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5話 イグニス・ウェールス・アチェンディーテ公爵

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「シレ」
「イグニス様!」
「君が庭いじりしてるって話本当だったんだね」

 茶会も庭いじりも続いて一年程経った頃、ある日の庭いじりからの帰り、城の外回廊で殿下が声をかけられた。上等な上着からその男性が宰相なのが分かる。
 そして殿下は彼をイグニスと言った。レクツィオから教えてもらったイグニス・ウェールス・アチェンディーテ公爵、新興国イルミナルクスの宰相のはずだ。
 殿下が近づく傍ら礼をとる。

「ふむ、君がソミアちゃん?」
「え?」

 名前を知っている挙げ句ちゃんづけ? え、この人なに? 思わず顔を上げてしまって再び下げる。

「ソミア、イグニス様は大丈夫」
「そうそう。顔上げてよ」

 言われてしまえば上げざるをえない。並ぶ二人は雰囲気がよく似ていて親子のようだった。

「ソミアちゃんのことはシレから聞いてるよ。とても優秀なんだってね。宰相にならない?」
「イグニス様、駄目です。ソミアは僕の侍女です」

 正確には殿下付きではない。まだ見習いの身だ。上に付いてくれてるのがレクツィオだから殿下付きに見えるだけ。
 にしても軽々と宰相にならないかと聞いてくるこの公爵、頭大丈夫だろうか。低爵位、家庭教師すらつかず貴族院にも通えなかった下働きが宰相になれるはずもない。

「勿体無い御言葉大変恐縮で御座います」
「うっわ、シレの言ってた通りかたいね! 面白い!」

 なにが面白いのだろう。

「この年齢で文字も数字も分かる子貴重だしなあ」
「イグニス様駄目です」
「シレってば本当ソミアちゃんお気に入りだね」

 また今度誘うねと笑う公爵に「御気遣い痛み入ります」と礼をとると、社交辞令じゃないからと眉を下げた。

「そうだシレ。書類にサインほしいのがあって」
「はい、僕も伺いたいことが」

 着替えに城内に戻る前に立ち止まり、私に片付け全部任せちゃうと殿下が戻ってくる。結構ですと断りをいれた。

「私が全て行いますので、殿下はアチェンディーテ公爵閣下と共に」

 殿下が眉を下げると同時に公爵が自分の名前を知っていることに驚く。この人忙しないわ。

「ソミア」
「殿下、私にお任せください」

 本来は殿下が触れる内容ではないのに特例的に庭いじりをしている。この形が本来正しい。

「分かった。次は一緒に片付けしよ?」
「…………承知致しました」
「なにその間」

 と言いつつも城内に戻った。宰相が「いやあ最初は男の子がいいかなと思ってたけど女の子もいいねえ」と戻ってきた殿下に話す。
 最後に聞こえた二人の会話は宰相のとこに子供ができたと言う話だった。危険だからと、妊娠初期にも関わらずこの城にいた妻をイルミナルクスに帰したという。

「シレとソミアちゃんみたいな子がいいなあ」

 嬉しそうに生まれる子供の話をしている宰相。危険だというこの城には何があるのだろう。貴族の上層にしか分からない話なのか。

* * *

「ああ、派閥の話? まあ皇帝と皇弟は真逆だしね」
「第一皇子の婚約者が曲者とか聞いたぜ」

 下働き仲間で年の近いメルとポームムと話す機会があり、話を振ってみると思っていた以上に二人は情報を把握していた。私が疎かったのだろうか。

「アチェンディーテ公爵は特殊だからな」
「イルミナルクスの人間ってだけで第一皇子とその取り巻きは公爵を亡き者にしたいだろうし、飛び越えて現皇帝から第一皇子に継承したいあの婚約者にも邪魔だろうしね」
「皇弟がいるのに?」

 順番で言うなら現皇帝の次は殿下の父親である皇弟、その後に息子たちの内の一番上、すなわち第一皇子になるはずでは?
 この国の継承権の大網にはそう書かれていたはず。

「平和主義の皇弟が継ぐと宥和政策ゆうわせいさくを推すから、皇帝と第一皇子が目指す帝国一強とはかけ離れてるのよね」
「第一皇子と同じ思考の婚約者には皇弟が邪魔、その皇弟が重宝している頭の回るイグニス様はもっと邪魔っつー思考だな」
「……そう」

 自分の日々の仕事ばかりでこの城の中身を全然知らなかった。自分がこの場所で長く働くなら当然このあたりは把握しておいた方がいいだろう。

「ソミアは真面目ねえ」
「そんな深刻に考えなくてもいいんだよ」

 雇われの身だしと笑う二人。ポームムが私の頭に手を起きわしわし搔き乱した。
 ポームムには下に兄弟が沢山いてこういう癖が抜けないらしい。最初は拒否していたけど最近は慣れた。メルがたまに抱き締めてくるのと似たようなものだし、彼彼女の距離の近さがあったから私のような能面と今でも付き合ってくれている。

「高いお給金もらえて、ほぼ何もしないとか最高よね!」
「目指すはそこだな。いい雇い主探そうぜ」

 笑い合うこの瞬間が好きだ。気兼ねなく過ごせる。

「じゃ私仕事戻るわ」
「お、俺も戻るか」

 この二人は他の下働きより忙しそうに見えるけど大丈夫だろうか。

「二人とも、無理しないでね」

 ぽそりと言うと目を丸くする。その後にすごく嬉しそうに笑った。

「ああソミア可愛いっ!」
「え?」
「はは、大丈夫だ。俺たちちょっと特殊な仕事があるだけだから」
「特殊?」
「秘密の仕事ってやつよ」

 人差し指を唇にあてて笑うメル。その内話すわと二人とも去っていった。急な静けさが訪れる。
 少し掃除してから自室に戻ろうと掃除用具用の小部屋に入った。

「ソミア」
「……殿下」
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