10 / 16
【010】ギルベルトの安堵
しおりを挟む「そうか」
「はい、ギルベルト王太子殿下」
騎士団つきの魔術師からの報告に、ギルベルトは執務室で、指を組み執務机の上に置いた。今の魔術師もまた、始祖王の魔法陣について知る限られた者の一人だ。
ギルベルトが王宮に戻ってきてから、二週間が経過した。
秘宝を定められた位置に置き、魔法陣を起動させる事になる〝星叡の日〟まで、一ヶ月を切っている。
「秘宝の入手が間に合ったのは僥倖だったが」
一人になった執務室で、ぽつりとギルベルトは呟く。
次期国王であるギルベルトが自ら秘宝の捜索に行く事には、制止の声が本当に多かったが、王宮の古文書がある禁書庫自体が、王族と王族の許しを得た者しか入出できない決まりの上、精霊達に動きを気づかれないようにするためには、どうしてもごく少数で動かなければならず、なにより星叡の日になんとしても間に合わせなければならないという強い想いから、ギルベルトはキースにしか出立の日を知らせず、強引に旅立ったという事実がある。
帰還した時の、両親――国王と王妃のほっとした顔と、同時に激怒していた姿には、ギルベルトは心配されていると心から実感し、申し訳なさを感じたものである。まだ五歳の歳の離れた弟の第二王子には泣きながら抱きつかれた。確かに、王族としては、その意識が欠けた行為だったかもしれないが、後悔はない。
ここ最近、精霊による被害が多くなり、既に民草に精霊の存在を隠しておくことが困難なほどになってきている。理由は、精霊王の封印が解けかかっているからだ。それを強固にかけ直すためには、現状の王族の力では困難を極める。だから誰かが、始祖王と同等の、浄化の力を得る必要がある。なによりも、精霊を討伐するための武器もまた必要だ。剣や魔法だけでは負傷者無くしては討伐できないのが現状であり、錬金術師が作る回復薬は常に不足している。
「それが、古の昔には日常だったとはな」
創造神とはいうが、その日常がいかに大変だったのかを想像すれば、ギルベルトは祖先に尊敬の念を抱く。だが、始祖王には仲間の術士達がいたとされる。それが今は、いない。何処は行ったのか、それもまた禁書庫の古文書に記されているはずだとして、限られた者が読み込んでいる最中だ。膨大な古文書は、まだ全てを確認できてはいない。
理由は一つで、禁書庫自体が、危機的状況になるまで扉を開けてはならないとされていたからだ。それを知らせるのは、王冠に嵌められた宝玉で、その色が黒く染まったら、扉を開くよう伝わっていた。最初、それに気づいた周囲は半信半疑だった。だが嫌な予感がして禁書庫へと、キースを伴い踏み入ったギルベルトが、『扉』と『番人の一族』について初めて知ったのである。
魔法陣自体が王宮の地下にあるのは、王族ならば誰でも知っていたが、その用途と起動方法を知ったのも、その日だった。次の星叡の日は、鷹の月の三日だ。それを逃せば、次は十年後まで、星叡の日は訪れない。危機は今だと記されている以上、急ぐほかなかった。
――宝玉の火を消せば、魔法陣は起動しない。
そもそも、宝玉を指定の位置に置くのも、メリルにやってもらうしかない。
ギルベルトはじっくりと瞼を伏せる。
道中で何も知らせずに危険に遭わせた事が気に掛かっていたから、今度は彼女に事実を伝えた。誠実でいようと考えた結果だ。彼女に対してではない。己の心にだ。利己的な理由である。
「……」
だが、と、最近思い悩むことがある。
本当にそれでいいのか? と。
脳裏に浮かぶのは、純真爛漫なメリルの笑顔だ。ぱっちりとした紫色をした目で、長い睫毛を瞬かせ、自分を見て両頬を持ち上げる彼女の姿。キラキラとした眼差しで自分を見上げられる度、最近では僅かな罪悪感と、不思議な感覚で胸が疼く。
心を鬼にしてでも、とにかく利用し、ここへと同行させる。
それが当初からの一貫した目的であり、実行した結果だ。
今だって優しく接しているのは、魔法陣の起動のため、それだけのはずだ。
意識的にはそう考えているのに、ふとした時に、どうしているのかと気になってばかりいる。彼女の笑顔が脳裏に浮かんでくる。
目を伏せたままでギルベルトは腕を組む。
きっかけは、やはり旅路だ。必死で歩く、頑張って進む彼女を見ていると、正直己もまた励まされていた。宿屋で自分より先に眠った彼女のあどけない寝顔を見ていると、きちんと守り抜き、王都にたどり着かなければならないと、決意を新たにした。いつしか、隣を歩くのが自然になっていたのだろう。
それが、今はない。
その必要も無い。
あとは時折顔を出し、彼女が帰ると言い出さないように仕向けるだけだ。
なのに――『もっと会いたい』。
この一言が尋常ではなく嬉しかった。メリル『が』そう望んでいるからと、内心で言い訳し、ギルベルトは今では可能な限り、日に一度は顔を出すようになった。多忙な王太子としての執務の合間、不在の最中に溜まった仕事の合間を縫ってまで。
同時に、王族は即位するまでは、騎士団に所属し、率先して精霊討伐に当たるため、その例に漏れず戦っているギルベルトには、その仕事もある。本来、討伐のあとなど、疲れきっている。それなのに、彼女『が』望んでいるのだからと部屋に向かって、笑顔を見ると、疲れが溶けていくように感じる自分がいた。
それに気づいて、ギルベルトは思わず息を呑み、目を開いて、片手で唇を覆った。
「僕は一体何を考えているんだ」
慌てて頭を振ると、ギルベルトの艶やかな髪が揺れた。それから彼は立ち上がり、窓の前に立った。そこから見える、広がっている、平穏にしか感じられない王都の街並みは、景観がよく、歩く者達には活気がある。ごく近くの、王宮の裏手の森に、悪しき精霊と、その王の封印があるとも知らずに。今は、王宮が防衛の砦の役目も果たしている。だが、旅路で襲ってきた時のように、例外だってある。最近では街中でる事もあるから、王国全土に騎士を派遣している状態だ。
「平和ぼけしている場合じゃない」
気合いを入れ直して――……本日もギルベルトは、メリル『が』望んでいるから、彼女の部屋へと向かう事にした。ノックをすると、扉を開けた笑顔のキースが、入れ違いに外へと出た。扉越しに、楽しそうに話している声が聞こえた事実に、何故なのかギルベルトはキースに笑顔を返す事が出来なかった。王族として、上辺の作り笑いはお手のもののはずなのに。尤もキースの前では自然体でいる事が多いから、彼が不審に思った様子はない。それに安心する。
キースは、奨学金で王国学園に通っている際に、ギルベルトと友人になった。
平民出自だが、学園の主席であり、文武両道で、性格も明るい。
ギルベルトにとっては数少ない、心を開ける友人だ。
「ギルベルト!」
室内に入ると、非常に嬉しそうにメリルが両頬を持ち上げた。ワインレッドの服がとてもよく似合っている。扉の前で、ギルベルトは以前、「ワインレッドが好きだ」と話した事がある。それは事実だった。理由は、王家に伝わる聖剣に嵌まる宝玉の色が深い赤だからだ。すると翌日から、露骨にメリルの服はこの色が増えた。それもまた、彼女の好意を実感した瞬間である。今も、それを彼女が律儀に覚えている事実に、気分が一瞬で浮上し、ギルベルトは明るい気持ちになった。
「あのね――」
メリルが雑談を始める。その肉厚な淡いピンクの唇を眺めながら、対面する席に座し、ギルベルトはミルクティーを入れた。そしてカップを傾けながら、囀るように話をしながら楽しそうに、嬉しそうに笑っている彼女を見る。そしてメリルの瞳が自分に向き、相変わらず恋情を滲ませキラキラしている事に――無性に安堵していた。
どうしてこのように安心しているのかと、ギルベルトは一瞬あとに困惑した。
だが笑顔を崩さず、メリルの話に相槌を打つ。
いつからなのか、彼女を前にすると、作り笑いではなく、心から笑っていることが増えた。いいや、日に日に増えていく。ギルベルトは、それが不思議でたまらなかった。
11
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉
狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。
「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。
フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。
対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。
「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」
聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。
「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」
そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。
イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。
ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼
そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ!
イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。
しかし……。
「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」
そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる