緑を分けて

綿入しずる

文字の大きさ
13 / 47

恋の卵(後)*

しおりを挟む
 カイは摘み取った美しい花を手に、へたり込んだ。
 保護剤を塗る間もなく部屋を飛び出していく男を追いかけるべきだができなかった。ばくばくと心臓が煩いのは、採取の興奮だけではないことが分かっていた。
 植物の根を包み硝子の箱へと厳重に封印して、輸送精霊を放つ。蝶の群れを見送り――思い立って連絡を入れる。
「採取に成功。輸送開始。受け入れをお願いします」
「了解」
 準備を万端にしていたこと、手順はいつもともそう変わらなかったことが幸いして作業に滞りは無かったが、カイの心中は大いに乱れていた。大発見の興奮が一時去って、なおさらそれが強調される。
 ――……勃ってる。
 途中までは、それは確かに新種発見の昂揚だった。震えそうな手を制して慎重にやるのがまた意識を昂らせた。だが、徐々にそれだけではなくなった。
 採取に集中しようとするほど、見つめた、根の下の肌が気になり。触れると、その体が震えるのが彼の心のほうまで震わせた。セヴランはいつもより擽ったがって身じろぎする。声が聞こえる。つい顔を見たのは失敗で、見るからにそういう表情だった。意識してしまうと今度は息まで聞こえる。果ては顔の高さで、下着の中、膨らんだ股間がびくと動くのまで目撃してしまった。そんな状態になった他人をカイはこれまで見たことがなかった。
 降る声に、視線を上げる。熱に潤んだ顔と目が見えた。苦しそうにカイを見る。
 その表情がまた、欲を呼んだ。
 それで彼までこうだ。慌てていたセヴランは気づいていなかったが、カイの物も熱を覚えて脈打っていた。下着姿でいた男とは違い、布地の厚い軍服を着ているので多少隠されているが。
 ――伝承どおりの、いや、それ以上か……?
 恋の卵は神話においては服用して効果を発揮する品だったが、他にも力があったとしてもおかしくはない。花の香りか、成分か。手元は防げても空気中に漂うなどして防げないものがあったのか。
 それとも単に――単に興奮してしまったのか。考え、その可能性を否定するように、彼は一人で首を振る。
 ただし結果は明らかだった。手が空くとなお意識する。鎮まれ、と念じて、息を抜く。菫に似た香り。
 っん――
 最中、声が聞こえた気がして動揺に身を揺らす。今の甘い響きがセヴランの声なのかと考えて、より下腹が疼く気がして慌てる。
 此処で、処理するわけにはいかない。このままこの場所では論外、外に出るわけにもいかないし、この後交代でトイレに入ろうものならあからさまに過ぎる。恋の卵の所為にしたって気まずい。茶化されるのは嫌だ。――それに。
 若き園丁官はこの気の迷いを鎮めるのに集中した。身を抓って換気をして、自身も窓辺で深呼吸する。セヴランが戻るのを待ちながら、あたかも仕事の一環であるかのように植物図鑑のページを捲った。何度も確かめて、全体、特に根に強く媚薬、催淫、酩酊効果があるものと推察され――とお堅く書いてあるのを見て、あくまでこれの所為だと己の体に言い聞かせる。そして他のページも読んで気を逸らし、気分を落ち着かせる。努力の甲斐あってかどうにか股間は治まってきた。
 足音に身を竦める。なんでもないように座り直す。いつも以上にどっしりと構えた。
「っああ、――大丈夫か」
 声は上擦ったが、セヴランがそれを揶揄うようなことはなかった。
 目が合うと見る間に赤面して視線が逸れる。その表情を意識せぬようカイも急いで顔を伏せた。顔ではなく、足を見た。思い至って爪先ではなく、先程まで花が生えていた脹脛まで視線を上げる。じっとそこだけ見る。いやに足の白さが、細さが、その形が気になったが。
「平気平気、すっきりした」
 軽い声音に頷き、己を制して仕事へと戻る。
 恋の卵の形跡はもう見られなかった。消毒は入念にやり、体温などの計測もした。今後もし体調が変化した場合は遠慮なく例の呼び鈴を使うようにと指示して、そうしてその日はさっさとセヴランの家から逃げた。

 その後一日中悶々としたまま過ごした。
 新たな植物の採取に本部のほうはまた大盛り上がりだった。庭のほうにも影響が見られた、との報告は、興味深くもあっさりと受け入れられた。庭も携わった園丁官も男だったので、妙なことにはなっていないだろうと皆疑いもしなかったのだ。お陰で詮索もなかった。恋の卵はいつもの保管庭園ではなく、まず中枢の研究室に入ったと聞かされた。様子を見れないのは残念な気がしたが、今日はそれ以上にほっとしてもいた。
 夜になり一人ベッドに潜り込むと、今日の出来事が思い出され――むらむらしてくる。無視しようとしてもそれは広がって、強く訴えてくる。カイは長く息を吐いた。が、無視できない。
 自分の体だから見ずとも分かる。触れればそこは既に、完全に勃起していた。薄い夏用の布団を押し上げている。
「……」
 ――花の効果がこんなに時間を置いても及ぶものか。いや、花の効果ではないのか。セヴランと違い、あのとき我慢をしたから気持ちが治まっていない?
 冷静なふりをして、カイは身を起こした。さっさと処理して寝てしまおうと考えた。もう自分の部屋なのだから、適当に擦って出せば済む。
 座り直し、下穿きを寛げて上向いた物を取り出して掌を擦りつける。単調に、処理の手つきでやる。しかし――生じる快感と共に、カイは今朝の出来事を思い出した。
 触れると揺れる膝。強張り力を入れて、耐えるように床を踏みしめる。椅子を掴む手もぎゅっと座面を握って、声と吐息まで揺れる。
 初めて見る植物に興奮していたのが、別物に擦り替わっていく。作業をするのではなくセヴランの体に触れているように錯覚する。
 目を閉じ、はあ、とあの時は堪えた息を吐いて、カイは陰茎を擦った。手で生む快感よりも記憶が熱を呼ぶ。
 ――ちょっと、まだ……
 請う、急かす、懇願めいた声が降るのに背筋が震えた。今また、思い出して身震いする。
 根を剥がすとき大きく揺れた体に、見遣った先では淡緑色の瞳が潤んでいる。見慣れたはずの男の顔。そんな目では、今日までは一度も見たことがなかった。
 だが今日は確かにそういう目で見た。
 花に触れるのではなく彼に触れたいと思った瞬間がある。初めての感情だった。
 そう、ただ興奮したのではなくて、そういう思いがあったのだ。カイはセヴランに欲情した。彼は同性をそう意識したことはなかったが、故に今日、あの家で、セヴランと入れ違いに処理するようなことは一層躊躇われた。
 これがバレるわけにはいかなかった。
「ぅ――」
 掌に吐精して、大きく息を吐く。熱が散っていく中、くらりと来る意識で思う。
 ――男で抜いた……。
 それもセヴランで。――後悔が押し寄せてきた。やってしまった、と思う。取り返しがつかない。
 媚薬の効果か、その雰囲気にあてられた気の迷いだと、カイは祈るように考えた。セヴランとはこれからも会わねばならないのだから、そうでないと困る。
 ――そうでないと、どうしたらいい。
 後ろめたくて、困り果て。彼は始末まで暫らく天井を仰いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

処理中です...