、張り切って鍬を持ち直した。

 キヨと二人並んでざっくざっくと畑を耕す小珠を、銀狐は「え、俺手伝うとか一言も言うてへんねんけど……」と若干引いたような目で見つめていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

処理中です...