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ヨイチとみらい

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「文芸部の活動日は毎週水曜日だ。この部室に集まってくれ。鍵は職員室から借りてくること。小川先生でなくても、頼めば貸してくれる。もちろん帰るときには鍵を返却する。活動内容は特に決めていない。たまにミーティングをするが、基本的には自由にしていればいい。本を読んでもいいし、おしゃべりをしてもいいし、小説を書いてもいい。飲み食いも好きにしていい。自分は缶コーヒーが好きだ。ここに常備してある。室温でよければ、あげるよ」
 友永は1年生5人に微糖の缶コーヒーを渡した。みんながお礼を言った。
「あざーす! おれは淀川与一っす! カタカナでヨイチって呼んでください!」
「わかったよ、ヨイチ」
「やっぱり天国だ!」
 みらいは部室の本棚を物色し始めた。
「『地球の長い午後』だ! 読んでみたいと思っていたの!」
 彼女はブライアン・オールディスのヒューゴー賞受賞作品を手に取った。
「なあ、未来人、トルストイの『闇あるうち闇の中を歩め』を読んだことはあるか?」
「ヨイチくん、トルストイを読むの? わたしはロシア文学はちょっと苦手意識があって、読んでないや」
「小生、『光あるうち光の中を歩め』は読んだ。『闇あるうち闇の中を歩め』などというトルストイ作品は存在していない」
「小島、これは純粋な未来人をおちょくって楽しむ遊びだ。邪魔をするな」
「ヨイチ、きみは小生からきこりを奪った。高瀬さんまでほしいのか?」
「ほしいね」
 樹子がヨイチを強く睨んだ。
 良彦は缶コーヒーを飲みながら、楽しそうにみんなを眺めていた。
「未来人、カフカの『城』は最高におしゃれな結末をしていると思わないか?」
「『変身』は読んだけれど、『城』は未読なんだ」
「『城』は未完の小説だ。結末などない」
「小島、邪魔をするなと言ったはずだ」
 みらいは花のように笑った。
「ヨイチくん、わたし、下手なジョークは大好きだよ!」
「下手なジョークだと……?」
 ヨイチはガーンとショックを受けた。
「あはははは!」
 樹子が大笑いした。
「未来人、『ライ麦畑で逮捕して』は好きか?」
「『ライ麦畑でつかまえて』なら大好き! じゃあヨイチくん、『日本沈没第2部』は好き?」
「まだ読んでいない」
「ブー! 小松左京は第2部を構想しているらしいけれど、まだ執筆していません」
「未来人におちょくり返しができるとは……! では、筒井康隆の『七瀬みたび』は読んだか?」
「SFはわたしの得意文野だよ。七瀬3部作の3冊目は『エディプスの恋人』だよ! 2冊目の『七瀬ふたたび』の方が面白いよ!」
「日本SFの最高傑作はなんだと思う?」
「小松左京の『果てしなき流れの果てに』かなあ?』
「星新一の『ボッコちゃん』だろう?」
「長編小説とショートショート集は比較できないよ。優劣はつけられない。長編では何?」
「筒井康隆の『大いなる助走』だな」
「『大いなる助走』は確かに面白いけれど、SFかどうかは微妙だね」
「未来人、ロシア文学を読め! ドストエフスキーの『罪と死刑』は必読書だ」
「『罪と罰』なら読んだよ! ラスコーリニコフは最高に感情移入できるロシア人キャラクターだと思う!」
「お、高瀬みらい、わかってるじゃん!」
 ヨイチはにっと笑った。
 みらいは花のように笑った。
 ふたりは凄くお似合いだ、と思って樹子は呆然とした。
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