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侯爵家(1)
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ロクサルト王国。カーティス侯爵邸にて。
屋敷の奥にある執務室では、今日も屋敷の主である男が机で書類と睨み合っていた。
男の名前はウッドレイ・カーティス。
マリアンヌとメアリーの父親であり、少し前までロクサルト王国の宰相を務めていた貴族である。
年齢は30代後半といったところなのだが、憔悴が刻まれた顔は見るからにやつれており、10歳以上は老けて見えた。
「旦那様・・・少し、休憩されてはいかがでしょうか?」
見かねた様子で、傍に控えていた執事が声をかける。
カーティス侯爵はここ1ヵ月、ほとんど睡眠もとらずに働いていた。その仕事の大半は、1ヵ月前にレイフェルトの結婚式で起こった事件の後処理である。
宰相という地位を返上したにもかかわらず、侯爵の下には連日連夜、王宮から仕事の書類が舞い込んできていた。
侯爵もそれを拒むことはなく、まるでそれが罪滅ぼしであるかのように仕事に打ち込んでいた。
「この書類が終わったら休む」
「・・・・・・」
その言葉は聞き飽きた。
それと同じセリフを吐きながら、もう20枚以上も書類を処理しているのだから。
(無理もない・・・マリアンヌ様が、メアリー様があんなことになられたのだ)
執事はひっそりと溜息をついた。
ウッドレイ・カーティスという人物は、世間からはお家のためならば実の娘さえも斬り捨てる冷徹な人物と思われている。
しかし、実際は何よりも家族を大事に思う情の厚い人間であることを、長年仕えている執事は知っていた。
(あそこでマリアンヌ様を追放しなければ、王家と神殿をまとめて敵に回していたかもしれない。いかにメアリー様が新しい聖女に選ばれたとはいえ、神の加護を失うということはこの国ではあまりにも重いのだから・・・)
家を、家族を守るために娘を斬り捨てる。
それは血を吐くような辛い決断だったに違いない。
メアリーが魔族となって飛び去ってからというもの、カーティス侯爵家は全身全霊でマリアンヌの捜索をしていた。
貯蓄の大半を使って傭兵を雇い、マリアンヌが行方不明になった森に捜索隊を送った。
マリアンヌを森に捨てた騎士をひそかに捕らえ、拷問にかけて可能な限り情報を引き出した。
しかし、そうまでしたにもかかわらず、マリアンヌの死体も服の切れ端すら見つけることはできなかった。
もはや生存は絶望的である。
それでも、侯爵はマリアンヌの捜索をやめようとはしなかった。
日夜、仕事に打ち込みながら、合間を見つけては人を集めてマリアンヌを探していた。
「旦那様・・・」
このままでは主が倒れてしまう。
そう思って執事が声をかけるが、唐突に侯爵がペンを置く。
「・・・時間だ。アリアンナに会いに行く」
「っ・・・、もうそんな時間でしたか」
執事が壁時計を見ると、時計の短針が昼の3時を指していた。
侯爵が毎日のように欠かさずしている、日課の時間であった。
「書類を整理しておいてくれ。1時間ほどで戻る」
「・・・・・・」
有無を言わさず言い捨てて、侯爵は椅子から立ち上がって部屋から出ていった。
己の妻――アリアンナ・カーティスの部屋へと向かう主人の背中を、執事は痛ましげに見送った。
屋敷の奥にある執務室では、今日も屋敷の主である男が机で書類と睨み合っていた。
男の名前はウッドレイ・カーティス。
マリアンヌとメアリーの父親であり、少し前までロクサルト王国の宰相を務めていた貴族である。
年齢は30代後半といったところなのだが、憔悴が刻まれた顔は見るからにやつれており、10歳以上は老けて見えた。
「旦那様・・・少し、休憩されてはいかがでしょうか?」
見かねた様子で、傍に控えていた執事が声をかける。
カーティス侯爵はここ1ヵ月、ほとんど睡眠もとらずに働いていた。その仕事の大半は、1ヵ月前にレイフェルトの結婚式で起こった事件の後処理である。
宰相という地位を返上したにもかかわらず、侯爵の下には連日連夜、王宮から仕事の書類が舞い込んできていた。
侯爵もそれを拒むことはなく、まるでそれが罪滅ぼしであるかのように仕事に打ち込んでいた。
「この書類が終わったら休む」
「・・・・・・」
その言葉は聞き飽きた。
それと同じセリフを吐きながら、もう20枚以上も書類を処理しているのだから。
(無理もない・・・マリアンヌ様が、メアリー様があんなことになられたのだ)
執事はひっそりと溜息をついた。
ウッドレイ・カーティスという人物は、世間からはお家のためならば実の娘さえも斬り捨てる冷徹な人物と思われている。
しかし、実際は何よりも家族を大事に思う情の厚い人間であることを、長年仕えている執事は知っていた。
(あそこでマリアンヌ様を追放しなければ、王家と神殿をまとめて敵に回していたかもしれない。いかにメアリー様が新しい聖女に選ばれたとはいえ、神の加護を失うということはこの国ではあまりにも重いのだから・・・)
家を、家族を守るために娘を斬り捨てる。
それは血を吐くような辛い決断だったに違いない。
メアリーが魔族となって飛び去ってからというもの、カーティス侯爵家は全身全霊でマリアンヌの捜索をしていた。
貯蓄の大半を使って傭兵を雇い、マリアンヌが行方不明になった森に捜索隊を送った。
マリアンヌを森に捨てた騎士をひそかに捕らえ、拷問にかけて可能な限り情報を引き出した。
しかし、そうまでしたにもかかわらず、マリアンヌの死体も服の切れ端すら見つけることはできなかった。
もはや生存は絶望的である。
それでも、侯爵はマリアンヌの捜索をやめようとはしなかった。
日夜、仕事に打ち込みながら、合間を見つけては人を集めてマリアンヌを探していた。
「旦那様・・・」
このままでは主が倒れてしまう。
そう思って執事が声をかけるが、唐突に侯爵がペンを置く。
「・・・時間だ。アリアンナに会いに行く」
「っ・・・、もうそんな時間でしたか」
執事が壁時計を見ると、時計の短針が昼の3時を指していた。
侯爵が毎日のように欠かさずしている、日課の時間であった。
「書類を整理しておいてくれ。1時間ほどで戻る」
「・・・・・・」
有無を言わさず言い捨てて、侯爵は椅子から立ち上がって部屋から出ていった。
己の妻――アリアンナ・カーティスの部屋へと向かう主人の背中を、執事は痛ましげに見送った。
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