花ひらひら

柊 ゆうか

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共通話1

懐かしい味

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さっさと肌襦袢を脱いだ私は、Tシャツにフレアスカート姿。
夏に好んで着るスタイル。

自分の格好をくるりと見渡し、一応確認した。

「おい、水。ここに置く、ぞ…っ!!」

水がいっぱい入った洗面器のような桶を、私の足元に置きながら、戻って来た可也斗が絶句したような顔をして固まっている。

「ん?あ!ありがとう。足の裏やっぱり真っ黒になっててさぁ、畳を汚しそうで嫌だったんだよね~って…どうしたの?」

「はっどうしたのはお前の方だ!!なんで脱いでるんだ!着物を着ろ!!用意しておいただろう!」

「えっ?なんで着物?」

「いいからさっさと着ろ!!」

「うっうん?」

可也斗の迫力に負けて、思わず返事をしてしまったけど着物ってこれだろうか?

「着るのって、この掛けてある着物でいいの?」

「ああ、それ以外にないだろ」

可也斗の姿は見えないけれど、壁に背を向けて着替え終わるのを待ってくれているみたいだ。

(なんで着物?) 

私はしぶしぶ服を脱ぎ、もう一度肌襦袢に袖を通していく。
着物を着るのは私にとってはそう難しいことではない。
何故なら普段から良く着ていたから。
爺様は洋服よりも和服好きで、私の着る物も物心ついた頃には殆どが着物だった。

(流石に学校には洋服だったけどね)

だから着物を着るのは問題ない。

(着るのは!…帯どうしよう) 

取り合えずくるくると巻いてみた。

(爺様に怒られるわね…怒りに来てくれないかなぁ?なんて…)

「はぁ~」

(爺様はもういない…)

「おい、まだか?」

思わず爺様を思いだし、落ち込んでしまった。
可也斗の声に顔を上げると、声のした方を見つめた。 

「あっごめん。帯が上手くできなくて…」

「帯?そっちに行っても大丈夫か?」

「うん構わないよ?」

「お前の構わないは信用ならないんだよ…」

「ん?なんか言った?」

「なんでもねぇよ」

顔を出した可也斗が一瞬驚いたような顔をしていた。
直ぐに私の元に来ると器用な手つきで帯を私の肩に掛けて巻いていく。

「これくらい一人で出来ないのか?」

「うっ…なんでか帯だけは変になるのよね~。爺様にも毎朝怒られてた」

「毎朝!?じいさんにしてもらってるのか!?」

「でっでも!今時私ぐらいの年齢で着物一人で着れる人って殆どいないよ!ってかいないよたぶん!」

「はぁ?着れるのが普通だろう?それともお前、良いとこのお嬢なのか?そんなふうに全然見えないけどな」

「お嬢さまぁ?んなわけないでしょ!」

「あ~だろうな。お前が良いとこのお嬢なわけないか。っとほら、できたぞ」

ポンっと背中を叩かれて振り替えると、可也斗がじっとこちらを見ていた。

「ありがとう!…なに?似合わない?」

「いや…」

「なにそれ~もっとこう言うことないの?」

「あ~はいはい。似合う似合う」

「うわってきとう~」

(まあ、本気で可愛いとか言われても返答に困るからいいんだけど)

「ほら、待たせてるから行くぞ」

「待ってよ、まだ足洗ってないんだから」

「はぁ…早くしろよ?」

「はいはい」

私は桶の前に座ると、片足づつ足を入れて洗った。

(着物が濡れないようにもう少し裾あげとこ~)

着物を膝上まで上げて洗っていると、可也斗が落ち着きなくそわそわしている気がする。

(なに?そんなに急いでるの?)

(足を出しすぎだ!俺がいるんだぞ!見られてもいいのかよ)

近くに置いてあった手拭いで足を拭いて、桶を持ち上げると可也斗が私の手から桶を取って外の庭に水を投げ捨てた。

「うわ、驚いたぁ。なるほど庭に水を撒けば捨てるの楽ね」

可也斗は目線だけをこちらに向けて、さりげなく私から手拭いを取り、空になった桶の中に入れるとスタスタと歩いて行く。
私もその後ろを何も言わず少し小走りで付いていった。

(歩くのはやっ!)

小走りで何気なく眺めた庭の風景と空が、夏のそれとは違って秋のようだと感じ、首を傾げながら可也斗の背を追いかけた。




入り組んだ廊下を付いて歩き、一つの部屋の前で止まると、可也斗は襖をスッと音もなく開け放った。

「やあ来たね、こちらに座りなさい」

私達が顔を出すと恭之助さんがひらひらと手招きしながら隣に座るように勧めてくる。

隣に座り辺りを見渡すと、錦さんと恭之助さん、それと可也斗以外に後二人、小さな女の子と男の子がお膳の前に座っていた。

女の子は鮮やかな羽織り物を着ていて、男の子は袴を履いている。

「あ~分かった!七五三ね!それで皆、着物着てるのね?なんだそっかぁ。ん?でも私まで着て良かったの?お参りとか行くんだよね?急いでたみたいだし、私も付いていっていいの?」

何故か皆、私に注目したままポカンとした表情で固まっている。

(あっあれ?違った?)

私が首を傾げていると、小さな男の子がふるふると肩を振るわせたかと思ったら、キッ!と鋭い目付きで睨んできた。

「誰が七五三だ!!私達はこれでも十四になる!!」

「えっ!?十四才なの?うっそ、見えない。ちゃんと食べてる?好き嫌いしちゃ駄目だよ?」

室内が氷のように冷えきったような空気に包まれた気がする。

皆が皆、困ったような顔をしている。
可也斗は呆れたように溜め息をついた。

「何なのですか!この失礼なおなごは!!」

「あっ兄様!落ち着いてくださいませ」

「離せ!二千花!」

「…えっと、なんかまずいこと言った?」

困ったように可也斗の顔を見るとお前が悪いと言いたげな表情をされて気まずくなってしまう。

「貴理也、落ち着きなさい。雪野殿、すまないね」

「あっいえ、なんか失礼な事言ったみたいで…」

「気にしなくていいよ。末の弟の貴理也と妹の二千花だ、仲良くしてやってくれ」

「双子?」

「そうだ!何か文句あるのか!」

「貴理也、いい加減にしろ」

可也斗に怒られて貴理也くんはフンっと顔を背けて黙り混んでしまった。

「双子、いいよねぇ。羨ましいなあ、でも性別違うから二卵性なんだよね?貴理也くんも二千花ちゃんも可愛いなぁ」

「かわっ…二千花は可愛いが私は男だ!可愛いなどと言うな!子供扱いもするな!!」

「えぇ~可愛いものは可愛い!!」

(しかも着物とか!!爺様が小さい頃から私に着物着せてた気持ちが分かった気がするわぁ~かっ可愛い!)

「まだ言うか!」

「あっ兄様!」

「はぁ~お前ら、いい加減にしろよ…」

「ははは!愉快だねぇ錦、雪野殿は双子を好ましく思ってくれているようだよ?」

「それは嬉しい限りだが…そろそろ朝餉にしないか?仕事に遅れてしまうぞ?」

恭之助さんの笑う声と錦さんの言葉に、双子が申し訳なさそうな表情をした。

錦さんは私達を見渡し、静かになった所で慈愛に満ちた笑顔で手を合わせる。

「では、いただきます」

皆手を合わせ、いただきますとお膳に唯一置かれたお椀を手に取って食べ始めた。

私もいただきますとお椀を手にして固まった。

(…何かしら?この見覚えのあるような食べ物は。いえそれ以前に食べ物なの?ねぇちょっと何か緑のどろどろした物がぼこぼこしてるんだけど?)

どろどろした緑色の物体、スプーンでかき混ぜてみると何とも形容し難い鼻が曲がりそうな青臭い匂いがしてくる。

思わず回りを見ると誰も文句一つ言わず黙々と食べている。

「無理なら食べなくていい」

私の様子に可也斗がボソッと小声で言った。
まるで、食べれる訳がないとでも言いたげに…

(くっ!覚悟を決めるのよ!せっかく作ってくれたのよ!きっと薬膳料理なの!)

ぱくっ!!

(……っくぅグハッ!!!!)

「まっずぅ!不味い!!何これどうやったらこんな不味くなるのよ爺様!!……あっ…」

言ってから気付いた…爺様の作る料理は不味かった。

(爺様もういないのに…)

それにせっかく用意してくれたのに、思いっきり失礼な事言ってしまった。

「あ…えっとごめんなさい!」

「はは、構わないよ、不味いのは確かだし」

「確かにねぇ。これほどまでに不味く出来るのは錦くらいだろう。その料理を毎日…いや毎食、問題なく食べれるようになってしまった私達の味覚に問題がありそうで私は怖いよ」

恭之助さんがフォローするように笑いながら言ってくれたのは良いけど…笑えないよ。

(これを毎食…きっと爺様が毎食作ってたら私は星となって両親のもとにいたと思う…近所のおばちゃん婆様達、幼い私に美味しいご飯をありがとう!)

思わず色々思い出し、感謝してしまった。

「錦さんが作ってらっしゃるんですね…奥さんとか彼女とか近所の知り合いのおばちゃんとかに作ってもらうとかできないんですか?」

「はは…残念ながら私にそう言う人はいなくてね。誰かを雇う余裕もないからねぇ」

「?近所の仲の良いおばちゃんは良く作りに来てくれたんだけどなぁ」

(私から頼んでみようかな?なんかお世話になったみたいだし、こんな可愛い双子ちゃんがコレを食べ続けてるなんて…いたたまれない)

「雪野殿は可愛がられていたんだねぇ」

「それはありますね。村に子供が少なかったから皆孫のように可愛いがってくれて…」

(それを言うならあの世話焼きな婆様達がこの子達を放っとくわけないのになぁ)

ジッとお椀の緑のお粥?を見つめて苦笑した。

「爺様が…私のおじいちゃんがコレと似たようなご飯を作るんで、近所のおばちゃんや婆様達が『こんなもん食わして雪野ちゃんが死んじまったらどうするんじゃあ!!』って爺様の変わりにご飯を食べさせてくれたんですよ」

「それは目に浮かぶようだね~ところで、雪野殿のご両親は…」

(まぁ、気になるよね。お母さんがご飯作らないの?的な、それを言うならこの家も似たような感じなのかなぁ)

「物心つく前に亡くなっています」

「そうだったのか…すまないね。うちも一年前に母を亡くしてね。それからは私が料理してるんだが、ご覧の通り」

(一年料理して、このレベル…)

「料理の才能が皆無なのだよこの男は」

そう言いながらお椀の中身を平らげていく恭之助さん。
そして黙々と食べている他の皆さん。

「そう言うならお前が作ればいいだろう?」

「私に作らせても、コレと似たような物かそれ以上に酷いものが出来上がってしまうよ。まぁ、ここにいる人間でまともに作れる奴は居ないねぇ。一番マシなのが錦だったというだけ」

(さっきと言ってることが違うような…からかったり弄るのが好きな人なんだろうか?)

「そっそうなんですか。大変な時にお邪魔してすみません…えっと今さら何ですけど、何故私がここにいるか聞いても?」

(ほんと今さらだけどね!そして、自宅のようにくつろいじゃってるし!)

「飯が不味いぐらいで別に大変って訳じゃない。気にするなよ」

黙々と食べていた可也斗が空になったお椀を置いて、私に視線を移した。

私は緑のお粥?を口の中に掻き込むと、むせそうになりながら呑み込んだ。

「おっおい」

突然の行動に、驚き慌てた様子の皆さんを涙目で笑いながら、私は不思議な気持ちになっていた。

「な、懐かしい…味が、します」

「おい!泣くほど不味いなら食うなよ!」

(あぁ、ほんとうに懐かしい…爺様と同じ味)

「大丈夫、嬉しかっただけ。ありがとうございます錦さん。この味を再現できる人がいると思ってなかったから、食べられて良かったです」

「そっそうか、なんか複雑だけどね」

納得いかないような顔をしている錦さんを後目に、恭之助さんが咳払いをした。

「さて、雪野殿がここにいる理由だが…」

と可也斗の顔を見る

「降ってきた」

「はっ?」

「だから降ってきたんだよ俺の上に!女の癖に屋根に上がるとかやめろよな!」

「はい?」

(屋根?降ってきた?)

「覚えてないのかい?屋根から落ちたんだよ。その時、可也斗が偶然下に居て、受け止めたんだけど頭を打っていたからねぇ。手当てしたんだけど…覚えてない?」

「受け止めたと言うより下敷きにされたんだけどな」

「せっかく私がいいように言ってあげたのに…可也斗も情けないだろう?男なら女性の一人もしっかりと受け止めなければ!」

「いきなり降ってきた奴をどうやって受け止めるって言うんだ!」

「そこは気合いだよ!男なら女性の前では強く格好よくなければね」

「話にならねぇ」

二人が騒いで、錦さんがやれやれと呆れたように様子を見守り、二千花ちゃんはオロオロと貴理也くんはまったく気にする様子もなくお膳を下げていた。

私は話を理解できず一人考えこんでいた。

(えっ?なんで?屋根?屋根に上がるとかした覚えない!落ちたってなに?とっとにかく長居しない方がいいよね?ってもう充分過ぎるほど長居してる気がするけど…ってそうじゃなくて!か、帰ろう!そう!帰ってまともにしてない遺品の整理しなくちゃ、よね?あ~もう!なに?なんで?どっから落ちたの!?頭打って記憶飛んだの!?)

「あの、因みに何処の屋根から、でしょう…」

私が言うと、可也斗は人指し指を上に向けた。

「うちの屋根。お前何してたんだ?」

今度は皆から疑惑の目で、視線が私に集まった。

(泥棒かなんかと疑われてる!?そうだよね、人んちの屋根から落ちたら疑うよね!そんなとこに居た覚えもないけどね!)

「さっさぁ?なんででしょう~あ、えっと…お世話になりましたぁ~!!」

さっきまでの暖かな雰囲気とは反対に、疑われ冷ややかな目で見られてしまい、居たたまれなくなって私は部屋を飛び出した。

私はあの目を知っている…

(とにかくこの家を出よう!!そんで帰る!!)

この時の私は、自分がまだ自宅の近所にいると思っていた。
小さな村だけど、村人全員知ってるわけじゃ無かったし、私の家に遊びにくる仲の良いおばちゃん達の知り合いの家にいるんだろうと思って、不安もなかった。
外に出れば知ってる風景が広がっていて、歩いてる婆様達が雪野ちゃんもう大丈夫なのかい?なんて話しかけてくるって… 
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