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メアリー(1)

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『もおおおおおおおっ! ふざけないでよ! 私の結婚式を台無しにして! レイフェルト様と結婚できなかったじゃない!』

「うるさいわね! 私だって作戦が失敗して、魔王様に叱られちゃうのよ!? アンタの恋路なんて知るもんですか!」

『ばっかじゃないの! あんな女に嵌められるなんて・・・! これじゃあ、姉さんを追い出した意味がないじゃない!』

「うるさいうるさいうるさい! ただの器のクセに私に意見しようなんて生意気なのよ!」

 空を飛んで逃げていくメアリーは、突然、一人芝居のようなケンカを始めた。
 ギャアギャアと一人で喚きながら、空をフラフラと左右に揺れながら飛んでいく。
 いや、それは一人芝居ではない。その身体に宿っている二人の人格が言い争っているのであった。

 メアリーはカーティス侯爵家に生まれた令嬢であり、その年まで何不自由のない生活を送ってきた。
 両親からは蝶よ花よと愛情を注がれ、容姿に優れ、勉学の成績も決して悪くはなかった。

 そんなメアリーであったが、彼女を苦しめる悩みの種があった。
 それは、実の姉であるマリアンヌ・カーティスへの劣等感である。

 たしかにメアリーは可愛らしい容姿をしていたが、マリアンヌの完成された美貌はそのさらに上を行っている。
 勉学や礼儀作法、ダンスなどの貴族令嬢として備えるべき教養でもメアリーの頭を抜いており、勝てる部分を一つとして見つけられなかった。

 おまけに、『癒し』と『雷』の二つの属性を生まれ持って聖女に選ばれ、メアリーが片思いをしていたレイフェルトの婚約者にまでなって見せたのだ。
 メアリーの抱いた劣等感は、もはや嫉妬を通り越して憎しみにまで至っていた。

『メアリー、私達は君を愛している。姉さんと自分を比べるのをやめなさい』

『そうよ、メアリー。あなたもマリアンヌも、どちらも大切な娘なのだから』

 両親は姉妹を分け隔てなく愛してくれていたが、それでも姉を特別扱いしているのは明白だった。
 それは次期王妃として当然のことなのだが、メアリーからすればはらわたが煮えるような感情しか湧いてこない。

「どうすれば姉さんよりも上に立つことができるの・・・? 私だって、聖女になればレイフェルト様と結婚できたのに・・・!」

 そんな妄想にも近い情念を持てあます日々が続く中。
 1年前、メアリーの前に一人の男が現れた。

『君の願いをかなえてあげよう。私が君を聖女にしてあげよう』

 黒いマントをなびかせた若い男。背中に蝙蝠の羽、頭にヤギの角を生やしている。

 その男は、メアリーに自分が『魔王』であると名乗った。

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