俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

文字の大きさ
46 / 317
第2章 帝国騒乱 編

30.疑心暗鬼を生む

 マクスウェル辺境伯軍と帝国軍との戦端が開かれて1週間が過ぎた。
 その間、帝国は休まずに攻め続けていた。時に正攻法で、時に裏をかく戦法でブリテン要塞に攻撃を仕掛けてきたが、その全てをマクスウェル辺境伯軍は防ぎ切った。
 数で勝るはずの帝国軍だったが、第1軍団は毒と火薬に怯んでしまい、第2軍団と近衛騎士団は不慣れな城攻めで思うように力を発揮することができなかった。

 そんな恐怖と不満と焦燥の中で、帝国軍の敵意はマクスウェル辺境伯軍とは別の方向へと向かっていった。

「おかしい。いくら何でも、これはおかしいぞ・・・」

 帝国第1軍団の陣地にて、帝国第一皇子ラーズ・バアルは爪を噛みながら唸っていた。すでに日は沈みきっており、曇天の空には月も星も見られない。しかし、大量の篝火が焚かれた陣地は昼間のように明るくなっている。
 闇の向こうにあるブリテン要塞を怨嗟を込めた瞳で睨みつけながら、ラーズはこれでもかとばかりに顔を険しくする。

「殿下、そろそろ幕にお戻りください。早く休まなければ明日に障ります」

「いや、良い。もう少し考えたいことがある」

 護衛の騎士が労しげに就寝を進めるが、ラーズは断って思案を続ける。

「いったい、何をそんなに悩まれておられるのですか?」

「・・・この戦いが始まってから1週間。どうにも我が軍だけ被害が大きすぎると思ってな」

 護衛の質問にラーズは躊躇いながらも答えた。自分の疑問がはたして自分だけのものなのかを確認したかったからだ。

「そのことでしたら・・・皆も首を傾げておりました」

「やはりそうか。どうにも私の目にはマクスウェルがグリードと近衛騎士団に対して手加減しているように見えてな」

 ブリテン要塞の東壁を攻め続けている第1軍団だったが、戦いが始まってからずっと毒と火薬に悩まされていた。初日以降、慎重に攻めているおかげで被害は減っているものの、じわじわと兵数は減って士気も下がっていく一方だった。

 他の軍団もさぞや苦戦しているだろうと部下に命じて様子を見に行かせると、北壁を攻めている第2軍団も南壁を攻めている近衛騎士団も、第1軍団よりも遥かに被害が少なかった。
 毒や火薬も使われていないらしく、逆に第1軍団の被害の大きさを聞いて目を丸くしていたくらいだ。

「私も偵察に出ていた騎士から話を聞きましたが、どうも他の軍団は手を抜いて戦っているように見えたとのことです」

「手を抜いていた? どういうことだ?」

 ラーズが眉をひそめて訊ねると、騎士は頷いて説明する。

「第2軍団、近衛騎士団も我々と同様の攻城兵器を有していますが、それが使われた形跡がほとんどありません。使っていたとしても、ほとんど有効な使い方をしていないようです」

「どういうことだ? やつら、まさか攻城兵器の使い方を知らぬわけではないだろう?」

 実際のところはその通り。第2軍団も近衛騎士団も不慣れな攻城兵器をうまく使えていないだけなのだが、疑心から生まれた鬼はラーズの心の中で大きく成長していく。

「まさか・・・奴らはマクスウェル家と内通しているのか?」

「そんな・・・! いや、しかし・・・」

 ラーズの言葉を否定しようとする騎士だったが、それを否定しうる材料を持っていないことに気がついて言葉を飲み込む。

 帝国第2軍団、その指揮官であるグリード・バアルは現在進行形でラーズと争っている政敵である。彼らがラーズに手を貸して戦争に参加すること自体が奇妙なものだった。

(妹の救出のためといっているが・・・馬鹿な。あの頭でっかちで冷血な男が家族の情などで動くものか。となれば、他に目的があるはず・・・)

 その目的とは・・・どう考えてもラーズ・バアルの命しか思い当たらない。

 近衛騎士団がラーズと敵対する理由は思いつかないが、彼らは現在、ルクセリア・バアルに忠誠に近い感情を持っている。ひょっとしたら、ルクセリアの命を人質に寝返りを強要されているのかもしれない。

「もしも、私の想像が正しかったとすれば・・・」

 この戦場は敵だらけという事になる。
 必勝と思って始めた戦で思わぬ死地に立たされて、ラーズの額に汗がにじむ。

「い、いや、まだそうと決まったわけではないが・・・一度、軍議を開いて皆と話し合ったほうがいいな」

「そうですね。私もそれが良いかと」

「うむ、ではまずはハルファスに・・・」

「なりません!」

 ラーズの意見に賛同していたはずの騎士が突然、大声を上げた。ラーズが驚いて騎士の顔を見ると、若い騎士は険しい表情で首を振る。

「ご無礼を。しかし、ハルファス卿にはグリード殿下との内通の噂が流れております。我々がグリード殿下に疑いを持っていることを知られるのは危険かと」

「馬鹿な。あれはしょせん噂だろう?」

「火のない所に煙は立たぬと申します。それに、ハルファス卿がグリード殿下の執務室に入るのを見たのは一人や二人ではありません。真偽が定かになるまで、重要な情報をハルファス卿の耳に入れるべきではないかと」

「む・・・」

 ラーズは騎士の言葉をかみ砕いて、脳裏に転がして思案する。

 ラーズがスノウ・ハルファスという男を重用しているのは、彼が才能ある若者であると同時に、5年前の敗戦で自分を逃がすために死んだアイス・ハルファスの弟だからだ。
 兄の忠義に報いるためにも、兄を超えようと努力しているスノウ・ハルファスの思いを後押しするためにも、できる限りのことをしてきたつもりだ。

(しかし・・・だからといって、情に流されるわけにはいかんな)

 ラーズはこれまで、一時の感情に流されて失敗を繰り返し、その度に自分について来てくれた兵士を犠牲にしてしまった。
 これ以上、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

「わかった。ハルファスが寝返っているかどうかはわからないが、警戒はしておこう。他の側近達に連絡をして、ただちに私の天幕に集めよ!」

「はっ、承知いたしました!」

 ラーズは一足先に陣地の中央にある自分の天幕へと入っていく。ラーズの命に従い、騎士は他の側近を呼びに行った。





 そんな彼らのことを、遠くから眺めている者達がいた。

「どうやら、思いのほかに機は熟しているようである。若殿に連絡をするのである」

「御意」

 影のように現れた彼らは、影のように消え失せる。

 残されたのは、闇夜に燃え盛る篝火の明かりだけだった。
感想 1,043

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!