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3話 悪役令嬢の断罪劇

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「シャーリー・ティラレル・エネフィ! 君との婚約は破棄させてもらう! 数々の酷い所業、とても許されるものではない!」 

 翌日、私は昨日会えずにいた友人であり仕事仲間である我が国唯一の魔法使い、海を越えた大陸北端に位置する魔法大国ネカルタスのテュラ・アプヴェルステ伯爵と仕事の引き継ぎで話し合うはずだった。そう、はず、だった。

「妹であるルーラに嫉妬し、陰湿な手口で痛めつけていたようだな。君のような性根の腐った女ではなくこの心優しく聡明なルーラこそがオレの婚約者に相応しい。彼女のおかげでオレは真実の愛に気づいたんだ」

 東の隣国ソッケの王子の婚約者であるシャーリー・ティラレル・エネフィ公爵令嬢と異母妹ルーラの関係についてはテュラからよく聞いていた。ピンクブロンドの美しい髪と深い藍色に紫の混じる海松藍色の瞳を持つ悪役令嬢シャーリー、そして極々平凡な茶色の髪と瞳を持つ正ヒロインのルーラ。
 対照的な二人は乙女ゲームにおける悪役令嬢とヒロインの関係だ。

「妹を傷つけた罪は重い! よって国外追放とする! てな感じだろ?」
「おお! まさにその通りだ!」

 私とエネフィ公爵令嬢も対照的かな? 白金色(ホワイトゴールド)の髪に金が混じる緑の瞳だし。まあテュラ曰く件のゲームに私は欠片も出てこないらしいから比較しても意味がない。

「演技迫真すぎて面白いわ」
「ドヤ顔するしかねえな」

 一字一句間違いない、と軽く拍手をしながらテュラの小芝居を褒めるのは私の元婚約者、我が国ドゥエツの王太子、薄い茶色の髪に鮮烈な赤い瞳を持つインスティンス・ヴィース・シェルリヒェット殿下だ。
 にしてもテュラの演技がうますぎて笑える。すると私の側に立って控えていたヴォルムが冷静に告げた。

「ふざけてる場合ですか」
「なんだよ~! ヴォルムもんなとこ立ってないで座れって」
「今は護衛の仕事中です」

 私、王太子、テュラ、ヴォルムで同じ学院に通う同学年のよしみで、私は婚約者としてヴォルムは殿下付きの騎士としてテュラは賓客として出会って六年の付き合いだ。正直、学院の思い出より王城で関わった方が思い出深い。
 学院の序盤三年は私はまだ殿下の婚約者候補だったから関わりもなかった。候補の時からあまり学院へ通ってなかったけど、婚約してからは王城で妃教育に切り替わったから学院のきらきら学生時代の思い出は薄い。王太子とヴォルムとテュラの三人に至っては十年来の付き合いだ。
 六年という歳月を考えると、正直もっと砕けて話してもいいと思うのだけど、この護衛は中々そういうところを譲らない。挙げ句、まだ私の護衛でいる。昨日解消したのに。

「相変わらずおかたいよな~! これからだぞ? 元婚約者の王子が側妃にするとか言ってうちに乗り込んでくんだからな?」

 テュラはその場にいたわけでもないのに、エネフィ公爵令嬢が悪役令嬢で社交界で断罪され国外追放になるまでを詳細に把握していた。彼の母国ネカルタスでは割と多い前世の記憶持ちだから知っていたわけだ。

「本日はディーナ様と王太子殿下の婚約破棄の手続きと、ディーナ様の仕事の引き継ぎで顔を合わせているのでしょう」
「お~! おかたいな~!」

 最近ゆっくり話せてなかったしいいじゃんかとテュラはソファでくつろいでいる。貴族らしからぬ所作言動ではあるけど、テュラは一貫してこんな感じだ。私も人のことは言えないしね。
 確かに最近は仕事忙しかったし、彼とは中々話せてなかった。ゆっくり話したいところではある。

「ヴォルムの言う通り書類は先に済ませておこうか」
「ええ殿下、そうですね」
「つか大丈夫じゃね? ディーナんとこの親父さんも娘の為ならなんでもするから破棄オッケーだろうし、両陛下もディーナが言えば通るだろ」
「まあね。念には念を入れてってこと」

 さっきのテュラの小芝居通り、エネフィ公爵令嬢は自国内で悪女と呼ばれ市井からも貴族からも憎まれている。
 私は外交を担っていたのもあり、エネフィ公爵令嬢の仕事ぶりはよく知っていた。非常に有能で自国外の評価は高く、国を統べるに相応しい人間だと聞く程だ。
 けどテュラが言う話はこう。エネフィ公爵令嬢が王子の婚約者になり国の為に働き、妹に婚約者を奪われ断罪され、我が国のインスティンス王太子殿下に救われる。ここまでは決まった話だと言う。

「市井じゃ悪役令嬢の話も一切出回ってねえし、お前らの婚約も勘違いで通ってて、本当プランB完璧だな」
「問題はここからよ。なるたけ早く市井に出て私の口から伝えないとね」

 隣国ソッケはここ二十年、自然災害に見舞われ、直近数年は海賊の襲撃も多かった。元婚約者のインスティンス王太子殿下は被害が甚大だったソッケ王国に災害派遣と勉学の為に長期訪問していた。そこで交流を深めて王太子殿下がエネフィ公爵令嬢を少しずつ好きになる。相手がいると諦めていた所に目の前で断罪劇が始まり、この時しかないと彼女を保護しプロポーズした。
 王太子殿下はテュラの話す前世の記憶を信じていないと当時は言っていたけど婚約者を作りたくないと最初に言っていたあたりテュラの言うことに影響されていたのがよく分かる。実際好きになってしまってその話を私達にした時は驚愕といった感じだったわね。

「ディーナ様」
「なに?」

 ヴォルムが眉間に皺を寄せてこちらを見下ろしている。黒灰色の髪の間から青灰色に緑がじんわり滲む瞳。そんな悲壮な感情を寄越さなくてもいいのに。
 王太子殿下に非難の視線を送り、次に笑い話じゃないぞと言わんばかりにテュラを睨み、最後に私。

「何故ここまでされるのですか」
「当事者いるのによくきくね」
「誤魔化さないで下さい。いくら旧知の仲でも俺は殿下のした事が許せそうにない」

 そうだろうねと殿下は寛容に受け取った。厳しい王だったら首吹っ飛んでるわよ。
 それはそうと私の答えは決まっているので真っ直ぐ見据えて応えた。

「私が決めたから」
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