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第1話 美少女アンドロイド購入のために貯金

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 僕はY字路に立っている。
 右へ行けば、その先には細波さざなみガーネットが待っている。この上なく美しい外見を持った女性型アンドロイドだ。
 左側の道では、本田茜ほんだあかね夏川なつかわカレンが微笑んでいる。どちらも可愛い人間の女の子だ。
 僕はどちらに進むこともできる。
 ふたつの選択肢を持っている。
 ただし、両方の道に行くことはできない。
 これから語るのは、僕が体験したY字路についての物語だ。

 僕の名前は波野数多なみのあまた
 河城市役所に勤める28歳の男だ。
 特徴は平凡な容姿。真面目でそれなりに仕事はこなせるが、コミュニケーション能力にやや難がある。内気で異性と話すのは苦手。ビジネスで話すのならふつうにできるが、プライベートでとなるとからきしだめだ。そもそも僕は雑談が得意ではない。趣味は深夜アニメ視聴で、女の子と話すのに適した話題を持っていない。
 モテない。人生ずっとモテなかった。学生時代にも就職してからも女性と付き合ったことがない。平凡な容貌で中肉中背、女の子にこちらから話しかけることをしない男がモテるわけがない。恥ずかしい話だが、この年齢で童貞だ。風俗に行く勇気すらないのである。
 でもいいんだ。僕はお金を貯めている。高性能AIを搭載した美少女アンドロイドを購入するつもりだ。その子を恋人にして生きていく。

 河城市に就職して、最初に配属された課は都市計画管理課だ。
 都市計画部の筆頭課で、部内の様々な事務のとりまとめを行う。いわゆる部庶務を担当する課だ。
 僕は部の契約関係事務を担当し、多くの入札や見積合わせを行い、契約書や仕様書を作成した。多数の業者と連絡を取り合うのも仕事のうちだ。忙しく、残業も多かった。
 月給やボーナスはできるだけ貯金した。
 買いたいものがあったからだ。
 美少女アンドロイド。
 高価な品だ。最低でも1千万円はする。
 それなりに高性能なものを買いたかった。
 貯金の目標額は2千万円。貯まったら、全額をアンドロイドの購入に充てるつもりだった。
  
 僕は築25年のボロいアパートでひとり暮らしをしている。
 錆びた外階段を上がってすぐの201号室が住処。
 賃貸料は月額6万円。住居手当を2万円もらっているから、実質的な支出は4万円だ。
 公務員の福利厚生は手厚い。住居手当はかなり助かる。
 僕は節約生活をして、食費、光熱水費などを切り詰め、お金を貯めに貯めた。
 都市計画管理課には3年間いた。
 900万円貯めた。時間外勤務手当をたくさんもらったので、それだけの貯金ができた。
 毎月平均40時間ほど残業していた。
 地方公務員が暇だなんて、過去の幻想だ。いまは市役所もリストラが進み、少ない人数で逓増する業務をこなしている。市の祭りや大会など様々な行事に駆り出され、土日出勤もけっこう多い。
 市役所業務は意外と激務なのである。

 就職して4年目の4月1日に人事異動があった。次に配属されたのは管財課だった。
 管財課には管財係、庁舎公用車管理係があり、僕は管財係に席を与えられた。
 管財係は市の財産管理を担当する係で、市有財産台帳の作成、市有地の境界立会、市有地の売却、市営店舗・駐車場の運営、市有建物の火災保険、課の庶務などが業務だった。
 係員は課長補佐兼係長を含めて5人。
 本当は6人が定員なのだが、ひとり精神的な病気で休職しているため、実質5人なのである。
 人口約40万人の河城市の財産を5人で管理するのだ。都市計画管理課以上に激務だった。
 残業は月平均50時間程度に増加した。
 仕事ははっきり言ってきつく、つらかった。
 しかし、僕には美少女アンドロイド購入という目的がある。耐えて仕事をした。
 月給は少しずつ上がっている。
 節約は徹底的にし、継続して行った。旅行にはまったく行かなかったし、服装にもできるだけお金をかけなかった。おしゃれを排除しているから、ますますモテない。かまわなかった。人間の恋人なんていらない。
 ときどきある係員の飲み会には行ったが、課長補佐や先輩職員がお金を多く出してくれるので、助かっていた。
 同期との飲み会も出席した。ある程度の交際費は仕方がない。
 その他の遊びは我慢した。小説や漫画が好きだったが、本もできるだけ購入を控えた。深夜アニメを録画し、視聴するのが唯一の趣味だった。
 公務員生活5年目を終えたとき、僕は貯蓄2千万円を手にしていた。
「美少女アンドロイドを買うぞ!」
 僕はアパートの部屋の中で叫んだ。
 28歳の男の絶叫。
 アパートの壁は薄く、隣の部屋に聞こえていたと思う。
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