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10話 貴方、ヴィールちゃん好きなの?(ニウ視点)
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その言葉に改めてラートステを見、次にホイスを見る。
二人とも同じ種類の笑顔だ。知っていて敢えて訊いている。
「分かりやすいでしょうか」
「貴方の口から聞きたいんじゃない」
「まあヴィールさんは気づいてないでしょうね」
がくりと肩を落とした。
ヴィールが察し悪いだけかもしれないが。
「好きでもなきゃ泊まらせないでしょ~」
正直、彼女が怪盗をしているのは知っていた。あわよくば捕まえて何故怪盗に至ったのか訊きたかった。生活に困窮しているのなら、そのまま保護すればいいだけ。屋敷に留まらせる気でいた俺が湯まで用意させてる様にホイスは引き気味だったが。
「僕はどうかと思いました。未婚の男女が泊まるだなんて醜聞ですよ」
「分かっている」
あの日、泊まらせる事すら醜聞なのに、夜更けにヴィールのいる客間に入った。
確かめたかったからだ。
案の定、ベッドで眠るヴィールは眠ったまま泣いていた。
眉間に皺を寄せてしまったのが嫌でも分かった。
指の腹で涙を拭う。
起きる気配はなかった。
「ヴィールは一人の時、泣くから」
まだ一人で泣く。
三年前、伯爵が亡くなってからも接触は試みていた。
夜道で危険な時は注意したし、無防備に広場のベンチで寝ていた時も泣いていて涙を拭ってから声をかけた。よりもよって全部自分ではない記憶になっているが。
ヴィールは初対面だと思っているが、こちらは前から知っている。
「ヴィールちゃんが騎士団長だと思ってるのって、全部貴方?」
「……」
「そうです。なんでか主人、ヴィールさんに言わないんですけどね」
がっかりされそうだから、なんて女々しいだろうか。
ズワールドの事を英雄視しておいて、それが目の前の男だったと言って信じてもらえるとも思えない。
どちらにしても傷つくのはこちらだ。
「素直になればいいのに」
「やーね、このツン具合がいいんじゃない」
呆れる侍従と楽しむ商人に囲まれて居心地が悪い。
「他にもあるでしょ? ふふふ、それは次回かしらね~」
* * *
ピュールウィッツ伯爵が所持する北東地域ナチュータン南側の領地境。
ここにブライハイドゥ公爵別邸がある。両親が物心ついてすぐに亡くなったのもあり、祖父から公爵位を継ぐ為の教育が激しさを増した。
嫌になって逃げ出しては伯爵領に入り、木の上に登って一人の時間を過ごしていた。公爵令息が木登りをするという発想がない別邸の侍従達は当然俺を探せない。丁度よかった。
「……」
けど意外な人物に見つかった。土まみれで花と草を抱える同じ年頃の少女。じっと見上げ凝視するが、それ以上はしてこない。あちらからは影になって見えないはずだ。
「ヴィール」
伯爵が呼んで、彼女の手を取る。
「良いのですよ。そのままにしてあげなさい」
伯爵は木の上に俺がいる事を知っていて容認した。領地に入るのも、令息としてサボるのも良くないと分かっているのに。
「……」
そこから何故かヴィールがバスケットを持ってきたり、花や草を持ってくるようになった。バスケットの中身がサンドイッチだったので、人認定されてそうだ。
じっと見上げて確認してから置いていく。折角なのでバスケットの中身は頂く事にした。ヴィールは空のバスケットを見ては満足そうに頷く。
ある時、彼女の方が早くに着いていて木の根本で眠っていた。
呑気なものだと覗き込めば、寝たまま言葉なく泣いていた。それが初めてだった。
「泣いているのか」
「いつも一人で泣くんですよ」
伯爵が気配なく背後にいたものだから、驚いて肩を鳴らす。
にこりと微笑んでヴィールの側に座った。同じように彼女を挟んで反対側へ座る。
「母親が亡くなってから、こうして一人の時に泣くんです」
優しく髪を撫でる。
ほら貴方も、と促す伯爵におずおずと同じように撫でるとヴィールが身じろいだ。
「ありがとうございます」
そう言って俺の頭を撫でる。よく出来たと褒めるように。朧げな父の記憶と重なった。
「手も」
「手?」
ヴィールの手に自分の手を寄せると、するりと握ってきた。たまに指先が絡んでくる。
寝ているから体温が高い。けど涙は引いた。人肌に安心したのかもしれない。
伯爵に視線を戻せば満足そうに頷いた。
ヴィールがここで泣きながら眠るようになってから、ヴィールの涙を拭う日々が続いた。
伯爵からは研究の話をよく聞いた。おまけにヴィールが姿も知らない俺を気に入って昼餉を用意している事も聞く事になる。
ヴィールが俺を知る事はなかった。けど俺は彼女が心豊かであると十分知ってしまう。
そして自分が特別に扱われているのではと思えたし、自身もヴィールが特別になっていった。これをホイスは餌付けされましたかと揶揄したが返す言葉もない。けど心が決まってしまうのに時間はかからなかった。
「伯爵」
「はい」
そんないつもの日、意を決して伯爵に伝える事にした。
「ピュールウィッツ伯爵令嬢に結婚を申し込みたいのです。お許し頂けますか」
丸くして、その瞳を瞬かせる伯爵。
子供の言う事は信じられないだろうか。第一、自分はヴィールと顔合わせすらしていない。
すると伯爵は笑い出した。
「それは僕に言うことじゃないよ」
「ですが」
「ヴィール本人に言うことでしょ?」
貴族間での申し出は本来当主から当主へされる。
しかし伯爵は言う。本人に言うべき言葉だと。
押し黙る俺に、そうだねえと伯爵は楽しそうに目元を緩ませた。
「君の気持ちが変わらないままで、ヴィールが君だけの前で泣くのなら、そのままずっと彼女を側においてあげて下さい」
「伯爵」
「僕がいなくなっても、髪を撫でて、手を握って、涙を拭いてあげて下さいね」
「……はい」
互いに王都へ戻っても、彼女の安全だけは調べさせていたし、伯爵とやり取りはしていた。
ヴィールとはっきり再会するのは伯爵が亡くなった三年前。
伯爵が亡くなり、墓を前にしたヴィールに声をかけた時だ。彼女は泣かなかったが、ずっと墓の前に立っていた。
その時はっきりした。まだヴィールに心寄せている事を。
動向を確認し続けていたとはいえ、自分が子供の頃から変わらずヴィールを想えていたのは自分でも驚く事だった。
* * *
「じゃ、次を楽しみにしてるわ」
「考えておきます」
「あらもう決定事項よ? それで同人、んん、小説書くから」
「はあ」
小さい頃から自分付だったホイスも中身までは詳しく知らないだろう話。ヴィールなんて忘れていそうな過去だが。
「で?」
「はい」
「貴方、ヴィールちゃん好きなの?」
どうやら何が何でも言わせたいらしい。
二人とも同じ種類の笑顔だ。知っていて敢えて訊いている。
「分かりやすいでしょうか」
「貴方の口から聞きたいんじゃない」
「まあヴィールさんは気づいてないでしょうね」
がくりと肩を落とした。
ヴィールが察し悪いだけかもしれないが。
「好きでもなきゃ泊まらせないでしょ~」
正直、彼女が怪盗をしているのは知っていた。あわよくば捕まえて何故怪盗に至ったのか訊きたかった。生活に困窮しているのなら、そのまま保護すればいいだけ。屋敷に留まらせる気でいた俺が湯まで用意させてる様にホイスは引き気味だったが。
「僕はどうかと思いました。未婚の男女が泊まるだなんて醜聞ですよ」
「分かっている」
あの日、泊まらせる事すら醜聞なのに、夜更けにヴィールのいる客間に入った。
確かめたかったからだ。
案の定、ベッドで眠るヴィールは眠ったまま泣いていた。
眉間に皺を寄せてしまったのが嫌でも分かった。
指の腹で涙を拭う。
起きる気配はなかった。
「ヴィールは一人の時、泣くから」
まだ一人で泣く。
三年前、伯爵が亡くなってからも接触は試みていた。
夜道で危険な時は注意したし、無防備に広場のベンチで寝ていた時も泣いていて涙を拭ってから声をかけた。よりもよって全部自分ではない記憶になっているが。
ヴィールは初対面だと思っているが、こちらは前から知っている。
「ヴィールちゃんが騎士団長だと思ってるのって、全部貴方?」
「……」
「そうです。なんでか主人、ヴィールさんに言わないんですけどね」
がっかりされそうだから、なんて女々しいだろうか。
ズワールドの事を英雄視しておいて、それが目の前の男だったと言って信じてもらえるとも思えない。
どちらにしても傷つくのはこちらだ。
「素直になればいいのに」
「やーね、このツン具合がいいんじゃない」
呆れる侍従と楽しむ商人に囲まれて居心地が悪い。
「他にもあるでしょ? ふふふ、それは次回かしらね~」
* * *
ピュールウィッツ伯爵が所持する北東地域ナチュータン南側の領地境。
ここにブライハイドゥ公爵別邸がある。両親が物心ついてすぐに亡くなったのもあり、祖父から公爵位を継ぐ為の教育が激しさを増した。
嫌になって逃げ出しては伯爵領に入り、木の上に登って一人の時間を過ごしていた。公爵令息が木登りをするという発想がない別邸の侍従達は当然俺を探せない。丁度よかった。
「……」
けど意外な人物に見つかった。土まみれで花と草を抱える同じ年頃の少女。じっと見上げ凝視するが、それ以上はしてこない。あちらからは影になって見えないはずだ。
「ヴィール」
伯爵が呼んで、彼女の手を取る。
「良いのですよ。そのままにしてあげなさい」
伯爵は木の上に俺がいる事を知っていて容認した。領地に入るのも、令息としてサボるのも良くないと分かっているのに。
「……」
そこから何故かヴィールがバスケットを持ってきたり、花や草を持ってくるようになった。バスケットの中身がサンドイッチだったので、人認定されてそうだ。
じっと見上げて確認してから置いていく。折角なのでバスケットの中身は頂く事にした。ヴィールは空のバスケットを見ては満足そうに頷く。
ある時、彼女の方が早くに着いていて木の根本で眠っていた。
呑気なものだと覗き込めば、寝たまま言葉なく泣いていた。それが初めてだった。
「泣いているのか」
「いつも一人で泣くんですよ」
伯爵が気配なく背後にいたものだから、驚いて肩を鳴らす。
にこりと微笑んでヴィールの側に座った。同じように彼女を挟んで反対側へ座る。
「母親が亡くなってから、こうして一人の時に泣くんです」
優しく髪を撫でる。
ほら貴方も、と促す伯爵におずおずと同じように撫でるとヴィールが身じろいだ。
「ありがとうございます」
そう言って俺の頭を撫でる。よく出来たと褒めるように。朧げな父の記憶と重なった。
「手も」
「手?」
ヴィールの手に自分の手を寄せると、するりと握ってきた。たまに指先が絡んでくる。
寝ているから体温が高い。けど涙は引いた。人肌に安心したのかもしれない。
伯爵に視線を戻せば満足そうに頷いた。
ヴィールがここで泣きながら眠るようになってから、ヴィールの涙を拭う日々が続いた。
伯爵からは研究の話をよく聞いた。おまけにヴィールが姿も知らない俺を気に入って昼餉を用意している事も聞く事になる。
ヴィールが俺を知る事はなかった。けど俺は彼女が心豊かであると十分知ってしまう。
そして自分が特別に扱われているのではと思えたし、自身もヴィールが特別になっていった。これをホイスは餌付けされましたかと揶揄したが返す言葉もない。けど心が決まってしまうのに時間はかからなかった。
「伯爵」
「はい」
そんないつもの日、意を決して伯爵に伝える事にした。
「ピュールウィッツ伯爵令嬢に結婚を申し込みたいのです。お許し頂けますか」
丸くして、その瞳を瞬かせる伯爵。
子供の言う事は信じられないだろうか。第一、自分はヴィールと顔合わせすらしていない。
すると伯爵は笑い出した。
「それは僕に言うことじゃないよ」
「ですが」
「ヴィール本人に言うことでしょ?」
貴族間での申し出は本来当主から当主へされる。
しかし伯爵は言う。本人に言うべき言葉だと。
押し黙る俺に、そうだねえと伯爵は楽しそうに目元を緩ませた。
「君の気持ちが変わらないままで、ヴィールが君だけの前で泣くのなら、そのままずっと彼女を側においてあげて下さい」
「伯爵」
「僕がいなくなっても、髪を撫でて、手を握って、涙を拭いてあげて下さいね」
「……はい」
互いに王都へ戻っても、彼女の安全だけは調べさせていたし、伯爵とやり取りはしていた。
ヴィールとはっきり再会するのは伯爵が亡くなった三年前。
伯爵が亡くなり、墓を前にしたヴィールに声をかけた時だ。彼女は泣かなかったが、ずっと墓の前に立っていた。
その時はっきりした。まだヴィールに心寄せている事を。
動向を確認し続けていたとはいえ、自分が子供の頃から変わらずヴィールを想えていたのは自分でも驚く事だった。
* * *
「じゃ、次を楽しみにしてるわ」
「考えておきます」
「あらもう決定事項よ? それで同人、んん、小説書くから」
「はあ」
小さい頃から自分付だったホイスも中身までは詳しく知らないだろう話。ヴィールなんて忘れていそうな過去だが。
「で?」
「はい」
「貴方、ヴィールちゃん好きなの?」
どうやら何が何でも言わせたいらしい。
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