30 / 48
高浜2 勝算
しおりを挟む
怪我人が出なければ、本当に甲子園へ行けるんじゃないか、と思うようになってきた。
空尾と時根の能力はずば抜けている。
空尾はスプリットを完全にマスターし、低めにコントロールできるようになっている。
高速の球が打者の手前でクンと落ちる。
打席に立って確かめたが、一瞬ボールを見失う。消える魔球にも等しい。高校生に打てる球ではない。
ストレートだけでも打てそうにないのに、プロ顔負けのスプリットを会得した。
空尾はまちがいなく超一流のピッチャーだ。10年にひとりの逸材だ。
精神的に崩れず、スタミナさえ持てば、試合での完封が期待できる。
時根も怪物だ。
さして恵まれた体格を持っているわけではないのに、バットスイングが異様に速い。おそらく素晴らしく質の良い筋肉を持っているのだろう。
動体視力も良いにちがいない。
バットの芯で球をとらえる能力が並はずれて高い。時根が打ったボールは、約半数が外野の防球ネットまで届く。ホームラン。
空尾と時根がいれば、他の選手が平均以下でも勝てる。
少なくとも、地区予選くらいなら勝算は充分にある。
他の部員も順調に育っている。
外野を守らせることにした初心者たちはがんばりを見せ、イージーフライなら捕れるようになった。彼女たちに多くは期待していない。凡ミスをしなければ上等だ。空尾が崩れ、外野にガンガン打たれるようなら負け試合。そのときはあきらめるしかない。
志賀がバッティングセンスの良さを持っていたのは、嬉しい誤算だった。5月に入ってからバッティングマシン相手に快音を連発していたので、試しに空尾の本気のストレートを打たせてみたら、食らいついてフェアゾーンに弾き返した。驚くべき打力だ。パワーはないが、優れたアベレージヒッターになれる素質がある。
志賀には高い野球センスがあるのかもしれない。外野守備も毬藻や胡蝶より上手い。思わぬ拾い物をしたと言うしかない。
「おまえ、良いバッターになれるかもな」と誉めてやると、
「ほんまですか? めちゃくちゃ嬉しいです! がんばります!」と素直に喜んでいた。可愛いやつだ。
困っているのは1塁手。草壁の1塁守備はずさんだ。能力の問題ではない。やる気がない。正面に来た送球や打球は捕るが、ほとんどボールを追おうとしない。走らない。少しでも逸れた送球やちょっとむずかしい打球はエラーする。
明らかにだらけている。草壁には人間として大切ななにかが欠けているのかもしれない。以前は四股をかけ、野球部を全滅に追い込んだ。このまま放置したら、他の選手に悪影響が出そうだ。
「草壁、おまえは首だ!」と怒鳴った。
「あたしが辞めたら8人だよ。試合ができなくなるけど、いいんですか?」
「やる気がないやつを置いておくよりマシだ。部員なら探す」
「そうですか。じゃあ辞めます……」
草壁は暗い顔をして、グラウンドから去ろうとした。
「草壁先輩、待って! 野球を捨てていいんですか?」と時根が叫んだ。
足が止まる。草壁は時根に好意を持っている。それはなんとなくわかっていた。
「時根、あたしはマウンドで投げたいんだよ。投げられないのがつらいんだ」
「先輩は切り札です。空尾は優れたピッチャーですが、打たれるときも来る。そのとき相手チームを抑えられるのは、先輩しかいません」
「ワタシは打たれないよ」
「きみは黙ってて! きみだって万能というわけじゃない。草壁先輩、甲子園へ行くためには、あなたの力が必要なんです!」
「そうか……?」
「はい。辞めないでください!」
「わかった。先生、あたしにもう一度チャンスをください」
「練習態度を改めなければ、首だ。真面目にファーストを守れ」
「やりますよ! でもマウンドにも立たせてください」
「必要があればな。おまえは2番手だ。先発が崩れれば、登板させる」
「くそっ、くそっ、くそっ! もうそれでもいい! 完璧なリリーフになってやる!」
その後、草壁の態度は少しばかりマシになり、そこそこの1塁手になった。
2塁手の雨宮もほどほどの内野手だ。ずっと捕手をやっていたので、優れたセカンドというわけにはいかない。
雨宮を捕手にすることも考えたが、そうするとおそらく投手陣のモチベーションが下がる。空尾も草壁も時根が好きだ。雨宮には2塁を守ってもらうしかない。
バッティングは悪くない。
時根には遠く及ばないが、方舟と雨宮の打力は良い。ふたりとも3割バッターになれるかもしれない。それを上回る可能性を感じさせる打撃巧者が志賀。雨宮、方舟、志賀にクリーンナップを任せようかと考えている。
3塁手の能々はバランスの良い選手だ。足が速く、守備は無難にこなす。きらめくような打力はないが、選球眼が良く、バントも上手い。打順は2番が良さそうだ。
能々は投手を希望している。試しに投げさせてみたら、アンタースローで綺麗な投球をした。速さはないが、制球力がある。
「素質はあるかもな。だが、今年の夏には間に合わん。サードを守ってくれ」
「あのあの、秋からは投げさせてくださいね」
「考えておく」
青十字高の守備の要は、ショートの方舟だ。守備範囲が広く、ミスはきわめて少ない。
声もよく出している。「ナイスピッチング」「ドンマイ」「ナイスキャッチ」「惜しかったわよ!」などと叫ぶ。
方舟が野球部に戻ってくれて、本当に良かった。名目上の部長は空尾だが、実質的なキャプテンは方舟だ。少々口うるさいところがあるが、誠実でリーダーシップがあり、チームの精神的な支柱になっている。
このチームに勝算はある。たった9人しかいなくて、綱渡りのような勝算かもしれないが。
俺は思う。面白いやつらが集まってくれた。
部費を使って、全員のユニフォームをつくり、配った。
エースナンバー1番は空尾だ。
ファーストの背番号3を渡された草壁は、いつまでも恨めしそうに俺を睨んでいた。
空尾と時根の能力はずば抜けている。
空尾はスプリットを完全にマスターし、低めにコントロールできるようになっている。
高速の球が打者の手前でクンと落ちる。
打席に立って確かめたが、一瞬ボールを見失う。消える魔球にも等しい。高校生に打てる球ではない。
ストレートだけでも打てそうにないのに、プロ顔負けのスプリットを会得した。
空尾はまちがいなく超一流のピッチャーだ。10年にひとりの逸材だ。
精神的に崩れず、スタミナさえ持てば、試合での完封が期待できる。
時根も怪物だ。
さして恵まれた体格を持っているわけではないのに、バットスイングが異様に速い。おそらく素晴らしく質の良い筋肉を持っているのだろう。
動体視力も良いにちがいない。
バットの芯で球をとらえる能力が並はずれて高い。時根が打ったボールは、約半数が外野の防球ネットまで届く。ホームラン。
空尾と時根がいれば、他の選手が平均以下でも勝てる。
少なくとも、地区予選くらいなら勝算は充分にある。
他の部員も順調に育っている。
外野を守らせることにした初心者たちはがんばりを見せ、イージーフライなら捕れるようになった。彼女たちに多くは期待していない。凡ミスをしなければ上等だ。空尾が崩れ、外野にガンガン打たれるようなら負け試合。そのときはあきらめるしかない。
志賀がバッティングセンスの良さを持っていたのは、嬉しい誤算だった。5月に入ってからバッティングマシン相手に快音を連発していたので、試しに空尾の本気のストレートを打たせてみたら、食らいついてフェアゾーンに弾き返した。驚くべき打力だ。パワーはないが、優れたアベレージヒッターになれる素質がある。
志賀には高い野球センスがあるのかもしれない。外野守備も毬藻や胡蝶より上手い。思わぬ拾い物をしたと言うしかない。
「おまえ、良いバッターになれるかもな」と誉めてやると、
「ほんまですか? めちゃくちゃ嬉しいです! がんばります!」と素直に喜んでいた。可愛いやつだ。
困っているのは1塁手。草壁の1塁守備はずさんだ。能力の問題ではない。やる気がない。正面に来た送球や打球は捕るが、ほとんどボールを追おうとしない。走らない。少しでも逸れた送球やちょっとむずかしい打球はエラーする。
明らかにだらけている。草壁には人間として大切ななにかが欠けているのかもしれない。以前は四股をかけ、野球部を全滅に追い込んだ。このまま放置したら、他の選手に悪影響が出そうだ。
「草壁、おまえは首だ!」と怒鳴った。
「あたしが辞めたら8人だよ。試合ができなくなるけど、いいんですか?」
「やる気がないやつを置いておくよりマシだ。部員なら探す」
「そうですか。じゃあ辞めます……」
草壁は暗い顔をして、グラウンドから去ろうとした。
「草壁先輩、待って! 野球を捨てていいんですか?」と時根が叫んだ。
足が止まる。草壁は時根に好意を持っている。それはなんとなくわかっていた。
「時根、あたしはマウンドで投げたいんだよ。投げられないのがつらいんだ」
「先輩は切り札です。空尾は優れたピッチャーですが、打たれるときも来る。そのとき相手チームを抑えられるのは、先輩しかいません」
「ワタシは打たれないよ」
「きみは黙ってて! きみだって万能というわけじゃない。草壁先輩、甲子園へ行くためには、あなたの力が必要なんです!」
「そうか……?」
「はい。辞めないでください!」
「わかった。先生、あたしにもう一度チャンスをください」
「練習態度を改めなければ、首だ。真面目にファーストを守れ」
「やりますよ! でもマウンドにも立たせてください」
「必要があればな。おまえは2番手だ。先発が崩れれば、登板させる」
「くそっ、くそっ、くそっ! もうそれでもいい! 完璧なリリーフになってやる!」
その後、草壁の態度は少しばかりマシになり、そこそこの1塁手になった。
2塁手の雨宮もほどほどの内野手だ。ずっと捕手をやっていたので、優れたセカンドというわけにはいかない。
雨宮を捕手にすることも考えたが、そうするとおそらく投手陣のモチベーションが下がる。空尾も草壁も時根が好きだ。雨宮には2塁を守ってもらうしかない。
バッティングは悪くない。
時根には遠く及ばないが、方舟と雨宮の打力は良い。ふたりとも3割バッターになれるかもしれない。それを上回る可能性を感じさせる打撃巧者が志賀。雨宮、方舟、志賀にクリーンナップを任せようかと考えている。
3塁手の能々はバランスの良い選手だ。足が速く、守備は無難にこなす。きらめくような打力はないが、選球眼が良く、バントも上手い。打順は2番が良さそうだ。
能々は投手を希望している。試しに投げさせてみたら、アンタースローで綺麗な投球をした。速さはないが、制球力がある。
「素質はあるかもな。だが、今年の夏には間に合わん。サードを守ってくれ」
「あのあの、秋からは投げさせてくださいね」
「考えておく」
青十字高の守備の要は、ショートの方舟だ。守備範囲が広く、ミスはきわめて少ない。
声もよく出している。「ナイスピッチング」「ドンマイ」「ナイスキャッチ」「惜しかったわよ!」などと叫ぶ。
方舟が野球部に戻ってくれて、本当に良かった。名目上の部長は空尾だが、実質的なキャプテンは方舟だ。少々口うるさいところがあるが、誠実でリーダーシップがあり、チームの精神的な支柱になっている。
このチームに勝算はある。たった9人しかいなくて、綱渡りのような勝算かもしれないが。
俺は思う。面白いやつらが集まってくれた。
部費を使って、全員のユニフォームをつくり、配った。
エースナンバー1番は空尾だ。
ファーストの背番号3を渡された草壁は、いつまでも恨めしそうに俺を睨んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜
遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった!
木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。
「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」
そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる