作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

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手世と宇宙

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 大学生活は忙しい。
 ボクは真面目に講義を受けているし、7月に入ってからは前期試験のための猛勉強をした。古典文学と漢文学はかなり苦痛だ。 
 講義と試験勉強とサークル活動と「影の国のアリス」の執筆と試験とで、7月前半は大学受験勉強中よりも忙しかった。
 前期試験がやっと終わり、爆睡しようと思って帰宅したら、リビングのソファに手世姉さんと藤原会長が寄り添って座っていた。びっくりした。 
 両親と方兄さんは仕事で留守。ボクが帰ってくるまでは家の中で二人きりだったのだ。
 ソファの前には透明なガラスの机があり、その上にノートパソコンが置いてある。ノーパソからは女神ーずの音楽が流れていた。「愛は理解不能」の映画音楽だ。
「ただいま、姉さん。こんにちは、会長」
「おかえり」
「よう、愛詩。お邪魔してるよ」
 挨拶を交わして、ボクはどう行動するのが正解なのかわからず、立ち尽くした。予定どおり爆睡するか、姉と会長のようすをうかがうか。
 後者を選択した。
 ボクは冷蔵庫からプリンを取り出し、食卓に座った。
 二人はボクには話しかけてくれず、音楽を聴きながら会話している。
「この『アンドロイドのテーマ』は川島ルビーさんの作曲編曲でいいのか」
「編曲は女神ーずだな。あたしも麗美も参加してる」
「格好いいな。電子の音とキャッチーなメロディ」
「ルビーのお父さんがYMOとクラフトワークの大ファンなんだ。あいつは子どものころにテクノポップを聴かされながら育ったらしい。この曲にはその影響が多大にある」
「どちらもわからん」
「あたしも知らなかった。最近知ったんだが、神だな。宇宙、坂本龍一って知らないか?」
「名前は聞いたことあるな。手世、今聴かせてくれよ」
 ボクはまったくプリンに手をつけることができなかった。二人は親しげに名前を呼び合っている。体の横をぴったりとくっつけてソファに座り、パソコンを見ている。
 会長の姉を見る目が優しげだ。姉の会長へのスキンシップが過剰だ。肩を触った。え、首に腕を回した。会話は途切れることなく続く。二人ともボクの方はまったく見ない。
 胸が苦しい。これは嫉妬なのか。
「ボクも、聴きたい……」
「おう、こっち来いよ」
 ボクは対面のソファに座った。姉と会長はくっついたままだ。
 YMOだかクラフトワークだかの曲が流れる。二人はそれについて感想を言い交わしている。ボクは会話に入れないし、彼と彼女はボクのことなんかどうでもよさそうに話し続けている。
 つらい。何か言わなきゃ。ボクの脳はテンパった。
「ふ、二人は付き合ってるの?」
 うわー、何言ってんのボク。
「いや」
「付き合ってない」
 付き合ってないならそのくっつきはなんだー!
「ボク、寝るね。試験で疲れ切ってるから」
「おう、お疲れ」
「しばらく部屋には行かないから、ゆっくり眠れよ」
 しばらく二人きりでイチヤイチャし続ける気かー!
 ボクはゆっくりとソファから立ち上がり、奇跡的に引き止められないかなと思いながら、未練たらたらボクと姉の部屋に向かった。奇跡は起こらなかった。
 ベッドに頭から倒れ込んだ。眠気は吹っ飛んでいた。眠れない。
 綾乃に会い、愚痴を聞いてもらいたかったが、絶対に会ってはならない。今会えば甘えてしまうし、甘えさせてくれるだろう。だからこそだめ。彼女は大切な友だちだ。対等な関係でいたい。みじめなボクを晒したくない。
 ボクは部屋を出た。玄関に行き、靴を履き、外に出た。予想どおり二人から声はかからなかった。
「あああああー」
 ボクは走り出した。
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