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水曜日は文芸部で!

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 水曜日は文芸部の活動日だ。
「部室へ行こう!」
 みらいはウキウキと樹子を誘った。
「自動販売機でコーラを買ってからね。今日もペプシよ」
「おれも行くぜ。ドクターペッパーを買う」
「僕はホットコーヒーを買おうかな」
「わたしはココア!」
 それぞれの好みの飲み物を買い、4人は文芸部室へ行った。
 友永と小島はすでにいた。部長は缶コーヒーを飲み、小島は紙コップのお茶を飲んでいた。
 樹子たちはパイプ椅子に座った。
「部長、質問していいですか?」とみらいが言った。
「いいとも」
「部誌用の作品は、どのくらいのボリュームを書けばよいのでしょうか?」
「400字詰原稿用紙で4枚以上、30枚以下で書いてほしい」
「30枚以下なら、ショートショートを複数書いてもいいですか?」
「かまわないよ」
「じゃあ、わたし、掌編をいくつか書こうっと」
 みらいは花のように笑った。
「僕は4枚だけでいいや」
「おれは30枚の大作を書くぜ」
「原稿用紙30枚は短編よ。大作とは言わない」
「小生は詩を書くつもりだ」
 文芸部はにぎやかだった。
「原稿用紙はここにある。好きに使っていいよ」
 友永が本棚の一角を指さした。
 みらいは早速、原稿用紙を取って机に置き、鉛筆で原稿を書き始めた。
『神の攻撃』と彼女はタイトルを書いた。
「もう書くの? アイデアはあるの?」
「うん。朝起きたら、アイデアが浮かんでいたんだ。通学中にプロットをまとめたの。頭から消えてしまわないうちに書かなくちゃ」
 みらいはさらさらと鉛筆を走らせ、樹子はそのようすを見つめた。みらいの筆は止まることなく動きつづけ、1時間後には原稿用紙5枚の掌編が出来上がっていた。
 みらいは読み返し、少しばかり推敲をした。消しゴムは使わず、二重線で見え消しにし、行間に訂正した文章を書いた。
「読ませて」
「いいよ!」
 樹子は『神の攻撃』を読んだ。
「わたしの前歯にズキンと鋭い痛みが走りました。神からの攻撃です。わたしは人の形をした悪魔です。常に神の攻撃にさらされています」という始まり方だった。
 凄い書き出しだ、と樹子は思った。
 面白い文章が随所にあった。
「炭酸の林檎ジュースを飲んでいましたが、耐えがたい歯痛のせいで、これ以上飲むのは不可能です」
「先日、初体験を迎えようとしていたとき、あそこに死ぬほどの痛みが走り、拒否して以来、彼は冷たいのです」
「神め。この世界には神も仏もいないのか」
「わたしには『地球人の男性を瞬時にすべて消せる能力』があるとのことです」
「神はわたしを殺すことはできないみたいです。痛みを感じさせる攻撃しかできないのです。苦痛集中攻撃を受け、わたしは悶絶寸前……」
「『ちきゅうじんのおとこほろべ』とわたしが言えば、地球の男は滅亡します。能力発動の代償として、わたしも死にますが、この痛みから逃れられるのなら、死はむしろ歓迎です。だけど、わたしは男の人が好きなのです。惚れっぽくて、すぐに恋に落ちてしまうの。男の子、大好き! 滅ぼしたくなんてない」
「男がいなくなれば、生殖できなくなり、人類は早晩滅亡します。わたしの美貌に嫉妬して、さまざまな嫌がらせをしてきた女たちなんか、絶望させてやりたい。人類、滅ぼしてやろうかな? でも男が愛おしい……。その葛藤を抱え、痛みと戦いながら、わたしは林檎ジュースが入ったコップを見つめていました」
 樹子は読み終わり、呆然とした。
「面白いわ……」
「本当? 嬉しい!」
「未来人、あなた、才能あるわよ」
「才能なんてないよ。星新一のショートショートが大好きで、その真似をしているだけだよ」
「真似の域を超えているわ。この作品にはあなたのオリジナリティがあふれている」
「照れるなあ。樹子、おだてても何も出ないよ」
「作詞して!」
 樹子はみらいの黒目がちな目を真剣に見つめた。
「え?」
「あなたをバンド若草物語の作詞担当にするわ。未来人にならできる!」
 樹子はまっさらの原稿用紙を1枚、みらいに突き出した。
「さあ、書いて。書けるでしょう?」
 みらいは原稿用紙を受け取り、机に置いて見つめた。
「作詞?」
 彼女は首を傾げた。
「歌詞をつくれってことだよね?」
「そうよ。あなたが歌う詞よ」
「わたしが歌うの?」
「あたりまえでしょう、あなたは若草物語のヴォーカルなんだから」
 みらいは鉛筆を持ったまま、固まった。
「作詞はむずかしいと思うよ。小生は詩を書くけれど、簡単に書けるものじゃない。心の底の想いを汲みださなければ書けない」
「未来人は普通じゃない発想力を持っているわ。普通じゃない歌詞を書けるはず!」
 みらいはまだ原稿用紙を見つめたまま固まっていた。懸命に何かを考えているようすが見て取れる。額に汗がにじんでいた。
「書け、未来人! おまえが歌詞を書いたら、おれが作曲してやる」とヨイチが言った。
 良彦はホットコーヒーをゆっくりと飲みながら、みらい、樹子、ヨイチを眺めていた。
 友永は我関せずとばかりに、村上龍の『コインロッカーベイビーズ』を読んでいた。
 みらいの持つ鉛筆が動き始めた。
「誕生のドラマは神聖にして美しい。世界が変わる」と彼女は書いた。
 それは後にバンド若草物語の代表曲のひとつと言われることになる楽曲『We love 両生類』の歌詞の始まりだった。
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