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庭と園丁官
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亜麻色の少し癖のある髪を束ねて背に垂らした青年と、小太りで眼鏡をかけた中年男が並んで道を歩いていた。二人は揃いの軍服を着ている。灰褐色の詰襟に、肩章や飾緒もついた緑色のマント。そして二人ともが大きな革の鞄を持ち運んでいた。
住所が書かれたメモを頼りに小奇麗に整備された町を往く。朝早く、活気ある市場から離れて少し人は減ってきた。首都カーリン南東の静かな住宅街、比較的立派な家が多い地区に入った。
靴音硬く、足を止めず進みながら、目的地の家を探す傍ら。二人は街路樹や近所の庭、あるいは道端に咲く花を目にしては、あれは何だな、とそれぞれの胸中に植物の名を当て分類していた。
そういう遊び、意識を持て余しているというより、単に職業病というやつだった。
その視界にも目立った黄色、手入れをされていない伸び放題で満開のエニシダの木が丁度目印のようだった。少し邪魔をする枝を押しのけて、先に立った若い男のほうが洒落た緑に塗られ飾り窓の嵌った扉を叩く。
やや置いて物音。家の中から一人出てくる。ひょろと細い男はくたびれたシャツの襟を大きく開く、だらしない着こなしで訪問者を迎えた。灰色の髪は寝癖がついて広がっている。
「セヴラン・プレーツさんですね。性別男、年齢は二十五、間違いありませんか」
「うん」
対して、はきはきした声音で青年が訊ねると短い返事をする。
その容姿、髪の色や瞳の色――灰色の直毛で顎のあたりで切りっぱなしと思しき長さ、淡緑色の瞳、眦の下がった目元、生白い肌――一度印刷されたのを見た人相も擦り合わせ、隣の同僚とも頷き合って、青年は再び息を吸った。
「自分はカイ・エッカルト、こちらがデニス・ハーラー。プレーツさんを担当する園丁官です」
「ハーラーです。よろしくお願いします」
「よろしく」
園丁官。
庭――今や人が見ることは叶わなくなった、神々の園の枝葉を身に宿すようになった人間――を管理する、軍の一部署に所属する彼らの名称である。階級は准尉に相当する。
百三十年ほど前、北のある村落の少女が右手に蔦を宿したのが事の始まりだった。彼女はやがて様々な植物をその身に茂らせるようになり――それらは、神秘の力を持っていたのだ。
数多の霊薬や魔法の素材、竜をも屠る劇毒、不老の源である黄金の果実……神話に伝えられる益が再び世に齎された。少女以来そういった人間は各所に、年に数人ほど現れるようになり、国はその発見と保護に注力している。
そしてこの男セヴラン・プレーツは新たな庭だった。昨日、右手親指の付け根に葉が出てきたと病院を訪れて、連絡に駆けつけた園丁官によりそう認定された。そして早くも翌日にはこうして担当者がついて訪問を受けたわけである。
「……あのー、生活は保障してもらえるって聞いたんだけど?」
セヴランは立派な恰好をした客人にやや気圧された調子ながらも彼らを招き入れ、居間へと案内する中、まずそう訊ねた。
「はい。納税が免除された上で、規定した金額で生活費が支払われます。並程度には――」
「よしよしよし。あと何が売れるかと思ってたけどまだ行けるな。今まで負けた分ちゃんとツイてる!」
カイが淀みなく応じる。と、途中で声が上がる。一転して元気な声だった。
「……はい?」
「いやあ安心した。今回は本当にギリッギリだったんだよ、賭けの負けが込んでさ。これも、変な病気でもう俺も死ぬのかなーと思ってたもん」
聞き返せばぺらぺらと喋る。カイはデニスと視線を交わして、目元だけで頷き合った。
庭となった国民には、今カイが言ったような待遇がある。金が入ると喜ぶ人間は多い。あくまで国に奉仕することへの恩賞であり――体に植物が生えてくることと園丁官の管理を受け入れる不都合と差し引きするとは言えど、何も珍しい反応ではなかった。
「神様が幸運をくれたな」
そう呟いてドアを開ける男が振り向いて笑うのに、カイは表情を取り繕う。その顔をつくづくと眺めて、セヴランはまた笑った。
「安定した生活。お手伝いさんつき。できたら美女がよかったけど」
「……それはちょっと難しいですね、女性園丁官は足りてなくて」
「そうなんだ? 残念」
デニスが曖昧に笑って答えたことで今彼が言ったのは自分たちのことかと気づき、カイは眉を潜めた。咳払いして、セヴランの注意を再度自分に寄せる。
「貴方の庭の管理、それに付随する体調管理、日常生活に不便が生じた際の補助くらいはしますが、お手伝いさんではありません。便利屋でもない。誤解なきよう」
「はいはーい。俺の生活なんて大体不便だよ。一人じゃ生きていけないから頼むよ」
思い切り堅苦しい言葉で言ってやったがへらへらとしている。なんとも先行きが不安だったが、それでも彼らの仕事は始まった。
大きさの割に家具などがろくに無い、がらんとして寂しい家だった。居間もやはり広いが、不釣り合いに小さなテーブルと椅子があるだけで持て余しているのが見て取れた。敷かれた絨毯やカーテンは緑色が褪せている。暗さに、デニスがカーテンを開いてみるが纏める紐などは欠いていた。
窓は大きい。硝子が曇ってはいたが朝の光が差し込むときらきらと埃が舞っているのが見える。
「――どうぞ、座って」
椅子は一つしかなかったので、カイは促してセヴランを座らせた。自分はマントを脱いでそれをデニスに預け、テーブルに置いた鞄を開き相手に向き直るだけする。
「貴方は一国民として、我が国に繁栄を齎す庭として、その維持に努めていただきます――」
そうして持ってきた書類を捲りながら、確かに生活費の支給があることや、園丁官による定期訪問を受けること、国の管理下に入るので町の外へ出るときには申請が要ることなど、昨日他の者が確認したことを繰り返して返事を聞いた。この家の合鍵は担当者であるカイとデニスが責任を持って保管すること、必要と判断すれば使って家に入ることなども伝えた。
それが終わると、次はもっと踏み入った、セヴランの生活に関する話だ。
「日当たりのいい部屋はありますか」
「こことか、俺の部屋は?」
「これくらい陽が入るなら十分ですが、カーテンは開けて過ごしてください」
立ちっぱなしのカイを見上げるセヴランに、細く光の筋が照っている。が、この程度では不足だとカイは促した。
「貴方は、庭です。庭……植物が必要とするものは、大抵の場合、水と日光。神々の園の植物もそれは変わりないようです。貴方の体自体もそれを欲するようになっています。植物が発現していないときも心掛けて、水分補給と日光浴を」
「ご飯は?」
「十分に食べたほうがいいです。是非健康的な生活を。――酒は飲まれますか」
「飲む」
「まだ、我々が許可するまでは控えてください。珈琲や茶は?」
セヴランは眉を寄せたが、文句を言われる前にと、カイは質問を重ねた。
「たまにかな。――ねえ酒、ちょっとならいい?」
「酔っぱらわない程度に」
「それなら飲む意味ないじゃん」
「控えてください。暫らく見て問題がないと分かれば、普通どおりには飲んでいただけます」
結局出た文句には繰り返して、他にも二三と持病などの確認をし、カイは水銀計や聴診器を取り出す。体温、心音や血圧の測定を行う流れは実に手慣れている。最後にピンで少量の採血をして、終わりだった。
人の体に植物が発現する前触れなど掴めないものかと、あらゆる議論と研究がなされていた。参考にする体調のデータをとる為に園丁官も医者のような仕事をする。カイもデニスも町医者程度のことは一通りできた。勿論、貴重な庭という存在の健康維持の目的もある。
今日のセヴランは、朝早くて体温や血圧が低い以外は異常なしと言えた。まだどこにも芽や枝は出てきていない。それを、すぐ見限られて色々取りやめられてしまうのではと彼自身は多少不安がっていたが――大抵の庭の変化は一週間に一度程度のものであるから、園丁官のほうは淡々としていた。
ただしそれも個人差というものがある。セヴランはまだ周期が分からない。様子見として、暫らく毎日訪問して診ることにはなる。それを告げ、質問がないのを確かめてカイは鞄に物を詰めなおした。デニスからマントを受け取り廊下へと出る。
「では、明日また八時頃に参ります」
二人が向き直ると見送りについてきたセヴランはへらりと笑って頷いた。手を振る。
「じゃあまた明日ねー、カイ君、デニスさん」
「明日は一人だけ来ますのでね」
デニスの口添え、カイが胸に手を当てる所作で頷くのに目を瞬く。
医学に、植物や神話伝承への精通。多くの知識と能力を求められる為に外勤に回る園丁官は多くない。今日は挨拶があるので二人揃って来たが、通常は一人ずつ交代しながらの仕事だった。セヴランの主担当者はカイなので、彼のほうが頻度が高い予定だった。
「あれ、そうか。じゃあよろしく、カイ」
「……はい、それでは」
段々と馴れ馴れしくなる呼びかけを気にしながらも、カイは会釈して応じた。家を出て――しっかりと閉まった扉を背に数歩歩いたところで、二人目配せし合って、口を開く。
「聞き分けがいいようで、そうでもないような……不安な感触ですね」
カイのぼやきは、本日一件目の仕事の割に疲れていた。デニスも同じく、やれやれという顔を隠していない。
「そうだね、大人だけど、あれは完全に遊び人だな。真っ当じゃない。要注意かもな。――まあやっぱり、園は選ばない、だ。清廉な人間だけじゃない。情報は細かく共有して、注意して当たろう。さ、次だ次」
園は選ばない――とは、特にこうして外勤で人と接する園丁官たちのよく言う見解だった。庭になる人間はその天恵とは裏腹に、別に清らかなわけではない。老若男女問わず、生まれて間もない無垢な赤子から、死に近い老人、病人、はたまた獄中の罪人まで記録があるのだ。庭になった後は先に注意したようなことに気をつける必要があるが、それまではどんな生き方をしていようと庭になり得る。ので、生えてきた植物自体はともかく、彼らを神聖視はしないことだと言われていた。
敬虔な信者であるということも神の末裔であるということもなく、医学的な理由づけも、今のところはできていない。性別や人種、血液型も特に偏りがない。現状何をとっても偶然のものとしか言えなかった。それでこそ人智及ばぬ神々のものらしくもあると頷く園丁官もいた。
「はい。ハーラーさんちょっと遠いですよね、馬車探しましょう」
先輩の励ましに頷いて、カイも気を取り直して顔を上げ往来を見た。彼もデニスも、管理する庭はセヴランだけではない。次の予定が入っている。カイのほうは、園丁官になったばかりの頃からの付き合い、美しい百合を身に宿す少年の庭の標本採取だった。
住所が書かれたメモを頼りに小奇麗に整備された町を往く。朝早く、活気ある市場から離れて少し人は減ってきた。首都カーリン南東の静かな住宅街、比較的立派な家が多い地区に入った。
靴音硬く、足を止めず進みながら、目的地の家を探す傍ら。二人は街路樹や近所の庭、あるいは道端に咲く花を目にしては、あれは何だな、とそれぞれの胸中に植物の名を当て分類していた。
そういう遊び、意識を持て余しているというより、単に職業病というやつだった。
その視界にも目立った黄色、手入れをされていない伸び放題で満開のエニシダの木が丁度目印のようだった。少し邪魔をする枝を押しのけて、先に立った若い男のほうが洒落た緑に塗られ飾り窓の嵌った扉を叩く。
やや置いて物音。家の中から一人出てくる。ひょろと細い男はくたびれたシャツの襟を大きく開く、だらしない着こなしで訪問者を迎えた。灰色の髪は寝癖がついて広がっている。
「セヴラン・プレーツさんですね。性別男、年齢は二十五、間違いありませんか」
「うん」
対して、はきはきした声音で青年が訊ねると短い返事をする。
その容姿、髪の色や瞳の色――灰色の直毛で顎のあたりで切りっぱなしと思しき長さ、淡緑色の瞳、眦の下がった目元、生白い肌――一度印刷されたのを見た人相も擦り合わせ、隣の同僚とも頷き合って、青年は再び息を吸った。
「自分はカイ・エッカルト、こちらがデニス・ハーラー。プレーツさんを担当する園丁官です」
「ハーラーです。よろしくお願いします」
「よろしく」
園丁官。
庭――今や人が見ることは叶わなくなった、神々の園の枝葉を身に宿すようになった人間――を管理する、軍の一部署に所属する彼らの名称である。階級は准尉に相当する。
百三十年ほど前、北のある村落の少女が右手に蔦を宿したのが事の始まりだった。彼女はやがて様々な植物をその身に茂らせるようになり――それらは、神秘の力を持っていたのだ。
数多の霊薬や魔法の素材、竜をも屠る劇毒、不老の源である黄金の果実……神話に伝えられる益が再び世に齎された。少女以来そういった人間は各所に、年に数人ほど現れるようになり、国はその発見と保護に注力している。
そしてこの男セヴラン・プレーツは新たな庭だった。昨日、右手親指の付け根に葉が出てきたと病院を訪れて、連絡に駆けつけた園丁官によりそう認定された。そして早くも翌日にはこうして担当者がついて訪問を受けたわけである。
「……あのー、生活は保障してもらえるって聞いたんだけど?」
セヴランは立派な恰好をした客人にやや気圧された調子ながらも彼らを招き入れ、居間へと案内する中、まずそう訊ねた。
「はい。納税が免除された上で、規定した金額で生活費が支払われます。並程度には――」
「よしよしよし。あと何が売れるかと思ってたけどまだ行けるな。今まで負けた分ちゃんとツイてる!」
カイが淀みなく応じる。と、途中で声が上がる。一転して元気な声だった。
「……はい?」
「いやあ安心した。今回は本当にギリッギリだったんだよ、賭けの負けが込んでさ。これも、変な病気でもう俺も死ぬのかなーと思ってたもん」
聞き返せばぺらぺらと喋る。カイはデニスと視線を交わして、目元だけで頷き合った。
庭となった国民には、今カイが言ったような待遇がある。金が入ると喜ぶ人間は多い。あくまで国に奉仕することへの恩賞であり――体に植物が生えてくることと園丁官の管理を受け入れる不都合と差し引きするとは言えど、何も珍しい反応ではなかった。
「神様が幸運をくれたな」
そう呟いてドアを開ける男が振り向いて笑うのに、カイは表情を取り繕う。その顔をつくづくと眺めて、セヴランはまた笑った。
「安定した生活。お手伝いさんつき。できたら美女がよかったけど」
「……それはちょっと難しいですね、女性園丁官は足りてなくて」
「そうなんだ? 残念」
デニスが曖昧に笑って答えたことで今彼が言ったのは自分たちのことかと気づき、カイは眉を潜めた。咳払いして、セヴランの注意を再度自分に寄せる。
「貴方の庭の管理、それに付随する体調管理、日常生活に不便が生じた際の補助くらいはしますが、お手伝いさんではありません。便利屋でもない。誤解なきよう」
「はいはーい。俺の生活なんて大体不便だよ。一人じゃ生きていけないから頼むよ」
思い切り堅苦しい言葉で言ってやったがへらへらとしている。なんとも先行きが不安だったが、それでも彼らの仕事は始まった。
大きさの割に家具などがろくに無い、がらんとして寂しい家だった。居間もやはり広いが、不釣り合いに小さなテーブルと椅子があるだけで持て余しているのが見て取れた。敷かれた絨毯やカーテンは緑色が褪せている。暗さに、デニスがカーテンを開いてみるが纏める紐などは欠いていた。
窓は大きい。硝子が曇ってはいたが朝の光が差し込むときらきらと埃が舞っているのが見える。
「――どうぞ、座って」
椅子は一つしかなかったので、カイは促してセヴランを座らせた。自分はマントを脱いでそれをデニスに預け、テーブルに置いた鞄を開き相手に向き直るだけする。
「貴方は一国民として、我が国に繁栄を齎す庭として、その維持に努めていただきます――」
そうして持ってきた書類を捲りながら、確かに生活費の支給があることや、園丁官による定期訪問を受けること、国の管理下に入るので町の外へ出るときには申請が要ることなど、昨日他の者が確認したことを繰り返して返事を聞いた。この家の合鍵は担当者であるカイとデニスが責任を持って保管すること、必要と判断すれば使って家に入ることなども伝えた。
それが終わると、次はもっと踏み入った、セヴランの生活に関する話だ。
「日当たりのいい部屋はありますか」
「こことか、俺の部屋は?」
「これくらい陽が入るなら十分ですが、カーテンは開けて過ごしてください」
立ちっぱなしのカイを見上げるセヴランに、細く光の筋が照っている。が、この程度では不足だとカイは促した。
「貴方は、庭です。庭……植物が必要とするものは、大抵の場合、水と日光。神々の園の植物もそれは変わりないようです。貴方の体自体もそれを欲するようになっています。植物が発現していないときも心掛けて、水分補給と日光浴を」
「ご飯は?」
「十分に食べたほうがいいです。是非健康的な生活を。――酒は飲まれますか」
「飲む」
「まだ、我々が許可するまでは控えてください。珈琲や茶は?」
セヴランは眉を寄せたが、文句を言われる前にと、カイは質問を重ねた。
「たまにかな。――ねえ酒、ちょっとならいい?」
「酔っぱらわない程度に」
「それなら飲む意味ないじゃん」
「控えてください。暫らく見て問題がないと分かれば、普通どおりには飲んでいただけます」
結局出た文句には繰り返して、他にも二三と持病などの確認をし、カイは水銀計や聴診器を取り出す。体温、心音や血圧の測定を行う流れは実に手慣れている。最後にピンで少量の採血をして、終わりだった。
人の体に植物が発現する前触れなど掴めないものかと、あらゆる議論と研究がなされていた。参考にする体調のデータをとる為に園丁官も医者のような仕事をする。カイもデニスも町医者程度のことは一通りできた。勿論、貴重な庭という存在の健康維持の目的もある。
今日のセヴランは、朝早くて体温や血圧が低い以外は異常なしと言えた。まだどこにも芽や枝は出てきていない。それを、すぐ見限られて色々取りやめられてしまうのではと彼自身は多少不安がっていたが――大抵の庭の変化は一週間に一度程度のものであるから、園丁官のほうは淡々としていた。
ただしそれも個人差というものがある。セヴランはまだ周期が分からない。様子見として、暫らく毎日訪問して診ることにはなる。それを告げ、質問がないのを確かめてカイは鞄に物を詰めなおした。デニスからマントを受け取り廊下へと出る。
「では、明日また八時頃に参ります」
二人が向き直ると見送りについてきたセヴランはへらりと笑って頷いた。手を振る。
「じゃあまた明日ねー、カイ君、デニスさん」
「明日は一人だけ来ますのでね」
デニスの口添え、カイが胸に手を当てる所作で頷くのに目を瞬く。
医学に、植物や神話伝承への精通。多くの知識と能力を求められる為に外勤に回る園丁官は多くない。今日は挨拶があるので二人揃って来たが、通常は一人ずつ交代しながらの仕事だった。セヴランの主担当者はカイなので、彼のほうが頻度が高い予定だった。
「あれ、そうか。じゃあよろしく、カイ」
「……はい、それでは」
段々と馴れ馴れしくなる呼びかけを気にしながらも、カイは会釈して応じた。家を出て――しっかりと閉まった扉を背に数歩歩いたところで、二人目配せし合って、口を開く。
「聞き分けがいいようで、そうでもないような……不安な感触ですね」
カイのぼやきは、本日一件目の仕事の割に疲れていた。デニスも同じく、やれやれという顔を隠していない。
「そうだね、大人だけど、あれは完全に遊び人だな。真っ当じゃない。要注意かもな。――まあやっぱり、園は選ばない、だ。清廉な人間だけじゃない。情報は細かく共有して、注意して当たろう。さ、次だ次」
園は選ばない――とは、特にこうして外勤で人と接する園丁官たちのよく言う見解だった。庭になる人間はその天恵とは裏腹に、別に清らかなわけではない。老若男女問わず、生まれて間もない無垢な赤子から、死に近い老人、病人、はたまた獄中の罪人まで記録があるのだ。庭になった後は先に注意したようなことに気をつける必要があるが、それまではどんな生き方をしていようと庭になり得る。ので、生えてきた植物自体はともかく、彼らを神聖視はしないことだと言われていた。
敬虔な信者であるということも神の末裔であるということもなく、医学的な理由づけも、今のところはできていない。性別や人種、血液型も特に偏りがない。現状何をとっても偶然のものとしか言えなかった。それでこそ人智及ばぬ神々のものらしくもあると頷く園丁官もいた。
「はい。ハーラーさんちょっと遠いですよね、馬車探しましょう」
先輩の励ましに頷いて、カイも気を取り直して顔を上げ往来を見た。彼もデニスも、管理する庭はセヴランだけではない。次の予定が入っている。カイのほうは、園丁官になったばかりの頃からの付き合い、美しい百合を身に宿す少年の庭の標本採取だった。
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