もしかしたらやりすぎたかもしれない話

睦月

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6.(ティメオside)

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 学院時代に共に学び、現在でも悪友と呼べる存在でもあり、なによりこの国の王であるセシルから送られてきた手紙を再度読み込んだ私は、変わらぬ内容に顔をしかめた。

 それは自分の息子の婚約者候補として私の娘を茶会に招待したい、といったもの。

 確かに、王族に嫁ぐというのは貴族の娘にとって夢のような事だろう。

 しかしあの子クレアはまだ4歳になったばかりで、将来のことを考えるには些か早い年齢だ。
 王子であるマティス様に不満があるというわけではないが、できればクレアには物心ついた後に自分自身で決めさせてやりたい。

 だというのに今回の茶会は強制のもので、断ることなどできない。

 先日仕事の報告にセシルの執務室を訪れた時に既に一度この話を振られていて、しかもその際に断っているのだ。
 なのにこうして王宮から手紙がやってくるという事は、王族としての命令なのだろう。……半分、悪友としての嫌がらせの意味もあるだろうが。

 魔法使いとして優秀な、クリュッグ家の血を王家に取り入れたいという気持ちはわからなくもない。昔、反対にクリュッグ家の方こそ王族の血を欲していた事もあったのだから。
 しかし今の私にとって、それとこれは別問題だ。

 タイミングの悪さに私は苦笑した。

 少し前の私なら、喜んでクレアを王族に捧げていたのだろうに。


 *  *


 『娘』という生き物を、こんなにも愛おしいと思うようになったのは一体いつからだったか。

 膝の上に座るクレアを見つめながら私は考えた。

 きっかけは確か3年程前、クレアが熱を出してから少し変わったあたりだ。……物怖じをしなくなった、とでも言えばいいのだろうか?
 それまでただの『道具むすめ』という認識しかなかった生き物は、よく私の側に来て 、言葉少なに話しかけてくるようになった。

 昼間私は魔法の研究などで屋敷にはいない。しかし用事がなく、屋敷にいれば必ずと言っていいほどクレアは私を訪ねてきた。
 クレアはあまり話すほうではない。しかしよく笑顔を見せているのだから、私と違って無愛想といったわけでもないのだろう。
 私は私で、このくらいの娘と話すような話題を思いつかない為、必然的に言葉少ないクレアがぽつりぽつりと話す言葉に私が相槌を打つ。

 いつの間にか私にとってその時間は、肩の力を抜けるものになっていた。
 
「……おとうさま?」
 
 いつまで経っても話を始めない私に痺れを切らしたのだろう、クレアが私を呼んだ。

 返事代わりにクレアの頭を撫でる。毎日リームが丁寧に手入れをしているからだろう、さらりとした髪が心地良い。
 いつからか息子であるクリストフの真似をして、こうやって撫でたりといったような事を私はし始めるようになった。前に比べて、少しぎこちなさがなくなったと思いたい。

 今回私が話があると呼んでいた事を思い出したのだろう、私が頭を撫でたことによってか、ふにゃりと崩れかけた顔を慌てて引き締めたのが微笑ましい。

 手紙のおかげでささくれていた心が、癒されていったように思う。これなら問題なく本題に入れそうだ。

「……今度王宮でお茶会があるのだが、クレアに招待状が届いている」
「……お茶会?」

 これまで縁のなかった王宮での茶会に自分が呼ばれたということが不思議なのだろう、クレアが首をかしげた。

「そこには第一王子であるマティス様も出席なさる為、断ることができない」

 脳裏に浮かんだのはあの忌々しい悪友からの手紙。思わず眉間にシワがよりかけるが、聡いクレアは私の機微をわかってしまったのだろう。
 不安そうにしたのを慌ててフォローする。

「茶会は一週間後にあるのだが……、最悪マティス様と顔合わせをするだけでもいい」

 そう言えば少しは不安がなくなったのか、クレアはしぶしぶ頷いた。


 *  *


 茶会当日。

「準備はできたか?」
「はい、おとうさま」

 王宮まで私がクレアを送る為、部屋まで迎えに行けば既にドレスアップを済ませたクレアがいた。
 くるりと鏡の前でクレアが一回転。ふわりと青いドレスが膨らんだ。

 どうやらリームは良い仕事をしたようだ。

 少し恥ずかしげにはにかんだクレアが可愛らしい。

「なら行こうか」

 手を差し出し、クレアがその手をとったのを確認してから魔法を行使する。
 そうすれば一瞬で景色が変わり、転移魔法の力によって私達は既に王宮の地を踏みしめていた。

「……酔ってはいないか?」

 転移魔法では稀に気分が悪くなってしまう者がいるのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。

「ああ、クレアは初めてだったな。驚かせてしまってすまない」

 初めて体験した目に見えた魔法に驚いているのだろう、目をまん丸に開いていた。
 思わずくすりと笑い声が少し漏れたが、未だ驚いているクレアには聞こえていないようでよかった。

 魔法使いの家系たるもの、これくらい慣れてもらわねば今後どうなるのやら。

 繋いだままのクレアの手をひき、茶会の会場である中庭まで歩いて行く。……流石の私でも直接飛ぶような無粋なことはしない。
 
 しばらく歩いていれば、他に呼ばれたと思われる人々がいた。どうやら始まろうとしていたところらしい。

「丁度良い時間に着いたな」

 ここからはクレア1人で行かせなければならない。
 名残惜しいが繋いだ手を離せば、不思議そうにクレアが私の方を振り返った。

「私はこのまま仕事の報告に行こうと思う。……クレアがお茶会にいる間、私は王宮にいる。何かあったら使用人を通して伝えなさい」
「……はい、おとうさま」

 きっと周りを見て理解したのだろう。
 親元から離れて移動し始めている少女達を見つめるクレアの背中に手を添えれば、最後にもう一度だけクレアが振り返り歩き出して行く。

 それを暫く見届けてから、私は転移魔法を使った。

 ……忌々しい悪友の元へと。


 *  *


「やぁ、そろそろ来る頃だろうと思っていたよ」

 執務室に悠々と座る人物を見て、私は溜息をつきたくなった。

「……研究の報告書を持ってきた」
「ありがとう。でも本題は?」

 机の上に頬杖をついて聞いてくるその姿に、今度こそ深い溜息をついた。どうやら今は悪友としての顔でいるらしい。

「……今回の事はどういうことだ?」

 問い詰めるように聞けば、王族特有である金髪碧眼の整った顔に似合わない、憎たらしい笑みを浮かべながらセシルが答えた。

「王族としての意志が2割。残り半々が嫌がらせと、……一度でいいからあの堅物なティメオが溺愛してるっていう娘を見たかったからかな?」

 想像以上にタチが悪い。

「ダシに使われたお前の息子が哀れだな」

 きっと今頃少女達に囲まれている事だろう。この悪友と学院で行動を同じにしていたが為に味わったあの苦しみは、今でも苦い思い出として残っている。

「やだなぁ、茶会は最初から決められていた事だよ? そこにちょっと君の娘を入れただけだって」

 こんな事をほざいているが、本当のところどうなのか。こいつならやりかねない為、一概に言えない。
 思わず頭が痛くなり、眉間を揉み込んだ。

「まぁこの話は置いておいて、……開発中の結界魔法陣と、近頃増えてきている魔物の話でもしようじゃないか」

 どうせこの後時間空けてるんだろ? 大人は大人で仲良く話をしておこうじゃないか、なんて。


 ……本当に食えない男だと思った。


 *  *


 暫く時間が経った頃、執務室のドアがノックされた。

「入れ」

 相変わらず切り替えが早い。
 その声に従って入ってきたのは、確か茶会に待機していた使用人の一人。

「失礼します。こちらにクリュッグ卿がいると伺いましてやってまいりました」
「……私ならここにいるが、何かあったのか?」

「クレアノーラ様が体調を崩してしまったようなのです」

 隣にいる男に目配せをすれば、

「ああ、いいだろう。この話は次回持ち越しにしよう。……娘の所に行ってやれ」

 そう苦笑しながらセシルが言った。

「ありがとうございます」

 一礼し、すぐさま転移する。

 

 一体どこにいるのだろうかと辺りを見回せば、中庭の木陰の下にある椅子にクレアが座っていた。……顔色が悪い。

「無理をするなと言っただろう」

 そう言いながら抱き上げれば、ぐったりと体を預けてきて小さくごめんなさい、という声が聞こえた。
 どうしたのか聞けば、王子にまだ挨拶ができていないと言う。




 ……次に悪友バカに会った時、一度殴ってやろうと思う。

 




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