ホモルクスとホモサピエンスの興亡

みらいつりびと

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全人類が注目しているカップル

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 高校二年生になり、文芸部に三人の新入生が入ってきた。そのうち一人がホモルクスだった。久慈悟くんという名前で、痩せていて私と同じように食の細い子だった。光司みたいなホモルクスはやはり例外的なのだ。久慈くんはあまり活動的ではなく、静かに本を読みながら日光浴しているのが好きだった。私と同じだ。天気のいい日、私と凪ちゃんと久慈くんは、よく学校の屋上で読書をして過ごした。
 高二の秋、私と久慈くんはあるカップルに注目していた。私たちだけでなく、世界中のホモルクス、いや全人類が注目しているカップルだった。それは欧州の小国の夫婦で、二人とも二十代で、第一世代と呼ばれる最初期のホモルクスだった。その妻は妊娠していて、出産間近だった。胎児は遺伝子操作されていなかったが、葉緑体を持つ細胞は遺伝すると予想されていた。それが証明されるときが近づいていた。そしてイエローグリーンの皮膚を持つ赤ちゃんが生まれた。ホモルクスのペアの子どもはホモルクスになるのだ。
 久慈くんは私と凪ちゃんに語った。
「いずれはホモサピエンスはいなくなって、ホモルクスの時代が来ますよ」
「そうかもね」
 人工的な遺伝子操作をされることなく、自然に生まれたホモルクスの赤ちゃんの映像を見て、私は興奮していた。
「きっと今よりいい時代になります。平和的で穏やかな時代に」
「そうだといいね」
 私は久慈くんの言葉に相槌を打ったけれど、凪ちゃんは黙っていた。ホモサピエンスとして、どうコメントすればいいのかわからなかったのかもしれない。久慈くんも私も、暗にホモサピエンスの時代をよくなくて、非平和的で不穏だと言っているようなものだったから。
 実際、世界はあまり穏やかではなかった。西アジア戦争は終わったけれど、世界の原油価格と穀物価格は高止まりしていた。小さな紛争が各地で起こっていた。日本経済は疲弊し、政府は食料自給率を高める政策を実施していた。
 ホモルクスの赤ちゃんは増加していた。ホモルクスは食料をあまり必要とせず、非活動的で物欲の少ない個性の持ち主が多く、一般的には養育費が少なくて済む。中流・下流の家庭では、妊娠時に多少の金額がかかっても、ホモルクス化遺伝子操作を望む夫婦が多かった。上流階級でも進歩的な思想を持つ夫婦は子どもをホモルクスにした。
 黄緑の皮膚を嫌い、ホモサピエンスの子どもを生む保守的な人々も少なくはなかった。世界的には、ホモサピエンスとホモルクスの新生児は五分五分というところで、拮抗していた。
 高二の冬、凪ちゃんが「人類の黄昏」という未来小説を書いた。人類の遠い未来を描いた作品で、ホモサピエンスは滅び、ホモルクスだけが生き残っていた。そのホモルクスも衰退しつつあった。ホモルクスは逆産業革命を起こし、重工業から撤退していた。光合成をして、ほんの少しの食物を摂り、文明を中世程度まで退化させて暮らしていた。世界中で野生動物が増えていたが、ホモルクスは殺生を好まなかった。虎や熊や鹿や猪が跋扈し、世界は少しずつ人類のものではなくなっていくという話だった。主人公は光合成をするばかりで、世の中の成り行きを受け入れ、いずれホモルクスだって滅びてもいいと考えていた。静謐で、物悲しい小説だった。
 私も久慈くんもそれを読んだ。
「本当にこんな未来が来るのかな」
「あり得ると思いますよ。人類なんて地球にとっては、廃棄物を生産するだけの癌みたいなものですし、こんな未来もいいんじゃないですか」
「久慈くんはニヒリストだね」
 私は凪ちゃんに許可をもらって、光司にも「人類の黄昏」を読ませた。
「ちょっと悲観的すぎるんじゃないか」
「動物が増え過ぎたら、光司はどうするの」
「ふつうに殺せばいいと思うけど」
「私には殺せない。怖いし、かわいそうだから」
「おれは殺せるよ。熊が人間を襲ってきたら、戦うしかないだろ」
 光司は楽観的だったので、私は安心した。
 世界は少しずつホモルクスのものになっていくのだろうか。
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