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きみと僕と変身生物
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「僕は人間なのかな。自分でもよくわからなくなってきた」
教室でお弁当を食べながら、僕は言う。
本を読んで知ったのだが、2世代め以降の変身生物は、自分を人間だと思い込んでいることがあるらしい。
「あはははは。それは困った。時根は人間じゃないかもしれないんだね」
向かい合ってお弁当を食べているきみは、豪快に笑う。
女の子なのに、声が大きすぎる。教室中に響き渡っている。
抜群に可愛い子の笑い声は、みんなの注目を集める。
ぎょっとして、クラスメイトたちがきみを見つめる。
僕はきみとの会話をつづける。
「きみは自分が人間だという確信はあるか?」
「さあどうだろう」
きみは曖昧に笑う。今度は声を立てずに、アルカイックスマイルを浮かべる。
「ワタシが変身生物だとしたら、時根はどうする?」
変身生物は人間に化けて、この世界に紛れ込んでいる。
「変身生物は世界の敵だ。断固として殺さなければならない、と世界史の境川先生は言っている」
「境川先生は駆除派だよね」
「政府の公式見解も似たようなものだよ。日本国憲法は人間にのみ適応される。変身生物に人権はない。つまりは殺しても、せいぜい器物破損程度の罪にしかならない」
きみは僕にデコピンをする。手かげんなしで、けっこう痛い。
「政府や学校の見解を聞きたいわけじゃない。もう一度訊くよ。ワタシが変身生物だったら、時根はどうするの?」
「どうもしないよ」
僕はきみの青みがかった瞳を見つめながら答える。
「空尾凜奈は親友だ。たとえ世界の敵であったとしても、僕の態度は変わらない。これまでと同じようにつきあいつづける。それに関しては誓ってもいい」
「うふっ」
含み笑いをして、きみは照れたように頬を赤くする。
「もしワタシが追われる立場になったとしたら?」
「きみを守るよ」
僕は即答する。15年間兄妹のように親しくしてきたきみを見捨てる男なら、僕に生きる資格はない。本気でそう思っている。
「そうなったら、一緒に世界の果てまで逃走しよう」
きみは耳まで赤くなる。隣の席の女子が目を丸くして、僕を見る。この男こんなところで女をくどいてる。正気かよ、とでも言いたげな表情だ。
しまった。教室内でなにを言っているんだ、僕は。
「時根が人間じゃなかったとしても、ワタシもキミを守るよ」
真顔できみがそんなことを言ってくれる。僕の心はあたたかくなる。
僕の弁当箱の中には、白米と鶏肉の煮物、卵焼き、ミニトマト、茹でたブロッコリーが入っている。母さんがつくってくれたものだ。
母さんの味付けは全体的に甘い傾向があるが、卵焼きは特に甘い。
僕はその卵焼きを口に入れる。お菓子のように甘々で、ちょっと胸焼けがする。鶏の煮物もかなりの甘口。おふくろの味が、僕はあまり好きではない。
きみは僕の弁当箱にあとひとつ残っている卵焼きをじっと見つめる。
「その卵焼きをくれないか? おばさんの卵焼きはすごく美味しい」
「このケーキのように甘い卵焼きが欲しいのか?」
「欲しい。ワタシは大の甘党なんだ。そんなことはとっくに承知しているだろう?」
僕はうなずく。きみが砂糖中毒であることを、僕はずっと前から知っている。きみは昔もいまも、お祭りの屋台で必ず綿菓子を買う。りんご飴も欲しがるし、かき氷にはたっぷりとシロップをかけるようリクエストする。
こんな甘すぎる卵焼きはあげてもいい。だが、きみの弁当箱に入っているウインナーが僕の目を惹く。
「きみのウインナーと交換でもいいか?」
「交換に応じる」
僕がきみの弁当箱に卵焼きを載せようとすると、きみは首を振って、口を大きく開ける。
「あーん」
「恥ずかしいからやめろ」
しぶしぶといった感じできみは口を閉じる。
僕はきみの小さめの弁当箱の上に卵焼きを置く。
でもそれだけでは終わらなくて、きみはタコの形をしたウインナーを箸でつまみ、僕の口の前に運んだ。
「あーん」とまた言う。
「やめてくれ」と抵抗したが、きみは躊躇なくウインナーを僕の口に押しつけた。しかたなく、僕は口を開けてかじる。
「うわー、空尾さんと時根くん仲いいなー」
「あのふたり、あれでつきあってないって嘘でしょう?」
女子たちの囁きが聞こえる。
僕は顔を顰め、きみはいたずらっぽく笑う。
「ワタシたち、噂されてるね」
「僕はすでにきみに振られてるんだが」
中学2年生のとき、僕は愛の告白をし、きみはなにも言わずに逃走した。忘れたくても忘れられない悲しい思い出だ。
「そうだっけ?」
きみは小悪魔っぽく笑う。
もしかしたら、僕は振られてはいないのかもしれない。断られたわけではなく、逃げられただけなのだから。それはかなりタチの悪いキープなのかもしれない。だとしても、僕はきみから離れられない。いまでもきみが好きなのだ。きみも僕を避けてはいないから、友達としてつきあっている。
僕たちは気が合う。
恋人ではないが、親友。家は隣合っていて、登下校はいつも一緒だ。休日には野球をしたり、山や川に出かけたりして遊ぶ。
きみが小悪魔のような女で、もしかしたら変身生物なのだとしても、僕はきみの隣にいたい。
変身生物がいつごろから人類の世界への侵略を始めたのか、よくわかっていない。
諸説ある。第一次世界大戦の前からすでに人間になりすましていたという学者がいる。証拠が残っているのは第二次世界大戦後だという研究者もいる。
とにかく21世紀の現在、変身生物は巧妙に人間社会に潜り込んでいて、誰が人間で誰が変身生物なのか見分けがつかなくなっている。
変身生物は皮膚も骨も内臓も完璧に人間に化ける。医者が身体検査をしても区別できない。
脳も人間そのものだ。意識すら人間と変わらないと主張する精神科医もいる。その人は、変身生物自身にも自分が人間なのか変身生物なのかわかっていないという著作を書いている。それを読んで、僕は自分が人間なのか確信が持てなくなった。
放課後、きみと僕は野球部のグラウンドでキャッチボールをする。
きみは女の子なのに、風を切る快速球を投げる。
女の子なのに、というのは語弊があるかな。
近年、野球界への女性の進出はめざましい。甲子園球場で活躍する女子高生は少なくないし、女のプロ野球選手もめずらしくなくなった。
いまや多くの高校の野球部が男女混合チームだ。
きゅんと伸びる速球が、僕のミットをパンッと鳴らす。
「調子良いね」
「まだまだだよ」
僕はきみより遅いスピードでボールを投げ返す。
きみはさらに球速を上げて、プロ野球のピッチャーかと思うようなストレートを放る。
きみは投手で、僕は捕手だ。
一緒に甲子園へ行こうと誓い合っている。
でもうちの高校には野球部員がふたりしかいない。
きみと僕のふたりだけだ。
教室でお弁当を食べながら、僕は言う。
本を読んで知ったのだが、2世代め以降の変身生物は、自分を人間だと思い込んでいることがあるらしい。
「あはははは。それは困った。時根は人間じゃないかもしれないんだね」
向かい合ってお弁当を食べているきみは、豪快に笑う。
女の子なのに、声が大きすぎる。教室中に響き渡っている。
抜群に可愛い子の笑い声は、みんなの注目を集める。
ぎょっとして、クラスメイトたちがきみを見つめる。
僕はきみとの会話をつづける。
「きみは自分が人間だという確信はあるか?」
「さあどうだろう」
きみは曖昧に笑う。今度は声を立てずに、アルカイックスマイルを浮かべる。
「ワタシが変身生物だとしたら、時根はどうする?」
変身生物は人間に化けて、この世界に紛れ込んでいる。
「変身生物は世界の敵だ。断固として殺さなければならない、と世界史の境川先生は言っている」
「境川先生は駆除派だよね」
「政府の公式見解も似たようなものだよ。日本国憲法は人間にのみ適応される。変身生物に人権はない。つまりは殺しても、せいぜい器物破損程度の罪にしかならない」
きみは僕にデコピンをする。手かげんなしで、けっこう痛い。
「政府や学校の見解を聞きたいわけじゃない。もう一度訊くよ。ワタシが変身生物だったら、時根はどうするの?」
「どうもしないよ」
僕はきみの青みがかった瞳を見つめながら答える。
「空尾凜奈は親友だ。たとえ世界の敵であったとしても、僕の態度は変わらない。これまでと同じようにつきあいつづける。それに関しては誓ってもいい」
「うふっ」
含み笑いをして、きみは照れたように頬を赤くする。
「もしワタシが追われる立場になったとしたら?」
「きみを守るよ」
僕は即答する。15年間兄妹のように親しくしてきたきみを見捨てる男なら、僕に生きる資格はない。本気でそう思っている。
「そうなったら、一緒に世界の果てまで逃走しよう」
きみは耳まで赤くなる。隣の席の女子が目を丸くして、僕を見る。この男こんなところで女をくどいてる。正気かよ、とでも言いたげな表情だ。
しまった。教室内でなにを言っているんだ、僕は。
「時根が人間じゃなかったとしても、ワタシもキミを守るよ」
真顔できみがそんなことを言ってくれる。僕の心はあたたかくなる。
僕の弁当箱の中には、白米と鶏肉の煮物、卵焼き、ミニトマト、茹でたブロッコリーが入っている。母さんがつくってくれたものだ。
母さんの味付けは全体的に甘い傾向があるが、卵焼きは特に甘い。
僕はその卵焼きを口に入れる。お菓子のように甘々で、ちょっと胸焼けがする。鶏の煮物もかなりの甘口。おふくろの味が、僕はあまり好きではない。
きみは僕の弁当箱にあとひとつ残っている卵焼きをじっと見つめる。
「その卵焼きをくれないか? おばさんの卵焼きはすごく美味しい」
「このケーキのように甘い卵焼きが欲しいのか?」
「欲しい。ワタシは大の甘党なんだ。そんなことはとっくに承知しているだろう?」
僕はうなずく。きみが砂糖中毒であることを、僕はずっと前から知っている。きみは昔もいまも、お祭りの屋台で必ず綿菓子を買う。りんご飴も欲しがるし、かき氷にはたっぷりとシロップをかけるようリクエストする。
こんな甘すぎる卵焼きはあげてもいい。だが、きみの弁当箱に入っているウインナーが僕の目を惹く。
「きみのウインナーと交換でもいいか?」
「交換に応じる」
僕がきみの弁当箱に卵焼きを載せようとすると、きみは首を振って、口を大きく開ける。
「あーん」
「恥ずかしいからやめろ」
しぶしぶといった感じできみは口を閉じる。
僕はきみの小さめの弁当箱の上に卵焼きを置く。
でもそれだけでは終わらなくて、きみはタコの形をしたウインナーを箸でつまみ、僕の口の前に運んだ。
「あーん」とまた言う。
「やめてくれ」と抵抗したが、きみは躊躇なくウインナーを僕の口に押しつけた。しかたなく、僕は口を開けてかじる。
「うわー、空尾さんと時根くん仲いいなー」
「あのふたり、あれでつきあってないって嘘でしょう?」
女子たちの囁きが聞こえる。
僕は顔を顰め、きみはいたずらっぽく笑う。
「ワタシたち、噂されてるね」
「僕はすでにきみに振られてるんだが」
中学2年生のとき、僕は愛の告白をし、きみはなにも言わずに逃走した。忘れたくても忘れられない悲しい思い出だ。
「そうだっけ?」
きみは小悪魔っぽく笑う。
もしかしたら、僕は振られてはいないのかもしれない。断られたわけではなく、逃げられただけなのだから。それはかなりタチの悪いキープなのかもしれない。だとしても、僕はきみから離れられない。いまでもきみが好きなのだ。きみも僕を避けてはいないから、友達としてつきあっている。
僕たちは気が合う。
恋人ではないが、親友。家は隣合っていて、登下校はいつも一緒だ。休日には野球をしたり、山や川に出かけたりして遊ぶ。
きみが小悪魔のような女で、もしかしたら変身生物なのだとしても、僕はきみの隣にいたい。
変身生物がいつごろから人類の世界への侵略を始めたのか、よくわかっていない。
諸説ある。第一次世界大戦の前からすでに人間になりすましていたという学者がいる。証拠が残っているのは第二次世界大戦後だという研究者もいる。
とにかく21世紀の現在、変身生物は巧妙に人間社会に潜り込んでいて、誰が人間で誰が変身生物なのか見分けがつかなくなっている。
変身生物は皮膚も骨も内臓も完璧に人間に化ける。医者が身体検査をしても区別できない。
脳も人間そのものだ。意識すら人間と変わらないと主張する精神科医もいる。その人は、変身生物自身にも自分が人間なのか変身生物なのかわかっていないという著作を書いている。それを読んで、僕は自分が人間なのか確信が持てなくなった。
放課後、きみと僕は野球部のグラウンドでキャッチボールをする。
きみは女の子なのに、風を切る快速球を投げる。
女の子なのに、というのは語弊があるかな。
近年、野球界への女性の進出はめざましい。甲子園球場で活躍する女子高生は少なくないし、女のプロ野球選手もめずらしくなくなった。
いまや多くの高校の野球部が男女混合チームだ。
きゅんと伸びる速球が、僕のミットをパンッと鳴らす。
「調子良いね」
「まだまだだよ」
僕はきみより遅いスピードでボールを投げ返す。
きみはさらに球速を上げて、プロ野球のピッチャーかと思うようなストレートを放る。
きみは投手で、僕は捕手だ。
一緒に甲子園へ行こうと誓い合っている。
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