妖狐のお屋敷に嫁入りしました

淡雪みさ

文字の大きさ
21 / 30
第三章

港町

しおりを挟む


 ◆

 暁月が見える頃。小珠は、気狐たちとの約束通り屋敷の門まで向かった。一日探していては腹が減るだろうと思い、おむすびも持ってきている。
 門前には既に二口女たちが集まっていた。

「……小珠、折角外へ行くのに質素な格好ね」

 二口女が不思議そうに見つめてくる。小珠は山に登りやすいよう、動きやすい格好をしてきた。農作業にも耐え得る木綿でできた衣服だ。

「山を越えるんですよね? 私、朝から準備体操をしてきましたよ!」

 威勢よく言うと、気狐にくすくすと笑われた。

「小珠ちゃん、まさかわたくし達が一族の長の花嫁にこのような長距離を歩かせるとお思いですかぁ?」
「え? 違うのですか?」
「失礼しますねえ。小珠ちゃん」

 一体の気狐が小珠の背中と膝裏に腕を回す。小珠は抱き抱えられている状態となった。気狐が地を蹴ると、小珠の体は気狐たちごとふわりと軽やかに宙に浮いた。

「えええ!?」

 後ろからもう一体の気狐は二口女を抱え、空中を付いてくる。二体の野狐たちも当然のように地を蹴って浮遊した。
 小珠はその様子を見て口をぱくぱくさせることしかできない。

「我々は妖力を用いて空を飛ぶことができます。少し時間はかかりますが、小珠様はしばし空中浮遊をお楽しみください」

 気狐は妖艶に微笑み、更に上空へと向かう。

「これが……狐の一族の力……」

 どうやら二口女も呆気にとられているようだった。


 太陽が昇る頃、山を越えた。空から見下ろせば、見たこともない大きな船が桟橋に停泊している。付近の倉庫には外国からの舶来品が積まれているようだ。
 異文化を取り入れた外国風の建物が立ち並んでいる間に、小珠を抱えた気狐が静かに舞い降りた。その後ろに二口女を抱えている気狐が、最後に野狐が続く。まだ人通りは少なく、空から降ってきたことは誰にも見られていない。
 煙を上げる工場の中からは大きな機械音が漏れている。細い道を通り抜け、大きな道に出た。そこは港町の問屋街らしい。きつね町でもよく見る屋台や民家もありつつ、中心には洋風な建物が立ち並んでおり、〝喫茶店〟という見慣れない漢字の看板まである。異界に来たような気分だ。何もかもが珍しく、小珠も二口女もきょろきょろと辺りを見回す。

「外の町はこんなに変わったのですね……」
「外国の文化を取り入れ始めたのは最近ですよぉ。でも、急速に変化しだしてますよねぇ。というか、小珠ちゃんは元々人の住む場所にいたのではないのですかぁ?」
「私がいたのはここよりもっと自然豊かな村なので……」

 こんな場所は初めて見たと言うと、気狐は微笑ましそうにうふふと肩を揺らした。

「では早速、二手に別れて聞き取り調査しましょう。二口女ちゃんは船の方を、小珠ちゃんは町の方を。今日一日では見つからないやもしれませんが、夕方になる前には集合しましょうねぇ」

 慣れない土地で二手に別れたらどちらかが迷子になってしまうのではないかと不安になる小珠に、気狐たちが得意げに付け加えた。

「わたくし達気狐同士、野狐同士は離れていても意思疎通できますので、心配ありませんよぉ」

 狐の一族とは、どうもかなり便利な性質を持っているらしい。しばらく一緒に住んでいても知らないことだらけだと感心した。


 汽笛が遠くで鳴り響き、町は徐々に活気づいていく。
 小珠は、人々に二口女が描いた似顔絵を見せ、この顔の者を見ていないか聞いて回った。
 ほとんどの人は忙しいのか小珠が声をかけても無視するか厄介そうに適当な返事をしてくるのみだった。立ち止まって話を聞いてくれる優しい婦人たちもいた。
 気狐も色んな人に声をかけてくれたが、昼過ぎまで手がかりは全くなく、お腹が空いてきたのでひとまず座って休憩し、持ってきたおむすびを食べた。護衛の野狐にも分け与えると喜んでくれた。

「あら。ウメさんではないですか?」

 そうしていると、洋服姿の一人の婦人が小珠たちの前で立ち止まった。ウメという名前に聞き覚えがなく首を傾げる。次の瞬間、隣の気狐が勢いよく立ち上がって婦人の手を取り、いつもより更に高い声を出す。

「あらあらあらぁ! お久しぶりですぅ。元気にしておりましたかぁ? そちらのお着物にはいつも大変お世話になっておりますぅ」
「いえいえ。ウメさん、最近いらしてくれないから寂しかったのよ」

 ウメというのは気狐の偽名のようだ。人間の前ではそう名乗っているのだろう。そして、この様子を見る限り、この女性は気狐が取り引きをしている相手の一人なのかもしれない。

「今日はどうしてこちらに?」
「それが人探しといいますか。駄目元で聞くのですけれど、あなたこのお顔に見覚えありますぅ?」

 気狐が婦人に絵を見せると、婦人が感心したように頷く。

「あら、お上手な絵ね。この人知ってるわ。あっちの貸家に住んでるわよ」

 小珠は驚いて立ち上がる。今日初めて得られた情報だ。

「……それは確かで?」
「ええ。造船業をしている方でしょう。凄く力持ちで有名なの。ただ……あまりお近付きにはならない方がいいわ。悪い噂もあるの。夜に海に浸かりに行っているとか、そんな不気味な噂……」

 婦人が声を潜めて言う。
 二口女の元恋人は海で過ごすのが一般的な妖怪、海坊主だと聞いている。人里で生活していても、たまに元の生活様式に戻りたくなる時があるのだろう。

「ありがとうございます。少しこの方に用がありますので、わたくし達はこれにて失礼します」
「待って、ウメさん。教えておいて何ですけれど、あの付近に行くのはやめた方がいいですわ。海に浸かっているという噂以前に、あの貸家の近くにはよく分からない宗教団体の集会に使われている広場がありますの」
「ああ、最近は海外の宗教が伝来しておりますもんねえ」
「海外の宗教ではありませんわ。古くからの変な信仰といいますか……。妖怪信仰? だとか聞いたことがあります。ほら、陰陽師って聞いたことあります? 今時妖怪って、と思いますけれど、あの連中は陰陽師を名乗っていて、本気でそういうものの気配を感じるだの何だのと言って町の住民にも変なことを聞いて回っているのですよ。ウメさんたちも巻き込まれるかもしれません」

 婦人の言葉を聞いた気狐の顔が強張った。しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻る。

「心配してくださってありがとうございますねぇ。気を付けながら向かいますわ。また、そちらのお着物仕入れさせて頂きますので、何卒」


 婦人と別れた後、気狐が難しい顔でぶつぶつと呟いた。

「おかしいですねぇ。わたくし何度もこの町には来ていますけれど、妖怪信仰の存在を聞いたことはありませんでした」
「……その人達がやってきたのはかなり最近ってことでしょうか」
「そうかもしれません。二口女ちゃんの恋人の家の近くで集会を行っているのも気になります。まさか、海坊主の気配を嗅ぎつけて……?」

 貸家へ向かいながら気狐と並んで喋っていると、突然、一歩後ろを歩いていた野狐が小珠の腕を無言で掴んで引っ張ってきた。
 立ち止まって振り返る。野狐は懐から紙を取り出して筆で字を書いて見せてきた。

〝もどろう 小珠〟
〝いやなよかんが する〟

 野狐がこのようなことを言うのは初めてだ。
 すぐそこに二口女の元恋人の家があるかもしれないとはいえ、警戒はしておいて損はない。一度二口女たちと合流してから情報をすり合わせよう――そう思って口を開いたその時。

 音もなく、和服姿の男が小珠の隣に立っていた。

「匂いがする……九尾の狐の匂いだ……」

 低く、やや掠れた声。嗅いだことのないはずの独特の梅が香がした。次に、何故かその匂いに覚えがあるような不思議な感覚に陥る。

「まだ生きていたのか……」

 動けない。隣に立つ男の威圧感に圧倒されて身動きが取れない。
 辛うじて目だけで彼を見上げる。
 漆黒の髪をした人間。見たこともないはずの彼のことを、憎い相手によく似ていると思った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

処理中です...