70 / 317
第2章 帝国騒乱 編
54.女神の失望
side ルクセリア・バアル
突然、目の前が紫色の光に包み込まれて視界が閉ざされた。
気づけば、見覚えのない部屋に私は立っていた。部屋に置かれているソファや絨毯、寝具、置物・・・どれも一級品で、宮廷に置かれているものと遜色ないものである。
「ここは・・・ディンギル様? エスティア?」
「ああ、ルクセリア!」
「っ!?」
かけられた声に私の肌は総毛立った。声の主は私の兄であるグリード・バアルだった。
振り向くと、両手を広げた兄の姿があった。
「・・・グリード兄様」
「よかった、無事だったんだね。愛しい我が妹よ!」
そのまま両手を広げて抱きつこうとしているのか、グリードが私との距離を詰めてきた。
「近づかないでください!」
「えっ!?」
私は手の平をかざして近づいてくる兄を制した。
明らかな拒絶を受けたグリード兄様は、どうして私がそんな反応をするのかわからないとばかりに目を白黒させる。
「ど、どうしたんだい、ルクセリア・・・・・・そうか、迎えに行くのが遅くなったから拗ねているんだね!」
グリード兄様は見当違いな方向に納得したのか、うんうん、と知ったように頷いた。
「ごめんよ、私の力が足りないばかりに君をマクスウェルなんて蛮族の元に置き去りにしてしまって・・・さぞや怖い思いをしただろう? でも、これからはずっと一緒だ。もう二度と君を離したりはしない!」
「・・・・・・」
どこまでも勘違いを続けるグリード兄様の姿に、私はもはや言葉も出なかった。
これまでも私を溺愛してくる兄に対して嫌悪や鬱陶しさを感じたことは何度もある。しかし、まさかそこからさらに見損なうことになるとは思わなかった。
(・・・なんて、気持ちの悪い)
私の目には、すでにグリード兄様が自分と同じ人間であるとは思えなかった。
仮にも兄に対してこんな評価をするのは不敬なことであることは分かっている。
しかし、もはや目の前の男がヘビやトカゲ、あるいは石の下に棲んでいる虫と同列の存在であるとしか思えなくなっていた。
「・・・グリード兄様、貴方に訊きたいことがあります」
私はとりあえず会話で時間を稼ぐことにした。
今頃、ディンギル様やエスティアが自分を助けようとしてくれているはずだ。少しでも時間を稼いで安全を確保しなければ。
「な、なんだい、ルクセリア」
「貴方はどうして【雷帝神槌】を目覚めさせたのですか? この魔具が禁忌の神器であることは知っているはずですよね」
それはグリードに会ったら聞いてみたかった質問である。
【雷帝神槌】の危険性は伝説と共に父から聞いている。私利私欲のために使うなど夢にも思えない。
「だ、だって、それはスロウスが・・・」
「スロウス兄様がどうしまし?」
「あいつが反乱なんて起こすから悪いんだ! あのままだと平民の子供であるあいつが皇帝になってしまう! そんなことになったら帝国の歴史に傷がついてしまうじゃないか!」
まるで子供がイタズラの言い訳するかのように、グリードは言った。
「そうだ! 私は悪くない! 全部全部、スロウスと・・・それに私のことを侮辱したディンギル・マクスウェルが悪いんだ!」
「・・・ディンギル様が?」
「あいつのせいで私の計画が台無しだ! あいつが君を拉致なんてしなかったら、ブリテン要塞で大人しく負けていたら、私が全てを失うことなんてなかったんだ! 私は皇帝になって大陸を統一して、千年先まで名君として語り継がれたのに!」
グリード兄様は色白の顔を真っ赤に染めて、地団太を踏む。
私は冷めた眼差しで癇癪を起こした兄を見つめる。
「私は悪くない! 悪くないんだ! 全部全部、全部全部全部全部ぜんぶぜんぶぜんぶ・・・私のことを認めようとしない世界が悪い! 私が皇帝に一番ふさわしいんだ! 私は神に選ばれた人間なんだ!」
「・・・言いたいことはそれだけですか?」
私の口から出た言葉は、自分でも驚くほどに冷めていた。
くだらない。
本当に、くだらない。
この程度の男のためにこの国が無茶苦茶になってしまったなんて、もはや喜劇だ。
「る、ルクセリア?」
明らかに雰囲気の変わった私の声音に気がついたのか、グリードが慄いたように一歩、二歩と後ろに下がる。
叱られる直前の子供のように怯えた顔をしている。
(ディンギル様と同じ殿方とは思えませんね。あの方の十分の一でも男らしさがあるのだったら、兄として尊敬できたのですが・・・)
私は細い息をついて、グリード兄様・・・いや、グリードを睨みつけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本日、18時よりもう1話更新します。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!