21 / 30
第三章
港町
しおりを挟む◆
暁月が見える頃。小珠は、気狐たちとの約束通り屋敷の門まで向かった。一日探していては腹が減るだろうと思い、おむすびも持ってきている。
門前には既に二口女たちが集まっていた。
「……小珠、折角外へ行くのに質素な格好ね」
二口女が不思議そうに見つめてくる。小珠は山に登りやすいよう、動きやすい格好をしてきた。農作業にも耐え得る木綿でできた衣服だ。
「山を越えるんですよね? 私、朝から準備体操をしてきましたよ!」
威勢よく言うと、気狐にくすくすと笑われた。
「小珠ちゃん、まさかわたくし達が一族の長の花嫁にこのような長距離を歩かせるとお思いですかぁ?」
「え? 違うのですか?」
「失礼しますねえ。小珠ちゃん」
一体の気狐が小珠の背中と膝裏に腕を回す。小珠は抱き抱えられている状態となった。気狐が地を蹴ると、小珠の体は気狐たちごとふわりと軽やかに宙に浮いた。
「えええ!?」
後ろからもう一体の気狐は二口女を抱え、空中を付いてくる。二体の野狐たちも当然のように地を蹴って浮遊した。
小珠はその様子を見て口をぱくぱくさせることしかできない。
「我々は妖力を用いて空を飛ぶことができます。少し時間はかかりますが、小珠様はしばし空中浮遊をお楽しみください」
気狐は妖艶に微笑み、更に上空へと向かう。
「これが……狐の一族の力……」
どうやら二口女も呆気にとられているようだった。
太陽が昇る頃、山を越えた。空から見下ろせば、見たこともない大きな船が桟橋に停泊している。付近の倉庫には外国からの舶来品が積まれているようだ。
異文化を取り入れた外国風の建物が立ち並んでいる間に、小珠を抱えた気狐が静かに舞い降りた。その後ろに二口女を抱えている気狐が、最後に野狐が続く。まだ人通りは少なく、空から降ってきたことは誰にも見られていない。
煙を上げる工場の中からは大きな機械音が漏れている。細い道を通り抜け、大きな道に出た。そこは港町の問屋街らしい。きつね町でもよく見る屋台や民家もありつつ、中心には洋風な建物が立ち並んでおり、〝喫茶店〟という見慣れない漢字の看板まである。異界に来たような気分だ。何もかもが珍しく、小珠も二口女もきょろきょろと辺りを見回す。
「外の町はこんなに変わったのですね……」
「外国の文化を取り入れ始めたのは最近ですよぉ。でも、急速に変化しだしてますよねぇ。というか、小珠ちゃんは元々人の住む場所にいたのではないのですかぁ?」
「私がいたのはここよりもっと自然豊かな村なので……」
こんな場所は初めて見たと言うと、気狐は微笑ましそうにうふふと肩を揺らした。
「では早速、二手に別れて聞き取り調査しましょう。二口女ちゃんは船の方を、小珠ちゃんは町の方を。今日一日では見つからないやもしれませんが、夕方になる前には集合しましょうねぇ」
慣れない土地で二手に別れたらどちらかが迷子になってしまうのではないかと不安になる小珠に、気狐たちが得意げに付け加えた。
「わたくし達気狐同士、野狐同士は離れていても意思疎通できますので、心配ありませんよぉ」
狐の一族とは、どうもかなり便利な性質を持っているらしい。しばらく一緒に住んでいても知らないことだらけだと感心した。
汽笛が遠くで鳴り響き、町は徐々に活気づいていく。
小珠は、人々に二口女が描いた似顔絵を見せ、この顔の者を見ていないか聞いて回った。
ほとんどの人は忙しいのか小珠が声をかけても無視するか厄介そうに適当な返事をしてくるのみだった。立ち止まって話を聞いてくれる優しい婦人たちもいた。
気狐も色んな人に声をかけてくれたが、昼過ぎまで手がかりは全くなく、お腹が空いてきたのでひとまず座って休憩し、持ってきたおむすびを食べた。護衛の野狐にも分け与えると喜んでくれた。
「あら。ウメさんではないですか?」
そうしていると、洋服姿の一人の婦人が小珠たちの前で立ち止まった。ウメという名前に聞き覚えがなく首を傾げる。次の瞬間、隣の気狐が勢いよく立ち上がって婦人の手を取り、いつもより更に高い声を出す。
「あらあらあらぁ! お久しぶりですぅ。元気にしておりましたかぁ? そちらのお着物にはいつも大変お世話になっておりますぅ」
「いえいえ。ウメさん、最近いらしてくれないから寂しかったのよ」
ウメというのは気狐の偽名のようだ。人間の前ではそう名乗っているのだろう。そして、この様子を見る限り、この女性は気狐が取り引きをしている相手の一人なのかもしれない。
「今日はどうしてこちらに?」
「それが人探しといいますか。駄目元で聞くのですけれど、あなたこのお顔に見覚えありますぅ?」
気狐が婦人に絵を見せると、婦人が感心したように頷く。
「あら、お上手な絵ね。この人知ってるわ。あっちの貸家に住んでるわよ」
小珠は驚いて立ち上がる。今日初めて得られた情報だ。
「……それは確かで?」
「ええ。造船業をしている方でしょう。凄く力持ちで有名なの。ただ……あまりお近付きにはならない方がいいわ。悪い噂もあるの。夜に海に浸かりに行っているとか、そんな不気味な噂……」
婦人が声を潜めて言う。
二口女の元恋人は海で過ごすのが一般的な妖怪、海坊主だと聞いている。人里で生活していても、たまに元の生活様式に戻りたくなる時があるのだろう。
「ありがとうございます。少しこの方に用がありますので、わたくし達はこれにて失礼します」
「待って、ウメさん。教えておいて何ですけれど、あの付近に行くのはやめた方がいいですわ。海に浸かっているという噂以前に、あの貸家の近くにはよく分からない宗教団体の集会に使われている広場がありますの」
「ああ、最近は海外の宗教が伝来しておりますもんねえ」
「海外の宗教ではありませんわ。古くからの変な信仰といいますか……。妖怪信仰? だとか聞いたことがあります。ほら、陰陽師って聞いたことあります? 今時妖怪って、と思いますけれど、あの連中は陰陽師を名乗っていて、本気でそういうものの気配を感じるだの何だのと言って町の住民にも変なことを聞いて回っているのですよ。ウメさんたちも巻き込まれるかもしれません」
婦人の言葉を聞いた気狐の顔が強張った。しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻る。
「心配してくださってありがとうございますねぇ。気を付けながら向かいますわ。また、そちらのお着物仕入れさせて頂きますので、何卒」
婦人と別れた後、気狐が難しい顔でぶつぶつと呟いた。
「おかしいですねぇ。わたくし何度もこの町には来ていますけれど、妖怪信仰の存在を聞いたことはありませんでした」
「……その人達がやってきたのはかなり最近ってことでしょうか」
「そうかもしれません。二口女ちゃんの恋人の家の近くで集会を行っているのも気になります。まさか、海坊主の気配を嗅ぎつけて……?」
貸家へ向かいながら気狐と並んで喋っていると、突然、一歩後ろを歩いていた野狐が小珠の腕を無言で掴んで引っ張ってきた。
立ち止まって振り返る。野狐は懐から紙を取り出して筆で字を書いて見せてきた。
〝もどろう 小珠〟
〝いやなよかんが する〟
野狐がこのようなことを言うのは初めてだ。
すぐそこに二口女の元恋人の家があるかもしれないとはいえ、警戒はしておいて損はない。一度二口女たちと合流してから情報をすり合わせよう――そう思って口を開いたその時。
音もなく、和服姿の男が小珠の隣に立っていた。
「匂いがする……九尾の狐の匂いだ……」
低く、やや掠れた声。嗅いだことのないはずの独特の梅が香がした。次に、何故かその匂いに覚えがあるような不思議な感覚に陥る。
「まだ生きていたのか……」
動けない。隣に立つ男の威圧感に圧倒されて身動きが取れない。
辛うじて目だけで彼を見上げる。
漆黒の髪をした人間。見たこともないはずの彼のことを、憎い相手によく似ていると思った。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる