俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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第2章 帝国騒乱 編

15.女神の危機

side ルクセリア・バアル

「姫様、お食事をとらないと身体に毒ですよ」

「いいの、下げてちょうだい」

「姫様・・・」

 マクスウェル辺境伯領、領都アヴァロンにある宿屋に、私とお付きの護衛達は宿泊していた。
 マクスウェル領までついて来てくれたのは、専属侍女であるルーナと近衛騎士10人である。
    サラザール近衛騎士団長はもっと護衛を付けようとしてくれたが、今回の会談はランペルージ王家に悟られるわけにはいかないため、ごく少数だけでの来訪になった。

「姫さま、あの無礼者の言葉を気にしているのですか? しょせんは王国の田舎者。姫様のお相手にはふさわしくなかったというだけです!」

 専属侍女のルーナがそう言って慰めてくれたが、私を悩ませているのはそんなことではなかった。

「違うのよ、ルーナ。会談が失敗したことがショックだったわけではないの。今は少し考えたいことがあるから、一人にしてくれないかしら」

「姫様・・・かしこまりました。隣の部屋にいますので、何かあったらすぐに呼んでください」

「ええ、ありがとう」

 ルーナが部屋から出て行くのを見送ると、私はそっとため息をついた。

「ディンギル・マクスウェル・・・不思議な人でしたね」

 私の頭に思い浮かぶのは、私を振った男性のこと。

 マクスウェル辺境伯家の嫡男、ディンギル・マクスウェル様。

 正直に言って、最初は無礼でいやらしい男だと思った。
 私の身体を見つめてくる視線なんて、まるでグリード兄様のようで、不快感ばかりを感じた。

 しかし――

『俺は王家のことなんてどうでもいいんだ。王家を守るためじゃない、国を護るためでもない。俺は祖先の誇りと、俺自身の矜持のために戦っている』

 私を見つめてくる、あの瞳。あの強い眼差し。
 譲らない意志が込められた声を思い出すたび、なぜか心臓が高鳴ってしまう。

『誇りを捨てた手で女を抱くなんて、できやしない。誇りを持ち続けないと、男は男でいられないんだから』

「・・・あれが、殿方の「たくましさ」というものなのでしょうか?」

 宮廷の奥深くで隠されるように育った私は、自分と同じ年頃の男性と話したことがほとんどない。
 話し相手といえば、侍女と女性の騎士、あとはサラザール騎士団長や年配の使用人ばかりだった。

 初めて一対一で話した同世代の男性。
    彼のことを思い出すたび、味わったことがない奇妙な感覚が胸の奥にわきだしてくる。
 不快感ではない。外に出て走りたくなるような、ベッドに横になって転がりまわりたくなるような、興奮とも恥じらいともつかない感覚である。

「・・・もう少しだけ、あの方と話してみたかったですね」

 そうすれば、ひょっとしたらこの感覚の正体がわかるかもしれない。

「・・・今日はもう、着替えて寝ましょう。明日になればこの感覚も消えているかもしれませんし」

 私はドレスを脱いで、ネグリジェに着替えた。普段は何人もの侍女たちが着替えを手伝ってくれるため、旅先で一人で着替えるだけでも、不思議な高揚感があった。

「・・・そういえば、あの方も私の身体をじっと見てましたね」

 私は自分のネグリジェ姿を姿見に映して見つめた。
 あの不躾に私の身体を見る視線。あのときはただ不快なだけだったが、今は・・・

(求められていた。私を、女として・・・)

 ぼっ、と火がつくような勢いで、姿見の中の私の顔が真っ赤に染まる。

「ああ、もう! こんなことでは寝られないではありませんか・・・」

 私は両手で頬を抑えて、身体を悶えさせました。
 目を開けても、閉じていても、一人の男性が頭の中に浮かんできます。何とかそれを消し去ろうとしますが、いっこうに効果がありません。

 そのとき――

 カタン

「え?」

 背後から小さな音がした。振り返ると、いつの間にか部屋の扉がわずかに開いていた。

「ルーナ? いるのですか?」

 専属侍女が入ってきたのかと思って声をかけるが、返事はなかった。私が扉に近づくと、

「んぐっ!?」

「おとなしくしてもらおう」

 何者かに口を塞がれて、床に押し倒されてしまった。頭巾のようなもので顔を隠した男が、私の身体の上にまたがっている。

「んんっ、ん~~~~~!」

 人生で一度も受けたことがない狼藉に、私は手足をばたつかせた。しかし、男の力は強く、まるで抜け出すことができなかった。

「おとなしくしろと言っているだろう!」

「っ!?」

 パン、と私の頬から乾いた音が鳴った。少し遅れて、ジンジンと痛みがする。

(殴られたの・・・?)

 生まれて初めて受けた暴力に呆然として、私は抵抗できなくなってしまった。そんな私を見て、男は頭巾の下で笑う。

「ふんっ、やっと静かになりやがったな。皇女殿下」

「!」

 この男は、私が皇女と知っている。
 マクスウェル領にはお忍びで来ているため、当然、宿にも身分を明かしていない。

「はっ、噂通りのお綺麗な顔だ。殺すのが惜しくなっちまうぜ」

(ころす、私のことを・・・? どうして・・・?)

 私が抵抗をやめたことで、口を押える手が緩んで声が出せるようになった。

「どうして、私の命を狙うのですか・・・あなたはいったい・・・?」

「ふん、とあるお方のご命令だ。あんたのことを出来るだけ無残に殺してくれってな。皇女殿下に恨みはないが、ここで死んでもらう」

「そんな・・・」

 男の殺意に私は凍りついてしまう。
 男の力は強い。おそらく、武器だって持っている。たとえ異変に気付いた護衛が駆けつけたとしても、それよりも先に私の命が奪われるだう。

「私が・・・あなたに何をしたというのですか・・・」

「俺のことなんざ、関係ねえ。あんたの死を望んでいるお方がいて、そのお方はとても金払いがいい。ただそれだけだ」

 男は笑った。私の命を弄ぶのが嬉しくて堪らないとばかりに、下品な笑顔を浮かべる。

「まあ、あんたみたいないい女を好きなように切り刻むことができるんだから、楽しい仕事だよな。せいぜい楽しませてくれよ」

 男の手が私のネグリジェへとかかる。薄い布を力任せに引きちぎろうとする。

「いやっ・・・!」

「へへっ」

 どんな男性にも見せたことがない肌を、こんな下衆の目に晒してしまう。それは死にも勝る屈辱だった。

(誰かっ、ルーナ! エスティア!)

 心の中で専属侍女と護衛の騎士の名前を呼ぶ。当然ながら、彼女達はここにいない。

 次々と、頭の中に親しい人間の顔が浮かんでは消えていく。
 お父様、お母様、ルーナ、エスティア、サラザール騎士団長、他の侍女や護衛達・・・

 そして、最後に浮かんできた顔は・・・

「ディンギル様っ・・・」

 思わずその名前を口に出してしまう。どうしてここで彼の名前が出てくるのか、自分でもわからないままに。

「なるほど、その名前を出したのは正解ですね」

「がっ!?」

 ディンギル様の名前を口にした途端、突然、第三者の声が割って入った。男の身体が横に傾げて、そのまま床に倒れていく。
 男の背後には小柄な影があった。その正体は・・・

「あなたは・・・」

「もう少し、静観しても良いかと思っていましたが・・・貴女が主に救いを求めた以上、私も助けないわけにはまいりません」

 男の背後に立っていたのは、マクスウェル家の屋敷であったメイド服姿の少女だった。彼女の手には10㎝ほどの針が握られている。

「ルクセリア・バアル様。我が主の命により、貴女を救いにまいりました」

 少女はそう言って、丁寧に頭を下げたのだった。
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