R. I. P. 【6 feet under】

ギイル

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一章

インポスター

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DEMディムにも分からない事がある。
例えば、生前の記憶。例えば、個人の考えている事。例えば、行方不明者の事。
「行方不明なんて存在するんかいな」
DEMディムに分からない事は自分達にはもっと分からないというのが彼らの見解だった。
「ただそこにいいひんかった(いなかった)だけちゃうん」
「そう思って1日待ってみたんだけどね」
「現れへんかった(現れなかった)と」
そう、メイムはあの部屋で24時間は待ってみたのだ。
1時間毎にディムにミタマの所在地を問うていた。しかし一向にミタマの所在地はあの部屋から動こうとはしなかった。
3時間前のあの部屋にミタマは存在し、そしてメイムも存在した。なのにすれ違うことはおろか、影も形も現れなかった。
「おかしいな。バグちゃうん」
「ディムがバグることなんてあるの?」
「なんか過去一回だけあったみたいな話は聞いたことあんねんけど、俺がこっちに来る前の話やさかいに(話だから)あんま知らんねん、ごめんな」
見た目に反して根は優しい子らしい。人は見かけによらないなと、若へのただのチンピラだという印象が髪筋ほどだが見直した。
適当に投げて散らばった点を気持ちばかり道と呼ぶに相応しい直線で繋がれたような道を、二人は迷う事なくすいすいと歩いてみせた。
幾つもの道が交差した人のたまり場になっている開けた場所で、群青色に染まった朝空が目に入った。
「メイメイ」
広場に差し掛かろうとした時、若がただ声をかけるにしては強い口調で名前を呼んだ。
メイムは不審に思いながらも視線だけで応えてみせた。
警戒の色を帯びた琥珀色の瞳と視線がかち合う。
「メイメイ、正直に答えてや。その部屋で何かしたん?」
若にしては珍しく潜められた声にメイムは身を固くした。気のせいでなければ、肩を掴む若の腕も力が入って強張っているように思える。
「不法侵入…。あとは家の中を無断で漁った」
「そんだけ?」
「多分、それだけ」
「そうか」
若はポチに目配せをする。ポチが頷く事はなかったが目を若干細めたあたり了承の意を表したらしい。
「走り(走れ)!」
角を曲がった途端若がぐいと突き飛ばす様に背中を押した。潜められているものの圧のある声に、メイムは上手く状況が飲み込めないまま、背中を押されるようにして走り出した。
遅れて駆け出したポチが手近にあったゴミ箱を倒す。お世辞にも綺麗とはいえなかった道に散乱したゴミを蹴散らす音が後方で聞こえた。
「何が起こってんの!」
「ごちゃごちゃ言わんと走り!」
危うく舌を噛みそうになりながらも何とか置いていかれないように精一杯走った。
曲がる場所を間違えては二人に腕を取られ、縺れた足を自身の足を何度も踏みながら、後ろを振り返ろうと首を捻る。特に何も無い空を見て若は舌打ちをし、ポチはそこ目がけて近場の物を引っ掴んでは放っている。
「何から逃げてんのさ!」
「お前インポスターも知らんのか!」
「初耳なんだけど!」
逆に何故知っていると思ったのか。ここ数日で何度目ともなる言葉を呑み込んだ。
「後で説明するからはよ走れ!あとちょっとで街から出れる!」
言われて前を向けば確かにこの街に入った時に通った気がするこの街にしては大通りと、華町と彫り込まれたシンボリック的なアーチが見える。
この場に相応しくない、ゴールを目指して走る子供の頃のような感覚に浸りながら、三人はアーチの下を走り抜けた。
「ゴール!これで追いかけっこは終わりや!勝ったで!」
訳も分からず息を切らしたメイムの隣で、若が拳を振り上げて跳ねている。どこにそんな元気が残っているのかと体力の違いをまざまざと見せつけられながら、肩で息をして地面にへたり込んだ。ポチを伺えば汗一つかかず涼しい顔をして立っていた。
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
メイムは呼吸を整えながらからからになった口を開いた。
「インポスターって何?」
覗き込むようにして立っている二人を見上げると、双方同じ場所を見て、若に至っては顎で軽く指す。
目線を辿ると一様にアーチの下を見ている。
しかし朝焼けに照らされて霜が燻るシャッター街は何の変哲もないただの朝方の飲み屋街だ。
「地面、よく見てみ」
一向にぽかんと宙を見上げるメイムに痺れを切らしたのか、若はまた顎で指す。
アスファルトの道路だ。しかし奇妙でアスファルトには珍しく黒い傷のような線が数本ついている。
「あれがインポスターや」
「あの傷みたいなのが?」
「まあ詳しく言えばあの傷をつけてる奴のことやけどな。俺らには見えへん、謎の生命体。基本的にこっちの世界に干渉しないんやけどな」
「俺そんなにやらかしたかな」
若は腕を組んで記憶の隅から隅へと考えを巡らせるメイムを横目でじとりと見た。まるで見え透いた悪戯をした子供を嗜めるような視線だ。
「ほんっとに心当たり無いんだって」
「ほんまか?インポスターに追われるなんてよっぽどやで」
二つの双眼に見つめられてメイムは口をへの字に曲げた。顎に手を当てて左上の宙を見つめ眉間に皺を寄せる。
いくら考えても本当に覚えがないのだ。
暫く黙り込んだ末に仕方なしに肩をすくめてみせる。
「メイメイ、ほんまは友人の家やなくて『R. I. P.』の超大事な機関に入り込んだスパイみたいな奴とちゃう(違う)やろな」
「断じて違う!」
腕を組んで疑わしげに見てくる二人にメイムは尚も首を横に振る。何度問い詰めても嘘をついているようには思えない顔をして困惑するメイムの顔に、若は警戒をとくと腰に手を当てた。
「じゃあなんかやばそうな機密情報とか知らん間に持ち出してない?」
「ないない。そんな機密なんて!」
そもそもこちらの世界に来て日が浅いメイムが立ち寄った場所なんて片手で数えられる。 R Ⅵアール6、リスポーン地点、ミタマの家。
「…あ」
ミタマの家から持ち出したモノなら一つだけある。
「あ?」
「いや、なんでもない」
「いや、今あって言うたよな?言い逃れはできへんで」
「あー。えーっと…」
走った衝撃で落としていないだろうか。不意に不安になってポケットの中に手を突っ込む。
人肌で少し緩くなったビニールの感触が指先に触れてメイムはほっと胸を撫で下ろした。
「薬」
「薬?なんの?」
「なんか、これ」
周りに人がいないことを確認してポケットの中身を引っ張り出す。暗い部屋ではあまり不思議に思わなかったが黄色と黒のマダラ模様をした、なんとも飲む気も失せる色をした薬を目の前に掲げた。
「なんやこれ、気持ち悪いな」
「知らない?普通の薬では無いはずなんだけど」
「この世界で普通の薬なんて売ってるわけないやろ。これはなんかのドラックやな」
ドラックという言葉にメイムは頬を引き攣らせる。
「変な顔してんときいな(しないで)。この世界でドラックなんて珍しいもんでもないで」
そう言って退けた若に同調するようにポチが一言「わん」と鳴いた。若曰く、自身のチームも末端の人間に関しては一部で売買の片棒を担っているとかいないとか。
自分はやっていないけれどと丁寧に付け加え、若は薬の入ったビニールの袋を手に取った。
「でもこれに反応してるみたいやしな」
話に夢中になって存在を忘れていたがアーチを挟んで向こう側にはまだインポスターがいるのだ。地面に着いた黒い傷跡はアーチを境に横に移動してうろうろしているようにもとれた。
「それ以上インポスターを刺激しない方がいいんじゃ」
「大丈夫やて。インポスターは地区の変わり目の部分は跨げへんから」
「地区ごとにインポスターがいるの?」
「わん」
ポチが頷いた。
「詳しいね」
「まあ、この世界の住民にとっては基本知識やしな。そのおかげでそのあたりで抗争耐えへんのやけど」
若は薬をメイムの手の中に押し付けるように渡すと、肩を含めてため息を吐く。
「地区の境界線は謂わばセーフゾーンや。まあ、滅多に使うことはないやろうけど、万が一の時に持ってた方がいいわな」
「つまりそこを取り合って抗争が生まれていると」
「物分かりがええな」
『R.I.P.』に入って早々に巻き込まれた抗争もその一端だったのだろう。
「とりあえずその薬は正体がわかるまで境界線に置いといた方がいいな」
「えっ」
思わず変な声が出てしまった。隠すと言ってもどこにインポスターにも人間にも見つからない場所があるのだろうか。
顰められた表情からあらかたのことを読み取ったのか、若は吹き出して笑った。
「別に道端に隠せ言うてるんと違う。境界線にシマを持つ偉い奴らに預けえいうことや」
「そんな人いる?」
「ここにおるがな」
若が自信満々に自身の胸に親指を立てた。歯を見せてまたニヤリと笑う顔は得意げで悪戯を成功させた子供のような顔だった。
「俺ら『G Rジーアール』はⅤとⅥの間に小さいけどシマがある」
安心しろという主張が全面に押し出した顔で見つめられると、どうしても拒むことができない。
思わず薬を渡してしまいそうなのを必死に堪えていると、珍しくポチが口を開いた。
「若」
一言。それだけでポチは若の意見に賛成はできないという否定の色を含んだ声音だった。
若はそんなポチを一瞥するとまた大きくため息を吐く。
「わかってるって。今はチームも忙しいから面倒ごとを持ち込むなっちゅう話やろ。けどここで会ったのも何かの縁や」
「若」
「うるさいなあ。お前は反対しても決定権は俺にあるんやから黙って着いてきてくれたってええやろ」
「若」
もはや若としか口にしなくなったポチの声は段々と不機嫌になってきている。若も若で、一度大きく出た手前引くことも格好がつかないと思ったのだろう。意固地になっている気がしないでもなかった。
「いや、いいよ。別の人を頼ってみる」
「なんや、伝があるんかいな」
睨み合っていた若とポチが目を丸くしてメイムを見た。その圧に顎を引いてしまいながらも辛うじて頷いて返す。二人は更に顔を見合わせて怪しいものを見るように目を細めて伺ってきた。
「嘘ついてると思ってるでしょ」
「そらな。来て相当日が浅いのにどこにそんな伝を隠しもっとんねん」
「いや、ちょっとおっさんに頼ろうかと」
「おっさん」
「『La Mラム』の白狼に頼ろうかと思って」
途端二人は後ずさる。掌を返したような過剰反応に今度はメイムが目を細める番だった。
「どうしたのさ」
「いやいやいやいや、普通その言葉聞いたらこうなるやろ」
「え、おっさんってそんな凄い人だったの」
「いや、あいつをおっさん呼びするメイメイが凄いわ」
何やら双方には因縁があるらしい。
「まあ、そいつのところに行くなら案内くらいはしてやれるで」
「じゃあお言葉に甘えて」
「けど俺達のことも紹介くらいはしてな!」
途端に食いついてきた若の顔を近いと手で押し返しつつメイムは頷く。
「ほな、さっそくいこか!」
若は上機嫌で歩き出し、後ろをついて歩くポチも心なしか足取りは軽そうだ。
現金なやつらだと半ば呆れながらも、その無邪気さにメイムは二人に向かって微笑んだ。
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