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折田慎之介×白咲春 始まり編
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春ちゃん、そう呼ぶ声を聞く度、笑顔を見る度、胸が苦しくなる。これはきっと、恋だ。だから俺は、しんちゃんを手放さなくちゃ、ダメなんだ。
「春ちゃん?」
しんちゃんが俺を呼ぶ。無邪気なその表情はどこまでも澄んでいて、きっと俺の事を運命の人だとでも思っているに違いない。そんなわけないのに。俺はそう哀れんで沈黙するが、彼はそんな気は露知らず隣に腰を下ろした。自分よりも少し高い体温が恋しくて、俺は彼へ手を伸ばす、が、直ぐにそれを引っ込めた。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
そう微笑んだ笑顔の裏の意味を、彼は知らない。
思えば、昔からずっとそうだ。しんちゃんは、俺に騙されてばっか。本来、こんなに顔が整っていて優しい、そんな人が男と、ましてや俺と付き合うなんてどうかしてるんだ。優しすぎる彼はきっと、俺が抱く恋心という甘いものに騙されただけだ。だから、そんな騙されやすい彼を、本当に大切に幸せにしてくれる人へ渡す、それが俺の仕事だ。いや、仕事なんてものじゃ生ぬるい。きっと、それが俺が生まれた意味だ。だから、それを全うするまでは、我慢しなくちゃ。
「しんちゃん、最近シてなくない?」
「え、あ…うん…」
「シよっか」
「いいの…?」
「もちろん」
事前に慣らしておいたソコへすんなり入り込んだそれは、直ぐに運動を始める。中でトロリと先走る熱も、降り注ぐ汗も、全てが愛おしい。ただ、同時に息苦しい。
「春ちゃんッ、気持ちいい?」
熱の篭った声で声をかけられると、しんちゃんとまるで違う世界にいるのだと実感させられる。ナカのものは突く度硬さを増し、ゴリゴリと奥をえぐる。もうすっかり慣れた行為なので痛くはないが、胸はなんだか張り裂けそうだ。
「…うん」
そう言ってふわふわした髪を撫でると、彼は微笑む。その笑顔もまたふわふわしていて、愛おしさを感じると同時に、違和感も感じる。彼はそもそも、こうやって冴えない自分なんかを抱いているより、他の優しい人に抱かれていた方が合っている気がする。ごめんね、俺なんかが相手で。そんなことを考えている間に、気がつくとナカには熱いものが放たれていて、しんちゃんは満足そうな顔をして息を荒らげていた。こんな自分とヤって、彼は何が楽しいんだろう。そう思わずにはいられなかった。
「お疲れ様」と俺は微笑み抱き寄せる。
「春ちゃんも」と彼は頬にキスをした。
これが最後、そう自分に言い聞かせ俺はそっと唇を奪った。柔らかい感触、汗っぽいのに不快に感じられない匂い、少し抑えられた呼吸、そのどれもが独占欲を刺激してきて、きっとこの最後は最後でないことを俺は悟った。そこから、しんちゃんが寝付いたのは5分も経たない頃だったと思う。だから俺は、しんちゃんを起こさないように慎重にベッドを抜け出して、お風呂場へ向かった。
お風呂場へ入ると正面には大きな鏡がある。いつもは嫌でわざと視線をやらないように気をつけていたけれど、今日は馬鹿みたいにチラと視線をやった。すぐに後悔した。
内腿にはだらしなく白い液が垂れていて、キラリと光を反射する。首元の赤い跡は一見分かりにくいが、それもまるで大してモテない男に彼女ができた時、人に見せびらかすようにつけるソレみたいで無様だ。顔は…論外だ。どこが悪いか分からないけれど、とにかくどうしようもないのに、それに加えていつもより更に間の抜けた表情が無性に腹立たしい。更に、硬く勃起したソレも嫌悪感の原因の1つだ。どれもこれも、しんちゃんがくれたものだ、と思えば少しはましに思えるが、それでもあまりにも滑稽だった。
「死ねばいいのに」
俺はそう呟いて鏡から視線を外し風呂のイスへ腰を下ろし、そのまま足を開く。気持ち悪いのに、嫌悪感でいっぱいなのに、それでも性欲は溜まる一方で、そんななかしんちゃんとあんなことをすればこうなるのもわかっていた。面倒臭い。切り落としてしまうことが出来たらどんなに楽だろうか。そんなことを考えながら、いつも通り雑に手を動かす。早くイけ、早く終われ。そう願いながら。
目を瞑ると、しんちゃんが扱いてくれているように感じた。「しんちゃん」そう呼ぶと、その嫌いな声で現実に引き戻され、想像の中のしんちゃんすらもどこかに消え去ってしまう。
「しんちゃんッ…慎之介っ…」
1度溢れた涙も声も、簡単には引っ込んでくれるはずもなく、次々と零れてくる。俺はその声が嫌で、その涙が汚くて、せめてもと思いシャワーを頭から被りながら泣いた。これなら、涙か水かも分からないし、声も聞こえにくい。剃刀なんかが視界に入ったりもしたけれど…辞めておこう。これ以上醜い部位を増やしても仕方がないから。
その日、眠りについたのは日が登り始めてからの事だった。明日も朝ごはんを作ってあげたりしなくてはいけないのに。そう思って自分に腹を立てたのは、言うまでもない無いだろう。
そんな日々が、ずっと続いていた。昼間にしんちゃんから得られる幸福感でどうにか日々を乗り越えていたけれど、最近はしんちゃんに謝らせてばかりで、その幸福すらも薄まりつつあった。いっそのこと、このまま死んでしまおうか。しかし、死ぬのなら最後にその話を誰かに聞いて欲しくて、陽気な店主のいるBARへ向かった。あの人なら、きっとそれなりに聞いて、そして適当に肯定してくれるだろう。
その日の天気は、まるで俺の死を祝福するかのような晴天で、足取りも自ずと軽くなったのを覚えている。店の扉を開けると落ち着いた雰囲気が漂っていた。自分というくだらない人間の最後にこのオシャレさは似合わないが、最後くらい好きに選んでもいいだろう。
「いらっしゃ~い。あ、春さんや~」
例の店主は相も変わらず俺とは対称的な明るさで話しかけてきた。俺も、この人のように明るい人間だったら、美人だったら、と思うが、考えても無駄なのですぐに辞めた。
「あ、今ゆーやくんと深海さん来てはるんですよ~。一緒にどうですか?」と店主は笑顔を見せる。
「あ、うん…」と俺は言われるがままに2人の席へ向かった。
正直、そこまで濃い絡みがある2人では無かったが、店主よりも話を聞いてもらう適任だと思った。未成年でこんな店にいる高校生と子供を誘拐して監禁するヤク中、それか陽キャなら、こんな話をするのならみな前者を選ぶだろう。しかし、この判断は間違っていたらしい。
「あれ、春さん目腫れてる」
「慎之介くんと喧嘩したの?」
2人はこちらの顔を見るなり話をわざわざ止めてまで心配そうに顔を覗き込んできた。踵を返そうが迷うがもう遅い。2人は大して品も置いてないテーブルへ俺を連れていき座らせると、今から話を聞くぞー、と言わんばかりの真剣な顔で俺を見つめた。面倒臭いことこの上ない。このテンションの奴らは絶対、死ぬのはダメだ、だのなんだのと説教してきやがる。俺の気持ちも知らないで。
「俺、死ぬから」
俺はそうとだけ言って席を立つ。しかし、深海さんは逃さないとばかりに強く腕を掴んだ。慌てて振り払おうとするが、そのどう見ても俺よりヒョロい腕は俺の力を上回ってそれを拒んだ。そのせいで、じんと腕が痛み始める。これから死ぬって人がこんな痛みで怯むのか、と笑われそうな話だが俺はそれでつい足を止めてしまった。
「慎之介くんと、ちゃんと話したの?」
そんな話、出来たら死ぬなんて話になってないよ、だとか、あなたに関係ないでしょ、だとか、色々言いたいことはあるけれど、俺は何故かちゃんと席に着いて、彼らに勧められるままにお酒を飲んで…その後のことは、あまり覚えていない。
目を覚ますとそこは綺麗なベッドの上で、天井からは綺麗なレースなんかが降りていて。部屋も普通のものより明らかに豪華なものだったので、俺はここが天国かな、なんて一瞬呑気に考えた。しかし、そんなアホな考えも直ぐに改められることとなる。ベッドを降りようと体を動かした時、両隣に誰かが眠っていることに気がついた。
「…は?」
小さく声を漏らすと、その2人は案外容易く目を覚ました。そして、俺と同じく体を起こした。2人は、服を着ていなかった。ここまで来ると、何があったかも理解出来る。そして理解した上で、明らかに今まで積もり積もった性欲が消え去っていることにも気がついた。どうやら、俺はアホな過ちを侵したようだ。今が死に時だ。少し名残惜しいが、ベッドを飛び出ると窓を開ける。幸いにも、飛び降り防止のものなんかはない。今しかない。そう、思ったのに。気がつくと後ろを振り向いていた。そして、それを分かっていたかのように、2人はニヤリと笑った。
「へぇ、春さんってシラフでも誘う人なんだ」
「もっと清楚系かと思ってたよ~」
そして2人は、慣れたように俺へ近づくと、後ろから遠慮なくソレを入れた。俺が感じられないことは、知ってるはずなのに。なんで。そんな不満は、ものの数秒で吹き飛んだ。
「ッぁ…なに、これッ…」
慌てて口を抑え込む。それを見て後ろの深海さんは満足気に腰の速度を上げ、ゆーやくんは呑気に口をもぐもぐさせながらカメラを向けた。普段なら、ただただ苦痛な行為なのに、気がついたら自身はビクビクと痙攣し、足もガクガクと震えてきた。そんな中、目の前は綺麗な夜景が広がっていて、人が歩いているのなんかも見える。深海さんは気にならないのだろうか。俺はというと、誰かが見ているかもしれない、声が聞こえてしまうかもしれない。そんな不安に押しつぶされそうで、けれど、そんな不安すらも興奮の材料で。気がつくと、必死に腰を動かして、情けなく白濁を漏らしていた。大切な人がいるのに、こんなの頭がどうかしている。そう思うけれど今更手遅れで、その上しんちゃんとやっている時の何倍も気持ちが良くて、俺は結局その後も彼らのされるがままに抱かれた。
「よかったの?」
散々抱き終えた後に半笑いでゆーやくんは言う。その頃には反抗心なんて微塵も残っていなくて、俺はただそれに頷いた。
「いいよ。どうせ別れなきゃいけないから」
「は?」とゆーやくんは眉間に皺を寄せ俺を睨んだ。「慎之介さんのこと大切なんじゃないの?」
初めて聞いた人はみんなこう言う。そして、俺が訳を話しても納得できないとばかりに眉をひそめるのだ。うるせー、と俺は思う。けれど、なんとなく。本当になんとなく、この2人になら言ってもいいか、と思い俺は口を開いた。
「俺じゃしんちゃんを幸せには出来ない。でも、しんちゃんには幸せになって欲しい。だから、俺よりもっとちゃんとした人と一緒になって欲しい」
この2人なら、分かってくれるかも。辛かったね、って撫でてくれるかも。そう思った。だから俺は、人に期待することがいかに無駄かなんて分かっていたはずなのに気がついたら2人へ視線をやった。しかし、当たり前ながら2人の表現が優しくなることはなく、寧ろ冷たくなる一方だった。
「慎之介くんのこと信用してないんだね」
そんなわけないのに何故か胸に刺さる。
「っ…しんちゃんのとこ帰る」
「なんなら呼ぼうか?」
ゆーやくんは嘲笑しながら言った。そりゃそうだ。死にたい、って彼の元を飛び出したのに最後に頼るのはしんちゃんで。
あぁ、しんちゃんはこんなところを見られたらなんて言うだろうか。幻滅するだろうか。浮気だって、怒るだろうか。いいや、実際浮気なんだけど。振られても仕方ない。しかし、たどり着いたしんちゃんはそんなことは何も言わなかった。
「俺はね、春ちゃんのペットや子供じゃないんだよ」
そう言って、俺をギュッと抱きしめた。意味がわからなかった。
「守らなきゃ、とか、幸せにしなきゃ、とかよく言ってるけど…ピンからキリまで支えられないと生きれない人間じゃないよ。それに、対等が俺は、、、好きだし」
対等、ってなんだろう。俺が対等でいられるわけないのに。俺が、しんちゃんと一時的にでも付き合えただけでも感謝しなきゃいけないのに。
「生きられないとかじゃなくて…俺にはしんちゃんを幸せにする義務がある、から…守らなきゃいけないの…面倒なんてかけちゃいけない…」
「その考えが対等じゃないよ…お互いが面倒を抱えあってこその恋人関係でしょ?」
恋人って、しんちゃんは確かに言った。俺に騙されてるだけなのに。本来であればしんちゃんはこんなやつ好きになるわけないのに。それなのにしんちゃんは自信満々に言う。そんな自信が、俺には眩しかった。
「じゃあ…面倒かけてやるよ…ねぇ、頭撫でてよッ、キスしてよ、抱きしめてよ!!」
涙が溢れる。あぁ、ごめんなさい。彼を悩ませたくないのに、最終的には悩ませる方法しか思いつかない。めんどくさいやつなのが、バレてしまう。やめとけばいいのに、俺は彼へ抱きついた。そんな自分が、最高に嫌いだ。けれど、しんちゃんはそんな俺を優しく包んでくれた。
「なに、そんな事で俺が離れるような人間だと思ってたの?めんどうじゃないよ、こんなこと」
そして、彼はそっと俺の唇を奪った。その唇は、汚れている。浮気なんてして、さっきキスしたばかり。それは場所的にも、格好的にも分かっているはずだ。なのに、彼は何も言うことなく恋人でいてくれた。
「ごめんね」と俺は言う。「俺、もうしんちゃんのこと手放せないっ…」
しんちゃんは笑う。
「それでいいんだよ」
「でも俺、浮気したんだよ…?」
「それはね」としんちゃんは微笑んだ。「僕がお願いしたんだよ」
「ん?」と俺は彼を見上げる。
「なんでもない」としんちゃんはキラキラした笑顔を浮かべた。
罪悪感は消えないし、まだまだ自分を好きになれそうもない。けれどしんちゃん、君のおかげで俺は、少しだけこの世界に用ができてしまいました。だから、俺の存在を許してくれるのならずっと、君と同じ景色を見させてくれますか?
キラキラと揺れるたくさんのライトも、沢山届く高い声援も。俺一人じゃきっと見ることは出来なかった。俺が求めたものがこれかは分からないけれど、でも。綺麗だと思った。
「ねぇ、大好きだよ」
「春ちゃん?」
しんちゃんが俺を呼ぶ。無邪気なその表情はどこまでも澄んでいて、きっと俺の事を運命の人だとでも思っているに違いない。そんなわけないのに。俺はそう哀れんで沈黙するが、彼はそんな気は露知らず隣に腰を下ろした。自分よりも少し高い体温が恋しくて、俺は彼へ手を伸ばす、が、直ぐにそれを引っ込めた。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
そう微笑んだ笑顔の裏の意味を、彼は知らない。
思えば、昔からずっとそうだ。しんちゃんは、俺に騙されてばっか。本来、こんなに顔が整っていて優しい、そんな人が男と、ましてや俺と付き合うなんてどうかしてるんだ。優しすぎる彼はきっと、俺が抱く恋心という甘いものに騙されただけだ。だから、そんな騙されやすい彼を、本当に大切に幸せにしてくれる人へ渡す、それが俺の仕事だ。いや、仕事なんてものじゃ生ぬるい。きっと、それが俺が生まれた意味だ。だから、それを全うするまでは、我慢しなくちゃ。
「しんちゃん、最近シてなくない?」
「え、あ…うん…」
「シよっか」
「いいの…?」
「もちろん」
事前に慣らしておいたソコへすんなり入り込んだそれは、直ぐに運動を始める。中でトロリと先走る熱も、降り注ぐ汗も、全てが愛おしい。ただ、同時に息苦しい。
「春ちゃんッ、気持ちいい?」
熱の篭った声で声をかけられると、しんちゃんとまるで違う世界にいるのだと実感させられる。ナカのものは突く度硬さを増し、ゴリゴリと奥をえぐる。もうすっかり慣れた行為なので痛くはないが、胸はなんだか張り裂けそうだ。
「…うん」
そう言ってふわふわした髪を撫でると、彼は微笑む。その笑顔もまたふわふわしていて、愛おしさを感じると同時に、違和感も感じる。彼はそもそも、こうやって冴えない自分なんかを抱いているより、他の優しい人に抱かれていた方が合っている気がする。ごめんね、俺なんかが相手で。そんなことを考えている間に、気がつくとナカには熱いものが放たれていて、しんちゃんは満足そうな顔をして息を荒らげていた。こんな自分とヤって、彼は何が楽しいんだろう。そう思わずにはいられなかった。
「お疲れ様」と俺は微笑み抱き寄せる。
「春ちゃんも」と彼は頬にキスをした。
これが最後、そう自分に言い聞かせ俺はそっと唇を奪った。柔らかい感触、汗っぽいのに不快に感じられない匂い、少し抑えられた呼吸、そのどれもが独占欲を刺激してきて、きっとこの最後は最後でないことを俺は悟った。そこから、しんちゃんが寝付いたのは5分も経たない頃だったと思う。だから俺は、しんちゃんを起こさないように慎重にベッドを抜け出して、お風呂場へ向かった。
お風呂場へ入ると正面には大きな鏡がある。いつもは嫌でわざと視線をやらないように気をつけていたけれど、今日は馬鹿みたいにチラと視線をやった。すぐに後悔した。
内腿にはだらしなく白い液が垂れていて、キラリと光を反射する。首元の赤い跡は一見分かりにくいが、それもまるで大してモテない男に彼女ができた時、人に見せびらかすようにつけるソレみたいで無様だ。顔は…論外だ。どこが悪いか分からないけれど、とにかくどうしようもないのに、それに加えていつもより更に間の抜けた表情が無性に腹立たしい。更に、硬く勃起したソレも嫌悪感の原因の1つだ。どれもこれも、しんちゃんがくれたものだ、と思えば少しはましに思えるが、それでもあまりにも滑稽だった。
「死ねばいいのに」
俺はそう呟いて鏡から視線を外し風呂のイスへ腰を下ろし、そのまま足を開く。気持ち悪いのに、嫌悪感でいっぱいなのに、それでも性欲は溜まる一方で、そんななかしんちゃんとあんなことをすればこうなるのもわかっていた。面倒臭い。切り落としてしまうことが出来たらどんなに楽だろうか。そんなことを考えながら、いつも通り雑に手を動かす。早くイけ、早く終われ。そう願いながら。
目を瞑ると、しんちゃんが扱いてくれているように感じた。「しんちゃん」そう呼ぶと、その嫌いな声で現実に引き戻され、想像の中のしんちゃんすらもどこかに消え去ってしまう。
「しんちゃんッ…慎之介っ…」
1度溢れた涙も声も、簡単には引っ込んでくれるはずもなく、次々と零れてくる。俺はその声が嫌で、その涙が汚くて、せめてもと思いシャワーを頭から被りながら泣いた。これなら、涙か水かも分からないし、声も聞こえにくい。剃刀なんかが視界に入ったりもしたけれど…辞めておこう。これ以上醜い部位を増やしても仕方がないから。
その日、眠りについたのは日が登り始めてからの事だった。明日も朝ごはんを作ってあげたりしなくてはいけないのに。そう思って自分に腹を立てたのは、言うまでもない無いだろう。
そんな日々が、ずっと続いていた。昼間にしんちゃんから得られる幸福感でどうにか日々を乗り越えていたけれど、最近はしんちゃんに謝らせてばかりで、その幸福すらも薄まりつつあった。いっそのこと、このまま死んでしまおうか。しかし、死ぬのなら最後にその話を誰かに聞いて欲しくて、陽気な店主のいるBARへ向かった。あの人なら、きっとそれなりに聞いて、そして適当に肯定してくれるだろう。
その日の天気は、まるで俺の死を祝福するかのような晴天で、足取りも自ずと軽くなったのを覚えている。店の扉を開けると落ち着いた雰囲気が漂っていた。自分というくだらない人間の最後にこのオシャレさは似合わないが、最後くらい好きに選んでもいいだろう。
「いらっしゃ~い。あ、春さんや~」
例の店主は相も変わらず俺とは対称的な明るさで話しかけてきた。俺も、この人のように明るい人間だったら、美人だったら、と思うが、考えても無駄なのですぐに辞めた。
「あ、今ゆーやくんと深海さん来てはるんですよ~。一緒にどうですか?」と店主は笑顔を見せる。
「あ、うん…」と俺は言われるがままに2人の席へ向かった。
正直、そこまで濃い絡みがある2人では無かったが、店主よりも話を聞いてもらう適任だと思った。未成年でこんな店にいる高校生と子供を誘拐して監禁するヤク中、それか陽キャなら、こんな話をするのならみな前者を選ぶだろう。しかし、この判断は間違っていたらしい。
「あれ、春さん目腫れてる」
「慎之介くんと喧嘩したの?」
2人はこちらの顔を見るなり話をわざわざ止めてまで心配そうに顔を覗き込んできた。踵を返そうが迷うがもう遅い。2人は大して品も置いてないテーブルへ俺を連れていき座らせると、今から話を聞くぞー、と言わんばかりの真剣な顔で俺を見つめた。面倒臭いことこの上ない。このテンションの奴らは絶対、死ぬのはダメだ、だのなんだのと説教してきやがる。俺の気持ちも知らないで。
「俺、死ぬから」
俺はそうとだけ言って席を立つ。しかし、深海さんは逃さないとばかりに強く腕を掴んだ。慌てて振り払おうとするが、そのどう見ても俺よりヒョロい腕は俺の力を上回ってそれを拒んだ。そのせいで、じんと腕が痛み始める。これから死ぬって人がこんな痛みで怯むのか、と笑われそうな話だが俺はそれでつい足を止めてしまった。
「慎之介くんと、ちゃんと話したの?」
そんな話、出来たら死ぬなんて話になってないよ、だとか、あなたに関係ないでしょ、だとか、色々言いたいことはあるけれど、俺は何故かちゃんと席に着いて、彼らに勧められるままにお酒を飲んで…その後のことは、あまり覚えていない。
目を覚ますとそこは綺麗なベッドの上で、天井からは綺麗なレースなんかが降りていて。部屋も普通のものより明らかに豪華なものだったので、俺はここが天国かな、なんて一瞬呑気に考えた。しかし、そんなアホな考えも直ぐに改められることとなる。ベッドを降りようと体を動かした時、両隣に誰かが眠っていることに気がついた。
「…は?」
小さく声を漏らすと、その2人は案外容易く目を覚ました。そして、俺と同じく体を起こした。2人は、服を着ていなかった。ここまで来ると、何があったかも理解出来る。そして理解した上で、明らかに今まで積もり積もった性欲が消え去っていることにも気がついた。どうやら、俺はアホな過ちを侵したようだ。今が死に時だ。少し名残惜しいが、ベッドを飛び出ると窓を開ける。幸いにも、飛び降り防止のものなんかはない。今しかない。そう、思ったのに。気がつくと後ろを振り向いていた。そして、それを分かっていたかのように、2人はニヤリと笑った。
「へぇ、春さんってシラフでも誘う人なんだ」
「もっと清楚系かと思ってたよ~」
そして2人は、慣れたように俺へ近づくと、後ろから遠慮なくソレを入れた。俺が感じられないことは、知ってるはずなのに。なんで。そんな不満は、ものの数秒で吹き飛んだ。
「ッぁ…なに、これッ…」
慌てて口を抑え込む。それを見て後ろの深海さんは満足気に腰の速度を上げ、ゆーやくんは呑気に口をもぐもぐさせながらカメラを向けた。普段なら、ただただ苦痛な行為なのに、気がついたら自身はビクビクと痙攣し、足もガクガクと震えてきた。そんな中、目の前は綺麗な夜景が広がっていて、人が歩いているのなんかも見える。深海さんは気にならないのだろうか。俺はというと、誰かが見ているかもしれない、声が聞こえてしまうかもしれない。そんな不安に押しつぶされそうで、けれど、そんな不安すらも興奮の材料で。気がつくと、必死に腰を動かして、情けなく白濁を漏らしていた。大切な人がいるのに、こんなの頭がどうかしている。そう思うけれど今更手遅れで、その上しんちゃんとやっている時の何倍も気持ちが良くて、俺は結局その後も彼らのされるがままに抱かれた。
「よかったの?」
散々抱き終えた後に半笑いでゆーやくんは言う。その頃には反抗心なんて微塵も残っていなくて、俺はただそれに頷いた。
「いいよ。どうせ別れなきゃいけないから」
「は?」とゆーやくんは眉間に皺を寄せ俺を睨んだ。「慎之介さんのこと大切なんじゃないの?」
初めて聞いた人はみんなこう言う。そして、俺が訳を話しても納得できないとばかりに眉をひそめるのだ。うるせー、と俺は思う。けれど、なんとなく。本当になんとなく、この2人になら言ってもいいか、と思い俺は口を開いた。
「俺じゃしんちゃんを幸せには出来ない。でも、しんちゃんには幸せになって欲しい。だから、俺よりもっとちゃんとした人と一緒になって欲しい」
この2人なら、分かってくれるかも。辛かったね、って撫でてくれるかも。そう思った。だから俺は、人に期待することがいかに無駄かなんて分かっていたはずなのに気がついたら2人へ視線をやった。しかし、当たり前ながら2人の表現が優しくなることはなく、寧ろ冷たくなる一方だった。
「慎之介くんのこと信用してないんだね」
そんなわけないのに何故か胸に刺さる。
「っ…しんちゃんのとこ帰る」
「なんなら呼ぼうか?」
ゆーやくんは嘲笑しながら言った。そりゃそうだ。死にたい、って彼の元を飛び出したのに最後に頼るのはしんちゃんで。
あぁ、しんちゃんはこんなところを見られたらなんて言うだろうか。幻滅するだろうか。浮気だって、怒るだろうか。いいや、実際浮気なんだけど。振られても仕方ない。しかし、たどり着いたしんちゃんはそんなことは何も言わなかった。
「俺はね、春ちゃんのペットや子供じゃないんだよ」
そう言って、俺をギュッと抱きしめた。意味がわからなかった。
「守らなきゃ、とか、幸せにしなきゃ、とかよく言ってるけど…ピンからキリまで支えられないと生きれない人間じゃないよ。それに、対等が俺は、、、好きだし」
対等、ってなんだろう。俺が対等でいられるわけないのに。俺が、しんちゃんと一時的にでも付き合えただけでも感謝しなきゃいけないのに。
「生きられないとかじゃなくて…俺にはしんちゃんを幸せにする義務がある、から…守らなきゃいけないの…面倒なんてかけちゃいけない…」
「その考えが対等じゃないよ…お互いが面倒を抱えあってこその恋人関係でしょ?」
恋人って、しんちゃんは確かに言った。俺に騙されてるだけなのに。本来であればしんちゃんはこんなやつ好きになるわけないのに。それなのにしんちゃんは自信満々に言う。そんな自信が、俺には眩しかった。
「じゃあ…面倒かけてやるよ…ねぇ、頭撫でてよッ、キスしてよ、抱きしめてよ!!」
涙が溢れる。あぁ、ごめんなさい。彼を悩ませたくないのに、最終的には悩ませる方法しか思いつかない。めんどくさいやつなのが、バレてしまう。やめとけばいいのに、俺は彼へ抱きついた。そんな自分が、最高に嫌いだ。けれど、しんちゃんはそんな俺を優しく包んでくれた。
「なに、そんな事で俺が離れるような人間だと思ってたの?めんどうじゃないよ、こんなこと」
そして、彼はそっと俺の唇を奪った。その唇は、汚れている。浮気なんてして、さっきキスしたばかり。それは場所的にも、格好的にも分かっているはずだ。なのに、彼は何も言うことなく恋人でいてくれた。
「ごめんね」と俺は言う。「俺、もうしんちゃんのこと手放せないっ…」
しんちゃんは笑う。
「それでいいんだよ」
「でも俺、浮気したんだよ…?」
「それはね」としんちゃんは微笑んだ。「僕がお願いしたんだよ」
「ん?」と俺は彼を見上げる。
「なんでもない」としんちゃんはキラキラした笑顔を浮かべた。
罪悪感は消えないし、まだまだ自分を好きになれそうもない。けれどしんちゃん、君のおかげで俺は、少しだけこの世界に用ができてしまいました。だから、俺の存在を許してくれるのならずっと、君と同じ景色を見させてくれますか?
キラキラと揺れるたくさんのライトも、沢山届く高い声援も。俺一人じゃきっと見ることは出来なかった。俺が求めたものがこれかは分からないけれど、でも。綺麗だと思った。
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