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17話 尾行なデート 前編

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「うんうん、いいね」
「殿下……」

 帝都に来てしまった。
 騎士舎の裏側から出られる場所があり、そこを下働き改善で使う物品搬入経路にしようとしていた出入口だ。
 見張りもいるにはいるけど、第二皇子管轄の者だからその名前を出せば通れた。さすがに殿下は顔を隠しながら出たけど。私の顔も覚えてくれているから気を付けてとにこやかに通してくれる。正直、止めて欲しかった。

「ソミア、呼び名」
「え?」
「ここでは名前で呼ばないとね!」

 バレちゃうよ? と首を傾げる。可愛い子ぶってもだめだ。けど知られて大騒ぎになっても困る。どうにかうまく断る方法はないだろうか。

「シレって呼んでね」
「名前ですか……」

 偽名でもない。あまり大きな声で呼んだら気づく人もいそう。

「僕たちって下の名前はあまり知られてないからねえ。あ、敬語もだめだからね」

 注文が多い。

「にしてもさ、ソミアはあの騎士と仲いいの?」
「騎士というのは出入りの時にいらした方ですか?」

 そうそうと頷く殿下は少し不機嫌だった。

「下働きの環境改善であの出入口を使うにあたって話をしたことが何度かありました。顔を覚えて頂いたようですが、それ以上は特に」
「ふうん……」
「もっと仲良くなった方がいいですか?」
「え?!」

 懇意にすれば殿下のやりたい事への近道になる。会話もまともにしたことないけど、第二皇子への手紙を渡しに行くがてら挨拶に行くこともできるなと思った。

「駄目」

 声音が少し低い。不機嫌さが増した気がした。

「今後の家具や食品の搬入の為にも必要なのでは?」
「駄目。これ以上はいいから」

 さ、行こうと手を繋ぐ。急な接触に身体を震わせてしまった。

「ソミア、これ食べよ」
「……」

 街を歩き回りながら屋台の食べ物や飲み物を堪能する。
 おかしい。ずれている。
 私達はマジア侯爵令嬢の護衛騎士の片割れを探しに来ているのでは?

「兄ちゃん、おまけしとくわね」
「わあ! ありがとうございます!」
「恋人さんと楽しんでね」
「なっ」
「はいっ」

 殿下が終始ご機嫌だ。お金もバッチリ持ってるし、買い方もよく理解している。この人本当に皇族? 不慣れ感がない。庶民暮らし経験がありそうなぐらいだ。

「ふふ、恋人かあ」
「……殿下」
「名前」
「……シレ、本来の目的を忘れないで」
「えー? こうして溶け込んでた方があっちも警戒しないよ~」

 一理ある。けど楽しんでいるようにしか見えない。これすらも殿下の作戦だというの。溜め息が出るまま買ってもらったものを口にする。あ、美味しい。

「ふふ」
「……なに笑ってるの」
「えー?」

 ソミアってご飯でも顔緩むんだ~と言われて頬に熱が灯る。いけない、油断した。

「……!」

 殿下に文句の一つでも言ってやろうかと思った時、視界の端に確かにうつった。勢いよく首を回す。

「ソミア?」

 探す。多くの人混みに紛れた中、確かに見つけた。

「いた」

 殿下も私の視線ですぐに気づく。

「追うよ」
「はい」

 人混みを縫って進むも細い路地に入ったのか見失ってしまう。
 行き先を推測して別の大通りに急いで出るも現れず、別の大通りに出た。

「ソミア、あれ」

 殿下が見つけて視線を向ける。見た目は双子の護衛騎士の顔だけど、この違和感は違うと言っていた。

「あれは、兄ではないです」
「黒子もないね……実は三つ子だったとか?」
「いえ……あれは違う」
「何が?」
「なんか、作られたというか……決め手はないけど」

 三つ子だったらもっと腑に落ちている。持っている雰囲気や歩き方、姿勢が双子とは違った。あの二人は面白いぐらい姿勢の歪みも歩き方も同じだったもの。三つ子ならあんな違う歩き方をしない。
 殿下が黙る。何かを考えている証拠だ。

「ソミア、行くよ」

 再び別の大通りに出る。
 次に見たのは双子の片割れだった。黒子があるから間違いない。

「妙だね……」

 ここにきて殿下も違和感を感じたらしい。
 今まで気を遣って大通りでしか追ってなかったのを路地に入るのを見て追っていった。

「え、ま、待って!」

 裏路地は人通りも少なくなるし治安もあまりよくない。第二皇子率いる騎士団がだいぶ改善したけど、日が暮れ始めたこの時間からはあまり入らない方がいいはずだ。

「ソミア静かに」
「だめ、大通りに戻らないと!」

 殿下の側を離れるわけにはいかない。ついていくと裏路地に出た。大通りの半分の広さ、少し暗くて建物の上の階に夕日が当たって反射している。

「へえ、店があるんだ」

 裏路地と言えど商売をする店は多い。けど、その中のいくらかは法に触れる触れないギリギリの店もある。だからか利用する客もぐっと変わった。あまり見られてはいないけど、私と殿下は浮いていると思う。早く戻らないと。

「いた」

 双子の片割れはいつの間にか手に酒瓶を持っていた。そしてさらに奥の路地に入っていく。

「行こう」
「え、あ、だからこれ以上は!」

 二人がギリギリ入れる路地を静かに進んで尾行する。ふと、双子の片割れが立ち止まり振り向く素振りを見せた。

「!」

 まずい。左右を確認して殿下の腕に自身の腕を絡めて引き寄せた。

「え? ソミア?」
「こっち」

 さらに狭い路地は人が二人とも入るには狭すぎた。どう足掻いても密着してしまう。
 なんてこと、失敗した。

「え? え?!」
「こ、これは」
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