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「ご馳走様でした。
今日も凄く美味しかった。
それとバレンタインの味付け卵も凄く嬉しかった、ありがとうね。」



レジで会計をしていたら羽鳥さんがそう言った。
今日はバレンタインの味付け卵のことまでお礼を言って。



会計の時のこの時間だけは羽鳥さんと少しだけ近付ける。
ほんの少しだけ・・・。



カウンターの向こう側よりもレジの向こう側にいる羽鳥さんはやっぱり綺麗で。



その綺麗な顔をめちゃくちゃ寂しそうな顔にして俺のことを見詰めている。



その顔を見てお釣りを羽鳥さんに手渡したくなる。



それを今日もグッと我慢し、お金を置くトレーにお釣を置いた。



羽鳥さんの身体を少しでも知らない方が良いと何度も自分に言い聞かせる。
指先だけでも触れない方が良いと何度も何度も言い聞かせる。



この距離に立っているだけで羽鳥さんからはめちゃくちゃ良い匂いがしてくる。
その匂いだけで男子高校生の俺の下半身はいつも少し反応してくるくらいで。



これ以上は近付いてはいけない。



羽鳥さんと俺の間にはいつも境界線が引かれている。



いつもちゃんとすぎるくらいに引かれている。



「じゃあ、行ってくるね。」



羽鳥さんはこの店を出る時、いつもこの言葉を言う。



毎週末、この店の中にいる時間だけが羽鳥さんの休日なのだと分かる。



だからこの店を出たら羽鳥さんはまたお嬢様である“羽鳥一美”に戻る。



めちゃくちゃ嫌だと思う。



お嬢様とか凄く嫌いだと思う。



お嬢様なんて存在しなければ良いのにと思う。



そしたら、ただの7歳年上のお姉さんくらいにはなるのに・・・。



“俺、お嬢様とかマジで無理。”



心の中でその言葉を呟き、羽鳥さんに普通に笑って頷いた。



「はい。」



俺の返事を聞いた羽鳥さんの目は今日もしっかりとした。



凄くしっかりとした目になり、そして店から出て行った。



今日も出て行ってしまった。



閉まった扉を眺めながら今日も思う。



「あの煩くて面倒でヤバい人と鉢合わせするかな・・・。」



一般人とは思えないくらいの見た目と、揺るぎない自信を持っているからか信じられないくらいのオーラを持つ男の常連客。



週末も仕事をしているようだけど早いとこのくらいの時間に来ることもある。



あの何だか凄い常連客は羽鳥さんより少しだけ年上で。
あの人と会ってしまったら“中華料理屋 安部”なんて一瞬で霞んでしまうだろうなといつも思う。



いつも思って・・・



「めちゃくちゃ怖い・・・。
駅まで送りたいくらい怖い・・・。」



そう呟きながら小さく笑った。



そしたらその時・・・



扉が勢いよく開いた。



あの人かと思い身構えながら扉を見たら、常連のオジサンだった。



「今そこで“ハンカチさん”に会ったぞ!!
“ハンカチさん”、あれは幸治のことがすげー好きだよな~!!」



今日もそう言われ、俺は“普通”に答えた。



「俺も“ハンカチさん”のことが好きだよ。
女の人としてすげー好き。」



今日もそう答えると常連のオジサンが大笑いした。



「知ってる!!
お前が大人になった時はそれを“ハンカチさん”に伝えてみろよ!!」



「無理だろ、俺はただの中華屋なんだから。」



笑いながら羽鳥さんが食べた醤油ラーメンの丼を持ち上げた。 



スープまで綺麗に完食している丼を。



俺の想いも気持ちも全て飲み込んでいる丼を。



「“ただの中華屋”じゃねーだろ!!
“ハンカチさん”の大好きな“中華料理屋 安部”だろ!!」



常連のオジサンのその言葉に俺は何度も頷く。



何度も頷きながらティーシャツに書かれた“中華料理屋 安部”の文字を片手で抑えた。



羽鳥さんが大好きでいてくれる“中華料理屋 安部”の自分を確かめるように・・・。












end.......
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