追放済み聖女の願う事

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56話 左ストレート、決まる

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「今なら師匠の気持ちも、わからなくはないかもねえ」
「……」

 師匠がパラを好きで一緒になって、死んだ後を追うようなことしたのも、今サリュがしていることと変わりはない。
 所謂、愛や恋といったもので命を落とすことに、躊躇いはないというところが。

「どうしても死んで成し遂げたい?」
「そういうわけでは、」
「じゃ、やめてくれる?」
「いいえ。私には私の選択が最善だと思っています」

 相変わらず、頑固だこと。
 取っ組み合いの中、間近に見える表情は苦しそうなままだ。
 この顔で言うわけ。

「私もサリュも、幸せになっていいんだよ?」
「分かっています」

 それでも選ぶのは、自殺志願なんだから困ったものよ。
 本当に分かっているのかって話。
 ここまできたら、強硬手段だ。頑固には頑固で返す。

「じゃあ一回殴られて」
「はい?」
「それで一回死んだことにしよう」
「また訳の分からない事を」

 最後は初心しょしんに戻ろうか。
 顔を下げずに膝をかがめ、内側へ。腰を回して、背筋を伸ばす。
 今回は浮かせたいから、踏み込み深く、下から上へ殴りあげる。
 ボクシング、右アッパーだ。

「死んだら、生まれ変わって、新しく選べるよね」
「そんな理屈」
「通すわ」

 両手で私の拳を受けられてるけど、そのまま宙へ飛んだ。
 強化の度合いを殴る直前、ギリギリで変えると、いい具合にバトル漫画ぽくなっていいわ。 

「サリュは頷くだけでいいよ」
「ぐっ」

 何手かやり取りしたところを、運よく胸ぐらを取れた。
 そのまま戻ってきた大地へ叩きつける。
 勿論加減はしてるよ!
 そのままの態勢から、臨むのは左。
 左ストレートだ。

「はい、これで一回死亡」

 これが入ったところで、ダメージ一つも見られないって、どういうことだろう。
 確かに入ったのに。
 今まで受け流されていただけだったから、当たっただけ行幸かな。

「そんな、子供騙しの、ような」
「生まれ変わったサリュは、私と一緒に幸せに暮らしました、めでたしめでたし。はい、頷いて了承して」
「勝手に話を終わらせないで下さい」

 その言葉の割に起き上がらないし、さらにぐしゃっと顔を歪めた後、片腕で目元を隠した。
 さっきの拳が痛いわけじゃない。それぐらいは私でも分かる。

「本当、エクラは勝手だ」
「褒め言葉だね」

 折角なので、両手をサリュの顔の両側につけて、床ドンしてみた。
 なるほど、これがかつて逆ドンをしてた時の御先祖様の気持ちか。
 腕で隠して私が見えてないから、サリュの反応はない。残念、反応あった方がいいな。

「どう? 自殺志願卒業できそう?」

 するりと腕が解かれて、きちんと目を合わせる。
 間近にある金の瞳は、さよならを言った時と同じで溶けて滲んでいた。

「エクラの言葉一つで、私の意志はあっさり変わってしまう」

 それが応えだった。
 自身が死ぬことのない未来を選ぶという回答。
 まだまだ分かりにくい言葉選んでるけど、そこはゆっくり変えてもらえばいいだろう。
 ちなみに個人的には、復讐やーめた、ぐらい言ってくれた方が分かりやすい。

「ならよかった」

 床ドンから離れようとすると、サリュの両腕が追いかけて私の顔の横を通る。
 そのまま起き上がるのと同時に、後頭部に手をあてて引き寄せられた。
 よかった、延髄狙いの攻撃じゃなかった。

「見ないで下さい」

 そう言って、私の顔を胸に押し付ける。
 肩ズンの時と同じ言葉。
 今度は抱きしめられている。
 これは今度こそ拝まなければならない。
 ですよね、御先祖様。

「見たい」
「駄目です」

 格好悪いので、と断られた。
 その格好悪いこそが、おいしい癒しだというのに、なんて勿体無いことを。
 サリュはこの世の真理を何も分かっていない。
 今こそ最大級の癒しを齎すべき時だ、きりっ。

「みーたーいーなー」
「駄目です」
「はあ……なんて残念なこと。絶望に廃人になるかも」
「それを言うなら、私は見られたら廃人になります」
「言うねえ」
「なので、大人しくしてて下さい」

 早鐘を打つだけの胸の内が、全て語っているようなものなのに。
 この恥ずかしがり屋め。
 でもなぜか、このやり取りが以前と同じで安心してしまう。
 思わず笑ってしまいそうになるぐらいに。
 でも笑ったら不機嫌になりそうだったので耐えた。
 顔はひどいことになってそうだけど。
 あ、でも少しからかうぐらいはいいよね。

「胸の鼓動が鳴り止まないのを堪能するだけに留めるよ」
「あ、それは、」

 ぐぐぐと唸るサリュの腕の力が強くなった。
 そうなるとますます鼓動が聞こえるのだけど、最終的にそこは諦めたようだった。
 ちなみに今の私、捕われのお姫様を無事救い出した勇者の気分。
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