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第2章 帝国騒乱 編
36.裏切り者の末路
「ひ、ひひっ、ひひひひひっ! 馬鹿め! 私がこの程度で終わるものか!」
マクスウェル軍と帝国軍が入り混じった混沌とした戦場を、鼠のようにコソコソとくぐり抜けていく影がある。
「よくも私をこんな目に遭わせたな! ディンギル・マクスウェル! 覚えていろよ・・・絶対に殺してやるからな!」
狂ったように声を上げる男の正体は、かつて帝国第1軍団でラーズ・バアルの側近をしていた男、スノウ・ハルファスであった。
グリード・バアルへの内通が明らかになった後、ハルファスはラーズによって拘束され、陣地の一角に閉じ込められていた。身体のあちこちにかつての仲間達から受けた拷問の跡があり、痛々しいアザと蚯蚓腫れによって色白の肌が紫色に染まっている。
戦闘の混乱に乗じて逃げ出したハルファスは、地面に横たわっていた死体から服を剥ぎ取って身につけていた。血まみれの服を着て、ときおり死んだふりをしてマクスウェル兵の目を躱していく。
「こんな所で終われない! 私はマクスウェルを滅ぼして、兄を超えるんだ! ラーズなんてつまらない男のために死ねるものか!」
怨嗟の声を吐きながらハルファスは戦場から離れようとする。かつて第1軍団きっての頭脳派であった男の顔は憎悪と妄執で醜く引きつっていた。
「そうだ、まだ私は終わっていない! 生きて帝国に帰りさえすればどうとでもなる・・・!
今度はスロウス・バアルに仕えて、私の頭脳であの男を皇帝にして・・・いや、いっそのこと帝国に叛意を持っている連中を集めて反乱軍を組織して、新しい国を興してもいいな・・・! ひひっ、そのときは私が王だ・・・!」
ありえない妄想を語るハルファスの顔は、実に愉快そうに歪んでいる。
ずるずると足を引きずるようにして、ハルファスは戦場から離脱した。徐々に戦いの喧騒が遠ざかっていく。自分が安全地帯に入ったことを確信して、ハルファスは歪んだ笑みを浮かべた。
「助かった・・・! ざまあみろ! 助かったぞ、ラーズ・バアル! この私がお前ごときに殺されるものか! 私は帝国に帰るから、お前はマクスウェルに虫けらみたいに潰されて死んでしまえ! ひゃひゃひゃっ、ざまあみろ!」
狂ったようにハルファスは笑った。
今頃、ラーズ・バアルはマクスウェル軍の騎兵によって討ち取られているだろう。自分を捕えて罪人のように扱った男は死に、捕まったはずの自分は生き残っている。それが愉快でたまらなかった。
「ひゃひゃひゃひゃっ! ひゃひゃひゃっひゃ・・・・・・ひゃ?」
ブスリ
ハルファスの胸元から湿った音が鳴った。
恐る恐る視線を下げると、胸から金属の先端が飛び出していた。服についた赤いシミが徐々に徐々に広がっていく。自分の胸を濡らす生温かく新鮮な血が己の物であると気がついて、ハルファスは悲鳴を上げた。
「あ、あ・・・・あああっ!?」
「む? なんだ、生きているじゃないか?」
背後から困ったような女の声がした。恐る恐る振り返ると、そこには銀髪の美女の姿があった。
「てっきり死体が起きてさまよっているかと思ったから、親切で冥府に送ってやろうと思ったのだが・・・ただの敗残兵だったのか。戦意を失った者に追い打ちをかけてしまうとは武人の恥。うっかりしていたな」
「お、おまえ・・・は・・・」
その美貌には見覚えがあった。かつて帝国近衛騎士団に所属していた女騎士、シャナ・サラザールだ。
近衛騎士団団長の娘である彼女はやれやれとばかりに息をついて、ハルファスの胸から槍を引き抜いた。
「かはっ・・・!」
「まあ、やってしまったものは仕方がないな。すまん。冥福は祈るので許してくれ」
「な、にを・・・かってな・・・」
ごぼり、とハルファスの口から血があふれ出た。
(いやだ! 私はまだ兄を超えていない! 兄の仇を討っていない! こんなところで、死ぬわけにはいかない・・・!)
「い、やだ・・・死ねない・・しにたく、ない・・・」
「ふうむ、困ったな。しかし、死にたくない者が死ぬのが戦場というものではないか。道で死神に行き会ったと思って諦めてくれ」
「そんな・・・いやだ・・・」
ハルファスの瞳から血の涙が流れる。
己の野心も、仇討ちも、ただの一つも目的を成し遂げることなく、若き知将の身体から生命が流れ落ちていく。
そんなハルファスに軽く黙祷をささげて、シャナは戦場を求めて駆け出した。
「そん、な・・・わたしは・・・なんの、ため、に・・・」
(こんなことなら、裏切りなんてするんじゃなかった・・・!)
今さら過ぎる後悔を抱えて、スノウ・ハルファスは息絶えた。
ハルファスの亡骸に背を向けて走るシャナは、足を止めることなく首を傾げた。
「そういえば、あの男は誰だったのだろう? 私を知っているようだったが・・・・・・うむ、見覚えはないな」
かつての主君であるルクセリアを狙った黒幕を討ち取って、それに気がつくことなくシャナは走り去っていった。
スノウ・ハルファス。帝国を破滅に追いやった歴史的な裏切り者の末路であった。
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マクスウェル軍と帝国軍が入り混じった混沌とした戦場を、鼠のようにコソコソとくぐり抜けていく影がある。
「よくも私をこんな目に遭わせたな! ディンギル・マクスウェル! 覚えていろよ・・・絶対に殺してやるからな!」
狂ったように声を上げる男の正体は、かつて帝国第1軍団でラーズ・バアルの側近をしていた男、スノウ・ハルファスであった。
グリード・バアルへの内通が明らかになった後、ハルファスはラーズによって拘束され、陣地の一角に閉じ込められていた。身体のあちこちにかつての仲間達から受けた拷問の跡があり、痛々しいアザと蚯蚓腫れによって色白の肌が紫色に染まっている。
戦闘の混乱に乗じて逃げ出したハルファスは、地面に横たわっていた死体から服を剥ぎ取って身につけていた。血まみれの服を着て、ときおり死んだふりをしてマクスウェル兵の目を躱していく。
「こんな所で終われない! 私はマクスウェルを滅ぼして、兄を超えるんだ! ラーズなんてつまらない男のために死ねるものか!」
怨嗟の声を吐きながらハルファスは戦場から離れようとする。かつて第1軍団きっての頭脳派であった男の顔は憎悪と妄執で醜く引きつっていた。
「そうだ、まだ私は終わっていない! 生きて帝国に帰りさえすればどうとでもなる・・・!
今度はスロウス・バアルに仕えて、私の頭脳であの男を皇帝にして・・・いや、いっそのこと帝国に叛意を持っている連中を集めて反乱軍を組織して、新しい国を興してもいいな・・・! ひひっ、そのときは私が王だ・・・!」
ありえない妄想を語るハルファスの顔は、実に愉快そうに歪んでいる。
ずるずると足を引きずるようにして、ハルファスは戦場から離脱した。徐々に戦いの喧騒が遠ざかっていく。自分が安全地帯に入ったことを確信して、ハルファスは歪んだ笑みを浮かべた。
「助かった・・・! ざまあみろ! 助かったぞ、ラーズ・バアル! この私がお前ごときに殺されるものか! 私は帝国に帰るから、お前はマクスウェルに虫けらみたいに潰されて死んでしまえ! ひゃひゃひゃっ、ざまあみろ!」
狂ったようにハルファスは笑った。
今頃、ラーズ・バアルはマクスウェル軍の騎兵によって討ち取られているだろう。自分を捕えて罪人のように扱った男は死に、捕まったはずの自分は生き残っている。それが愉快でたまらなかった。
「ひゃひゃひゃひゃっ! ひゃひゃひゃっひゃ・・・・・・ひゃ?」
ブスリ
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恐る恐る視線を下げると、胸から金属の先端が飛び出していた。服についた赤いシミが徐々に徐々に広がっていく。自分の胸を濡らす生温かく新鮮な血が己の物であると気がついて、ハルファスは悲鳴を上げた。
「あ、あ・・・・あああっ!?」
「む? なんだ、生きているじゃないか?」
背後から困ったような女の声がした。恐る恐る振り返ると、そこには銀髪の美女の姿があった。
「てっきり死体が起きてさまよっているかと思ったから、親切で冥府に送ってやろうと思ったのだが・・・ただの敗残兵だったのか。戦意を失った者に追い打ちをかけてしまうとは武人の恥。うっかりしていたな」
「お、おまえ・・・は・・・」
その美貌には見覚えがあった。かつて帝国近衛騎士団に所属していた女騎士、シャナ・サラザールだ。
近衛騎士団団長の娘である彼女はやれやれとばかりに息をついて、ハルファスの胸から槍を引き抜いた。
「かはっ・・・!」
「まあ、やってしまったものは仕方がないな。すまん。冥福は祈るので許してくれ」
「な、にを・・・かってな・・・」
ごぼり、とハルファスの口から血があふれ出た。
(いやだ! 私はまだ兄を超えていない! 兄の仇を討っていない! こんなところで、死ぬわけにはいかない・・・!)
「い、やだ・・・死ねない・・しにたく、ない・・・」
「ふうむ、困ったな。しかし、死にたくない者が死ぬのが戦場というものではないか。道で死神に行き会ったと思って諦めてくれ」
「そんな・・・いやだ・・・」
ハルファスの瞳から血の涙が流れる。
己の野心も、仇討ちも、ただの一つも目的を成し遂げることなく、若き知将の身体から生命が流れ落ちていく。
そんなハルファスに軽く黙祷をささげて、シャナは戦場を求めて駆け出した。
「そん、な・・・わたしは・・・なんの、ため、に・・・」
(こんなことなら、裏切りなんてするんじゃなかった・・・!)
今さら過ぎる後悔を抱えて、スノウ・ハルファスは息絶えた。
ハルファスの亡骸に背を向けて走るシャナは、足を止めることなく首を傾げた。
「そういえば、あの男は誰だったのだろう? 私を知っているようだったが・・・・・・うむ、見覚えはないな」
かつての主君であるルクセリアを狙った黒幕を討ち取って、それに気がつくことなくシャナは走り去っていった。
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