21 / 29
東洋のヴィーナス
しおりを挟む
ミケランジェロ広場を下って、アルノ河畔に出た。
ヴェッキオ橋を眺めた。
橋の上に3階建てのショッピングセンターがある。第二次世界大戦でも破壊されなかったフィレンツェ最古の橋。
イスタンブールのガラタ橋ほど大きくはないが、個性的な橋という点では劣っていない。
橋を眺めているわたしを見つめている少年がいるのに気づいた。
そちらを見ると、彼はビクッと身体を震わせた。
10代半ばくらいに見える繊細そうな面立ちをした少年だ。
しばらく見つめ合う形になった。わたしは目を逸らし、再びヴェッキオ橋を眺めた。
少年がおずおずとわたしに近づいてきた。
「美しいお嬢さん。艶やかな黒髪、神秘的な黒い瞳の異国のお嬢さん、どちらから来られたのですか?」
「ジャパン……」とそっけなく答えた。
「ジャパン。知らない国です」
日本を知らないのか。日独伊三国同盟を結んだ国だというのに、と思ったが、すぐにわたしは少年が過去の人だと気づいた。明らかに現代のものではない青いチュニックを着ている。
「僕は絵を学んでいるサンドロという者です」
「はあ……」
「あなたのように美しい女性を見たことがありません。モデルになっていただけませんか?」
少年は頬を赤くし、熱っぽい瞳でわたしを見つめていた。
「えっ!?」
わたしは動揺した。
わたしの顔はそこそこ整っている方ではあるが、ひとめ惚れされたり、そんなに熱く賛美されるほどではない。
学校で言えば、クラスで2番目とか3番目の女の子といったところだ。
男の子から言い寄られたのは、高校1年生のとき以来。
よく見ると、サンドロは金髪で可愛らしい顔をしていた。
少し太っているのが玉に瑕だが、気になるほどではない。
きみが過去の人でなければ、付き合ってあげてもよかったのだが……。
「ごめんね。わたしは旅をしているので、モデルになってあげられるほどの時間はないの」
「そうですか。とても残念です。この世のものとは思われないほど美しいあなたを見て、創作意欲がかつてないほど高まったのに……」
この世のものとは思われないほど美しい……。
こんなに賞賛されたのは初めてだ。
イタリア人は噂どおり情熱的なのだろうか。
わたしが極東の島国から来たオリエンタルな女だから、物珍しいのだろうか。
それともこの少年の好みにストライクなのだろうか。
「しかたありません。それではあなたの姿を頭に焼き付けますので、少しだけ見つめるご無礼をお許し願えないでしょうか」
礼儀正しい少年だ。
さっきからずっと見つめているじゃないか、というツッコミは封印して、わたしはこくんとうなずいた。
見つめるという意味がちがっていた。
さっきまでは恋する少年のような熱っぽい視線だったのだが、クールな画家の目に変わり、わたしは隅々まで観察された。
周囲をぐるりと回って見られた。
髪の毛1本1本の流れを把握されるほど凝視された。昨日シャンプーをしていないのが、すごく気になった。
顔をまじまじと正面から間近で見られ、「やはり美しい……」と言われたときには、背筋がぞくぞくした。
1時間くらい観察されていた。
少しも長いとは感じなかった。
わたしへの賛美にあふれた甘美な時間だった。
「ありがとうございました。あなたの絵を描きたいです。ご了承いただけますか?」
「はい……」
わたしはうっとりしていた。
少年は一礼して去っていった。
翌日、ウッフィツィ美術館へ行った。
「東洋のヴィーナス」という絵の前でわたしは足を止めた。まちがいなくわたしをモデルにした絵だった。
サンドロ・ボッティチェッリ、1476年頃、テンペラ、板。
ヴェッキオ橋を眺めた。
橋の上に3階建てのショッピングセンターがある。第二次世界大戦でも破壊されなかったフィレンツェ最古の橋。
イスタンブールのガラタ橋ほど大きくはないが、個性的な橋という点では劣っていない。
橋を眺めているわたしを見つめている少年がいるのに気づいた。
そちらを見ると、彼はビクッと身体を震わせた。
10代半ばくらいに見える繊細そうな面立ちをした少年だ。
しばらく見つめ合う形になった。わたしは目を逸らし、再びヴェッキオ橋を眺めた。
少年がおずおずとわたしに近づいてきた。
「美しいお嬢さん。艶やかな黒髪、神秘的な黒い瞳の異国のお嬢さん、どちらから来られたのですか?」
「ジャパン……」とそっけなく答えた。
「ジャパン。知らない国です」
日本を知らないのか。日独伊三国同盟を結んだ国だというのに、と思ったが、すぐにわたしは少年が過去の人だと気づいた。明らかに現代のものではない青いチュニックを着ている。
「僕は絵を学んでいるサンドロという者です」
「はあ……」
「あなたのように美しい女性を見たことがありません。モデルになっていただけませんか?」
少年は頬を赤くし、熱っぽい瞳でわたしを見つめていた。
「えっ!?」
わたしは動揺した。
わたしの顔はそこそこ整っている方ではあるが、ひとめ惚れされたり、そんなに熱く賛美されるほどではない。
学校で言えば、クラスで2番目とか3番目の女の子といったところだ。
男の子から言い寄られたのは、高校1年生のとき以来。
よく見ると、サンドロは金髪で可愛らしい顔をしていた。
少し太っているのが玉に瑕だが、気になるほどではない。
きみが過去の人でなければ、付き合ってあげてもよかったのだが……。
「ごめんね。わたしは旅をしているので、モデルになってあげられるほどの時間はないの」
「そうですか。とても残念です。この世のものとは思われないほど美しいあなたを見て、創作意欲がかつてないほど高まったのに……」
この世のものとは思われないほど美しい……。
こんなに賞賛されたのは初めてだ。
イタリア人は噂どおり情熱的なのだろうか。
わたしが極東の島国から来たオリエンタルな女だから、物珍しいのだろうか。
それともこの少年の好みにストライクなのだろうか。
「しかたありません。それではあなたの姿を頭に焼き付けますので、少しだけ見つめるご無礼をお許し願えないでしょうか」
礼儀正しい少年だ。
さっきからずっと見つめているじゃないか、というツッコミは封印して、わたしはこくんとうなずいた。
見つめるという意味がちがっていた。
さっきまでは恋する少年のような熱っぽい視線だったのだが、クールな画家の目に変わり、わたしは隅々まで観察された。
周囲をぐるりと回って見られた。
髪の毛1本1本の流れを把握されるほど凝視された。昨日シャンプーをしていないのが、すごく気になった。
顔をまじまじと正面から間近で見られ、「やはり美しい……」と言われたときには、背筋がぞくぞくした。
1時間くらい観察されていた。
少しも長いとは感じなかった。
わたしへの賛美にあふれた甘美な時間だった。
「ありがとうございました。あなたの絵を描きたいです。ご了承いただけますか?」
「はい……」
わたしはうっとりしていた。
少年は一礼して去っていった。
翌日、ウッフィツィ美術館へ行った。
「東洋のヴィーナス」という絵の前でわたしは足を止めた。まちがいなくわたしをモデルにした絵だった。
サンドロ・ボッティチェッリ、1476年頃、テンペラ、板。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
会社員の青年と清掃員の老婆の超越した愛
MisakiNonagase
恋愛
二十六歳のレンが働くオフィスビルには、清掃員として七十歳のカズコも従事している。カズコは愛嬌のある笑顔と真面目な仕事ぶりで誰からも好かれていた。ある日の仕事帰りにレンがよく行く立ち飲み屋に入ると、カズコもいた。清掃員の青い作業服姿しか見たことのなかったレンは、ごく普通の装いだったがカズコの姿が輝いて見えた。それから少しづつ話すようになり、二人は年の差を越えて恋を育んでいくストーリーです。不倫は情事かもしれないが、この二人には情状という言葉がふさわしい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様を書いたストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる