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第五章 引き裂くのは運命か、それとも定めか。
5-7
しおりを挟むコーヒーが半分になるころに到着したのは、風が抜ける展望台の上だった。展望台と言っても広めの公園のようになっていて、柵の前には椅子がいくつも設置されている。昼間だからこそ見渡せる景色に、夜景だから良いという考えは捨てるべきだと思った。人はまばらで、向こうのカップルの会話は聞こえない。
「なんだか、デートみたいですね」
下の方に見える駅を見ながら、特に意味はなく言った。それなのに隣の斎藤さんが「え?」っと焦っている。ちょっと待って欲しい。私は何度も言うが、それなりに経験もあるから分かる雰囲気に鼓動が早まる。それは恋のドキドキではなく、どうしようという緊張のドキドキ。眉を寄せて視線を揺らしながらも「違いますように」と願う。五十嵐社長のときは全部勘違いだった。今回もそうなんだ。きっと。
「伊藤さん」
「___はい」
「好きですか?」
「え?」
「五十嵐社長のこと、好きですか?」
予想外の言葉に隣に立った斎藤さんを二度見する。どうやら聞き間違いではなさそうだ。
「何言っているんですか? そんなわけないですよ。喧嘩ばっかりで、ヘビとマングースに見えていたでしょう?」
両手を前にして右手と左手を戦うように噛みつかせてみる。口角がうまく上げられなくてピクピクしてしまったのがバレていませんように。
「僕には向日葵と太陽に見えましたけど」
「ひまっ?」
「金塊を守る鉄壁の金庫、という表現でも良さそうですね」
「どういうことですか?」
「僕には眩しかったということですよ」
斎藤さんの言っていることがよくわからなくて首を傾げる。もちろん傾げてみても分からないのだけれど。
「ちょっと詩人過ぎて理解出来ないです」
「五十嵐社長といるのは大変だと思います。今回の騒動は伊藤さんが想像している以上かもしれませんよ?」
「いえ、私はただの上司と部下で一緒にいるだなんて」
「これ見ましたか?」
斎藤さんが見せてきたスマホ画面には”美形プリンス”と表題のついたスレッドが映し出されていた。五十嵐社長のCM写真がアイドルのように加工されて貼られて、IGバイオ下のコーヒー店の写真も載っている。その中には五十嵐社長を隠し撮りしたような写真まである。
「ひどいですよ。コレ」
斎藤さんがタップした動画が再生されると、「きゃあ、きゃあ」と耳に痛い黄色い悲鳴が聞こえてくる。その中心を歩いて行くのは五十嵐社長だ。ビルの前で女性たちに取り囲まれた五十嵐社長は、眼鏡をかけていて眉が不快に寄っている。
「ひどい・・・」
「暴走した女性たちがストーカーのようになっています。伊藤さんは早めに移動出来て幸いでしたね」
「___え?」
「五十嵐社長の指示でしょう? こうなることを見越して、伊藤さんを安全な場所に逃がしたのでしょう。五十嵐社長は培養途中の細胞たちを置いてどこにも行けないですからね」
きょとんと斎藤さんを見つめる。それを見て斎藤さんもきょとんと見つめ返してくる。
「私は不用品だと捨てられたのですよ?」
「いやいやいや。そんなはずありませんよ」
「い、やいや・・・」
「五十嵐社長からはなんと言われたのですか?」
「なにも」
「なにも?」
「はい。なにも」
「口下手にも程がありますね」
「いえ、口下手というか・・・私には何も教えてくれないんです」
急に風が吹いてきて肩を震わせる。秋だと思っていたのに、もう冬が間近まで迫っているみたい。手を擦り合わせて暖を取ろうとしたら、隣から伸びてきた手が私の冷たい手を握った。そしてそのまま引かれ温かい胸の中に着地する。
「なっ」
「僕はずるい男です。五十嵐社長の価値を下げたくてこんな話をしました。でもダメみたいですね。どう話したって五十嵐社長には欠点がない」
腕を突っ張って距離を取ろうとすればさらに強く抱き締められた。
「もしも僕の方が先に出会っていたら、僕を選ぶ未来があったと思いますか?」
間近で聞こえるのはうるさいくらいの鼓動で、その犯人は震える手で私を抱き締めている。寒くて震えているのか、緊張なのかは聞かない。それでも誠実なこの人に、誠実な心を返したいと思った。
「私は遠い過去に彼と出会っていました。いつ出会うとかは関係なく、私は・・・五十嵐社長に恋をしていたと思います」
「自慢ではありませんが、僕は人を見る目があるんです。残念ながら万年補欠の僕はフィールドにも上げてもらえないみたいだ」
「補欠は補欠でも、隠し玉のスーパー選手かもしれませんよ」
「ははは。それなら僕を試合に出してもらえますか?」
「___ふ、ふふ。ごめんなさい」
途中から二人ともおかしくなってきて噴き出していた。フルとかフラれるとか、気まずいとか申し訳ないとかくだらない心配だった。斎藤さんは私が思っていたよりももっと出来た人間で、素敵な良い男に違いない。私なんかじゃなく、実直に貴方だけを愛してくれる人が現れるはず。そのときは誰よりも喜んで手を叩こうと思う。
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