優しい姫は恋をして

明里 露

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プロローグ

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「先生」


彼女は笑いかける。

その度に何者か忘れてしまう。彼女にいかに釣り合わず、どこを探しても胸を張れるものがなく、家族を持つことも、愛することも、この身の丈にはよほど合わないことなのに。

「先生、好きよ」

甘い花の香りは、人の心を惑わせて、鈍らせて、泥濘に足をとられていくように。



顔を上げると彼女は不満そうにこちらを見ていた。

「今日は御本のほうが恋人なの?」

あたたかい日差しが彼女に降り注ぎ、古代の軍記物の世界から引き戻される。

「今日読んで返してしまいたいんだ」

彼女は小さくため息をついてから横に座った。ここにいるから読んでいて、そう言って身体を預けてくる。読みにくいが、やけに心地が良い。彼女の髪が肩をくすぐり思わず頬が緩んだ。それに気づいた彼女は遊んでほしそうにこちらを見ている。

「姫様。本を読ませてくださいまし」

彼女は頬を膨らませてさらにひっついた。




あたたかい、あの日。
もうこの瞳は日差しをうつすことはない。
彼女の声が聞こえた気がした。


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