平民のち怪盗

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22話 ヤキモチのち御褒美の提案

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「じゃそろそろ帰るから」
「おう……どうした、ヴィール?」

 挙動不審だけど、と言われる。いやもうニウとそんなんじゃないのに。
 子供達もいなくなったし、恋人云々の話でもする? いやそれも違う気がする。

「ああ、ニウか?」
「うっ」
「はは、お前わかりやす」
「やめてよ……」

 年齢が近くて話しやすい彼の名はブリット。私より五つくらい年下の割に大人びていて、今度騎士募集に申し込む。そのせいもあってかニウとはよく話しているし、稽古もつけてもらっているようだった。

「そんな仲良いつもりじゃないのに」
「はは、どんまい」
「どんまいて」
「んー、まんざらでもないんだろ?」
「どう解釈したらそうなるの」
「お、旦那が来たぞ」
「え? 旦那って」

 ぐいっと肩を掴まれ引き寄せられる。とんと、掴まれてない方の肩が触れて見上げれば息が止まった。
 近すぎでしょ。否応にも思い出してしまうから止めてほしい。

「!」
「油断も隙もない」
「はい?!」
「ブフッ」

 目の前の彼は吹き出すし、ニウは不機嫌だし、なんだっていうの。

「なに? 離してよ」
「嫌だ」

 逆に力が強くなった。なんでよ。

「ヤキモチか?」
「え?!」

 ブリットに言われ視線を戻せば、生暖かい目でこちらに微笑む。対してニウは何も言わない割に不機嫌度だけが増していた。どっちが年下なのと言わんばかりの状態じゃない。
 ヤキモチって……本当に?
 私に好意があると言うのが本当であれば、私が男の人と仲良くしてれば気に入らないかもしれないけど、それにしても心狭すぎじゃない? というか、今の今までいつも通りの態度だったから、あの夜のことはなかったんじゃないかと思ってたぐらいだった。
 見上げても、眉間に皺寄せてこちらを見ないニウ。なんなの。

「ねえニウ、ヤキモチも度が過ぎると可愛くないよ」
「誰が、焼きもちなんか」
「じゃあなんでそんなに怒ってんの」
「怒ってない」
「そんな不機嫌顔して否定しても説得力ないし」
「違う」
「はい?」

 拗ねている。
 明らかに拗ねているのに認めない。なんなの、ニウってば。
 顔つき怖くて上から目線で自意識過剰だけど、こんなとこで意地張るなんて思ってもみなかった。
 もう一つぐらい文句でも言おうかと思った時、ブリットがまーまーと言って間に入ってくれる。
 ブリットの方が圧倒的に大人の対応な気がするけど。

「ほら帰るんだろ?」
「まあそうなんだけど」
「じゃ、さっさと帰れ。ニウも次、剣合わせるのよろしく」
「ああ」

 私たちの背中を押して帰らせようとする。肩を抱く手は離れ、距離ができてほっとするも、すぐにその手は私の手に絡められる。
 びくっと肩が鳴ってしまうと、私を見下ろすニウが微かに笑った気がした。
 こやつ、今日やたら触ってくるな。
 そのまま貧民街を抜けて、護衛を連れて帰路に入った。

「あ、そうだ」
「どうした」
「ちょっとあそこ寄りたい」

 道中広場を指差すと、分かったとあっさり頷かれた。手は絡めたまま、時折指で私の手を撫でてくるけど無視を決め込んだ。思えばニウはやたら私に触る気がする。

「あ、あった」

 あっさり手を離してくれた。
 やっと離せてよかったと思いつつ、目的のものに手を出す。これは触っても大丈夫なやつ。

「あ、ニウはそこにでも座ってて」
「何をする気だ」
「採取」
「……」

 今この時に? という顔だ。いつしたっていいと思うけど。

「いいじゃん、この前の潜入のご褒美的な」
「褒美?」
「研究の時間をもらう。これがご褒美」

 セルフご褒美だけど。
 護衛はニウの側に立ったまま、私はニウの手の届く範囲でサンプル採取だ。このあたりの分布図はかなり精度の高いものになった。実にいい。

「うふふふ」
「嬉しそうだな」
「もちろんだよ」

 大量に手に入った。気分がすごくいい。しかも薬草だ。この前採取した時に取り損なったものだろうけど、ここで改めて回収できてありがたい。また加工してラートステに買い取ってもらったり、貧民街に寄附しよう。

「そうだ」

 採取後、家の前まで送ってもらったついでに、今現在までの分布図をニウに見せることにした。
 みるみるニウが考える時の顔になった。

「薬草がやたらこの辺りに集中しているな」
「そうだね、まあここから拡大してるんだと思う」
「……」

 貧民街と平民街の間から恐らく始まっている。動物、この場合鳥の可能性が高いのだけど、運んできた種が丁度ここだったのだと思う。けど、いかんせん増えるのが早い。小難しい条件は必要のない植物だけど、にしては三年での拡大幅は大きい。
 それに懸念すべきは、薬草にまじって毒草も拡大していること。最初は薬草。後から徐々に毒草が広まっている。

「これの写しは」
「ないから、今度作って持ってくよ」
「ああ、助かる」

 ニウは相変わらず考えたままだった。
 その視線がすいと私を捉える。

「褒美とやらだが」
「え、その話まだ続いてたの?」
「ナチュータンに行くか?」
「え?」

 その名は父の所有していた土地。私が継いで奪われた土地、北東の辺境だ。
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