枯葉と帆船

みらいつりびと

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家庭崩壊寸前

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 父と母の論争は日に日に激しくなり、容易に収まりそうになかった。一方は移住を成し遂げるためには何事をも辞さずという決意で、他方は住み慣れたロンドンをどうしても離れたくないという痛切な願いを持ち、まとまらなかった。どちらも妥協しなかった。
「船がフィラデルフィアへ着くのに数週間かかるのは知っているでしょう。風が悪ければ、何か月もかかる。そのひどい船旅で死んでしまう人もいるのよ」母は反論の材料をどこかから仕入れていた。
「それは心配しなくていい。必ず一等船室を取る」父も負けてはいなかった。
 さんざん水掛け論をやった後、ふたりとも沈黙してしまう事もあった。そんな時は家全体が暗くなり、妹が泣き出したりする。
 論争が感情的になるまで嵩じる事もままあった。ふだんおとなしい母がヒステリーを起こして叫ぶことが珍しくなくなった。父が勝手にしろとわめいて家を飛び出し、翌朝酔っ払って帰って来ることにあった。夫婦の話し合いは次第に争いの形を取るようになり、まとまる見通しはまったく立たなかった。
 その頃がもっともひどかった。家族の心は荒廃しきっていて、生活のリズムは崩れ去っていた。僕も家にいるのが憂鬱で、学校に行ったらほっとするほどだった。しかし、学校にいても気が晴れるわけではない。ひどいことになっちまった。そう思って父の気まぐれを憎悪するのだ。
 両親の関係はさらに険悪になった。話の決着は一向につかず、いつまでたっても押し問答の繰り返しだ。ふたりともそれに嫌気がさしてきていた。
 父はまだ役所の仕事を続けていたが、もうやる気がないのは明らかだった。朝は遅くに出かけて、夕方すぐに帰ってきた。そして、母と言い争わない時は酒を飲んだり、葉巻を吸って夜通しベランダに出ていたりした。
 母は以前のように熱心には家事をしなくなった。食事も簡単なものですませることが多くなった。時折り思い出したように行われる夫婦喧嘩以外、家族のコミュニケーションは消えかけていた。
 家庭崩壊寸前だった。
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