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2章 本編

45話 焼きもちをやく

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「ハネムーンベイビーです!」
「はい?」

 捲し立てるマゼーニャに生温かい笑顔のリスト。ハネムーンベイビーなんて言葉はどう考えたって古文書用語だ。結婚して古文書をマゼーニャから離せたことにウツィアは安心した。これ以上語彙力が増えるとよろしくない。
 さておきマゼーニャが主張するのは、建国祭にかけての旅行で子供を作ればいいじゃない、ということだった。

「なに言ってるの。王族への挨拶に貴族との交流もあるのよ。真面目で静粛な場所なの」
「領地にいたって仕事ばかりでしょう? 周囲は忙しさの中で子供を作っているのだから、建国祭の社交界で忙しくっても領地で忙しくっても変わらないです」
「そうだなー、子供できればお前の夫の嫉妬も少しはおさまるんじゃね?」

 未だ鋭い視線を向けるウェズにリストは視線で殺されるかもと苦く思う。

(そもそも子供のことは断られてるのに……)

 その相談はしづらい。

「ま、いいわ。これ以上お前といると殺されそうだから俺帰るわ。旦那によろしく」
「ええ。マリア・ヴイチック辺境伯夫人にもよろしく伝えて」
「おー」

 ウツィアとマゼーニャは幼馴染みリストと別れ、ウェズの元へ戻った。

「ミオスネ子爵令息が来ていたのね」
「ええ、お母様」

 ウツィアはウェズが身体を固くしているのに気づいた。緊張は和らいでいたはずなのに顔も少し強張っている。

「旦那様?」
「……ああ、どうした?」

 膝に置いた手に力が入り握られる。緊張というよりは我慢しているのかもしれない。けれど夫の表情は少し強張っているものの比較的穏やかな方だ。

(気のせい?)

 ウェズはするりと立ち上がりウツィアの隣に立つ。

「そろそろ王都へ向かおう」
「ええ、そうですね」

 お姉様ったら気づいてないわねと一人にやにやするマゼーニャをよそに別れの時となった。母チェスタオツェもマゼーニャと似たようなものだけれどまだ分別がある。

「スツとチェプオによろしく」
「分かったわ、お母様」
「閣下、娘を頼みます」
「はい」

 馬車で二人になってウツィアはやっと自身の夫の違和感に気づく。

「ウェズ、怒ってます?」
「いや……何故だ?」
(!)

 思い当たる節としたら、幼馴染みのリストのことだろう。

「ミオスネ子爵令息と話をしました。ウェズにも同席してもらうか挨拶ぐらいするのが貴族のマナーかと思って」
「いや構わない」
(気になる)
「そうですか」
「……」
(あの男とのことを気になると言ったら狭量な男と思われるだろうか)
「……」

 自分の家族がなにかしただろうか? マゼーニャはかなり奔放だからウェズの気を害した?
 ウツィアは思い当たる節を考える。

「その……ミオスネ子爵令息とはどのような話を」

 気になる気持ちに負けたウェズと、幼馴染リスト絡みのマナーの悪さだと思うウツィアとのずれた会話はそのまま続く。

「ええと、結婚生活はどうかと聞かれて、後は建国祭の話をしました」

 幼馴染みの恋の話は置いておこう。

「そうか……随分気さくに話していたが」
「私と彼がですか?」

 驚くウツィアを見て浅慮で狭量だとウェズは気づいた。墓穴を掘ってしまう。

「あ、いや、今のは別に深い意味はなくて」
(妻の不貞を疑ってるみたいになった……よくないことを言った)

 言い直そうとして口ごもる。ウェズの様子を見てウツィアは素直に応えた。

「これからは気を付けますね」
「違うんだ。君を咎めてるわけじゃなくて」
「はい。でも私だったらどうかなって考えてみたんです。ウェズが他の令嬢と仲良く話していたら、嫌だなって思います。これからはウェズにも同席してもらうか挨拶程度にしますね」

 社交界では臨機応変さが求められるかもしれないけれど、そこはウェズと仲を深め信頼関係が築けた時にしよう。今はまだ構築中だし。
 にしても目の前の夫は驚きすぎじゃないかと思う。珍しく分かりやすい表情だ。

「え……嫌?」
「ええ、例えなので想像になりますけど」
「……」
(それって焼きもちやくってことか? ……嬉しい)

 幼馴染みに嫉妬したことを認めているけれど、そこにウェズは気づいていない。

「ウェズ、具合がよくないんですか?」
「え?」
「お顔が赤いので」
「!」
(やってしまった!)

 焦っている間にウツィアがウェズの隣に座った。あからさまに身体が震えるウェズに気づかず、心配そうな顔をして手を伸ばす。
 熱でも計ろうとウェズに触れそうになる手を掴んで防いだ。

「ウェズ?」
「だ、大丈夫だから」
(今触れられるとどうなるか分からない)
「そうですか」

 けれどウェズは手を離さなかった。ウツィアは目で手を放すよう訴えるとウェズは気付きつつ何回か視線を行き来して遠慮がちに囁く。

「……暫く握っていてもいいだろうか」
「え?」
「手を」
「え?」
「あ、気持ち悪いならやめるが」
「いいえ、大丈夫です」
「ありがとう」
(嬉しい……好き)

 握る手にぎゅっと力がこもり、二人の間に下がる。
 ウツィアはみていないのに、繋ぐ手から喜ぶ夫の強烈な気持ちが分かってしまった。けれどその手の温かさに安心感を感じてしまい何も言えなくなる。

(これでいいならいっかあ)
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