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第2章 帝国騒乱 編

23.騎士と元・騎士

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side シャナ・サラザール

 私の名前はシャナ・サラザール。武人だ。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・うむ? 説明が足りないか?

 そうだな、出身はバアル帝国。年齢は20歳。職業は冒険者だったが、現在、とある事情からランペルージ王国の貴族ディンギル・マクスウェルの用心棒と愛人をしている。主に使っている武器は槍だが、剣と弓もそこそこ使える。

 そんな私だったが、雇い主であるディンギル・マクスウェルの別荘で槍を振っていた。

「くっ・・・はっ! やあ!」

「ふふっ、あまいあまい」

「くうっ・・・シャナ! どうしてこんなに強くなった!?」

 悔しそうに叫んだ女の名前はエスティア・サブナク。この別荘に滞在しているルクセリア皇女の護衛の騎士であり、私がかつて帝国騎士団にいた頃の同輩だ。先日、ルクセリア様を狙った暗殺者に毒を盛られたとのことだが存外に元気そうである。
 私とエスティアは別荘の庭で訓練として模擬戦をしていた。二人とも槍の使い手であったが、その腕前の差は明白だった。

「ずいぶんと鈍いじゃないか。まだ毒が抜けていないんじゃないか?」

「くっ、貴様が速くなっているのだ!」

 エスティアが悔しそうに唸った。私はエスティアの振る槍を軽くさばいて、槍の石突で彼女の足を刈る。

「わ、わわっ!」

「はい、一本」

 前のめりになって倒れたエスティアの首元へと木槍を突きつけて、勝利宣言をする。

「ううー、ずるいではないか! こんなに強くなっているなんて! 騎士団にいた頃は私のほうが強かったのに・・・」

「あのまま近衛騎士団にいても強くはなれないと思ったから、私は騎士をやめて冒険者になったんだよ。せっかく地位も身分も捨てたんだから強くなれなきゃ意味がない」

 私があっさりと言ってのけると、エスティアは恨めし気に私のことを睨む。

「それで? 姫様を捨てておいて、今はマクスウェルに仕えているわけか?」

「・・・すまないことをしたと思っているよ。近衛騎士団の水は私には合わなくてね。ルクセリア様に不満があったわけじゃないさ」

 私は3年前までバアル帝国の近衛騎士団に所属していた。エスティアと共に皇女殿下の護衛という名誉ある仕事を与えられていながらそこを去ったのは、近衛騎士団のあり方に馴染めなかったからだ。

 近衛騎士団長であった父の剣も、目の前にいるエスティアの槍も。彼らの武術は誰かを守るためのものだ。
 しかし、私の槍は違う。私の槍は倒すためのもの。敵を殺すための槍だ。
 私にとって敵と戦う機会が少ない近衛騎士団は退屈極まりないもので、そこにいても父やエスティアを超えることは出来なかっただろう。

「それに、結果的には正解だっただろう? 私がディンギル・マクスウェルに仕えていたおかげで、こうしてルクセリア様を救うことができたのだから」

「それは・・・そうだが」

 私の言葉に、エスティアは不満そうに頬を膨らませた。
 私は彼女のことを友人として、ライバルとして認めている。しかし、決して彼女は私の理解者になりえないと思っている。

 エスティアにも、かつての主であったルクセリアにも、私がどんな思いで近衛騎士団を辞めていったのかは永遠に理解できないだろう。
 それが当然だと思いながらも、そのことを少し残念に思う自分がいる。

(君は本当に忠義の騎士だよ。私と違ってね)

 騎士であるエスティアと、騎士であることに耐えられずに冒険者になった自分。
 二度と交わらないと思っていた私達の道がこうして交わり、槍を交える日が来たのだから、運命というのはわからない。

「さて、次は何か賭けてやろうか?」

「む、いいだろう!」

 私が提案すると、エスティアは瞳に炎を宿らせてのってきた。

「それじゃあ、私が勝ったら近衛騎士団に戻ってきてもらおうか。新人としてこき使ってやる!」

「へえ、だったら私が勝ったら、私と一緒にディンギル・マクスウェルに抱かれてもらおうかな」

「な、何だその条件は!?」

「彼に抱かれるのは嫌いではないが、ベッドの上だと主導権をすべて持っていかれてしまうからあまり気分が良くないんだ。エスティアと二人でだったら今よりも善戦できそうな気がするからね」

「ま、待て! その条件はちょっと・・・!」

「決まりだ。いくぞ!」

「ま、待て待て待て~~~!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶエスティアには構わず、私は槍を振って躍りかかった。

 少し離れた場所で、今の主であるディンギル・マクスウェルとかつての主であるルクセリア・バアルがお茶を飲みながら話をしている。

 小難しい話は私にはわからない。それでも、戦乱が近づいてきていることは察することができた。

    待ち望んでいた戦乱。
 楽しい、楽しい、戦争の幕開けだ!

(ああ、楽しみだ! 本当にマクスウェル領に来てよかった!)

 私は悲鳴を上げて逃げまわる旧友を追いかけながら、心の底から笑ったのであった。
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