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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険
1.その男、無頼にして
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ランペルージ王国とバアル帝国の南方には広大な海を挟んで、大小無数の島々が浮かんでいる。
南洋諸島と呼ばれるその島々は、多種多様な文明を持った20以上の国に分かれている。その中には他国からの略奪によって生計を立てている海賊国家も存在した。
海運貿易は様々な利益をもたらしてくれるが、貿易船にとってそれは命がけの商売であった。
「海賊が出たぞおーーーーー!」
南海を進むランペルージ王国の貿易船。そのマストの上で見張りをしていた船乗りが声を上げた。
「なんだと!? どこの船だ!」
仲間の船乗りが船体から乗り出し、見張りが指差している方角を見る。
西側の水平線から小さな影が近づいてくる。
徐々に大きくなっていく影は、やがて望遠鏡越しに旗を確認できるまでの距離へと至る。旗に刻まれているのは、血のように赤い獅子の紋章であった。
「獅子王船団・・・最悪だ!」
それは南海を荒らしている海賊団の中でも、とびきりタチが悪いことで知られている一団であった。
海賊国家の一つである獅子王国の私掠船である海賊団は相手が降伏しようがしまいが、おかまいなしという残虐な一味である。
宝は根こそぎ奪って船を沈める。男は殺して海に撒き、女は犯すだけ犯して奴隷として売り飛ばす。野蛮を絵に描いたような最悪の海賊である。
「反対方向からも来ました! 逃げられません!」
「なっ、馬鹿な・・・!」
船が逃げる進路の先にも、同じ海賊旗を掲げる船が待ち構えていた。どうやら、待ち伏せしていた場所へと追いやられてしまったらしい。
「くっ、やむを得まい・・・! 総員、戦闘準備!」
覚悟を決めた船長が合図を出す。船乗りと護衛として乗っていた傭兵が武器を構える。
おそるべき速さで近づいてきた海賊船からロープを付けた銛が放たれて、船を横づけにされた。ロープを伝って海賊が飛び移ってくる。
「ヒャハアアアア! 海の神へのイケニエだあアアアアア!」
「殺せ! 犯せ! 海へと沈めろ!」
「くっ、このイカれた蛮族どもめがっ!」
顔面から胴体まで真っ赤な入れ墨を彫った海賊達の姿は、まるで異形の怪物のようだった。
その姿に恐れ逃げようとした船乗りの一人が、投げつけられた銛に胸を貫かれる。
「ひゃははははっ! まずは一匹いいいイイイイ!」
「これでえええええ、二匹イイイイイイ!」
「この、強い・・・!」
戦闘員の人数は互角だったが、相手は船上での略奪を生業にしている海賊である。
腕の立つ傭兵は貿易船にも何人か乗ってはいるが、波で揺れる不安定な船の上での戦いには不得手な者が多かった。
貿易船の戦闘員は徐々に押されていき、防戦一方となっていく。
「ヒャハアアアアアア! 女はここかああああアアアアア!」
「ま、待て! そこは・・・!」
海賊の一人が船室の扉を開けて中へ入っていく。船室の中には商人とその家族、非戦闘員の女性が入っている。
慌てて止めようとする傭兵であったが、他の海賊によって阻まれてしまう。
「ヒャハっ! 女は犯アアアアアアアす!」
「くっ、待て! やめろ!」
二人、三人と次々に海賊が船室へと飛び込んでいく。
じきに目の前に広がるであろう絶望的な光景を頭に描き、船乗りと傭兵達は奥歯を噛みしめた。
しかし――
「は、え・・・?」
開きっぱなしの船室の扉から、ゴロリと丸い物体が転がり出た。
浅黒い色をしていて、黒い毛のような物が生えていて、所々に赤い模様が描かれている。
「な・・・何だとオオオオオオオ!?」
それは船室に飛び込んだ海賊の頭部であった。
赤い入れ墨が描かれた顔には、驚愕と恐怖の表情がくっきりと刻まれている。
「ひ、ひいイイイイイっ!? なんだああああアアアアア!?」
ゴロリ、ゴロリ、と立て続けに同じような物体が船室から出てきた。やはりそれも海賊の首から上である。
「うるせえな、こっちは二日酔いなんだよ! キーキー騒いでんじゃねえぞ!」
「な、お前は、誰だアアアアアアア!?」
船室から一人の男が歩み出てきた。20歳くらいの若い男である。
眠そうに眼をこするその男の手には抜き身の剣がダラリとぶら下がっている。
剣の先端からは真っ赤な血が滴っており、今まさに人を斬ったことは明白だった。
「お、おまえ・・・」
「ああっ!?」
「ヒイ!?」
男がジロリと海賊のリーダー格を睨みつけた。
百戦錬磨であるはずの海賊の男が、その一睨みで背筋が凍りついてしまった。
「あ、あんたは・・・確か・・・」
船長が頭の中を探る。目の前にいるのは、旅行者と称して金を払って船に乗り込んできた男だ。
海賊が出る危険な海域を旅行なんて酔狂な男だ、そんな感想を持ったのを覚えている。
「そうだ、ディートリッヒ・・・ディートリッヒさんだったか」
「ああ、そうだけど・・・なんか文句あんのか!?」
「ひっ! ないですう!」
怒鳴られた船長が縮み上がる。
目の前の男には逆らってはいけない――いくつもの航海を乗り切ってきた船乗りの直感がそう告げている。
「うげっ・・・何かもうすげえ気分悪くなってきた・・・もう全員、死ねや」
「ギイイイイイイイイイイイ!」
二日酔いで目が据わったその男は、そう言って目の前の海賊を切り捨てた。
吐き気を堪えるように顔を青ざめさせながら剣を振っている男の名は、ディートリッヒ・マクスウェル。
御年20歳となる、若き剣士であった。
南洋諸島と呼ばれるその島々は、多種多様な文明を持った20以上の国に分かれている。その中には他国からの略奪によって生計を立てている海賊国家も存在した。
海運貿易は様々な利益をもたらしてくれるが、貿易船にとってそれは命がけの商売であった。
「海賊が出たぞおーーーーー!」
南海を進むランペルージ王国の貿易船。そのマストの上で見張りをしていた船乗りが声を上げた。
「なんだと!? どこの船だ!」
仲間の船乗りが船体から乗り出し、見張りが指差している方角を見る。
西側の水平線から小さな影が近づいてくる。
徐々に大きくなっていく影は、やがて望遠鏡越しに旗を確認できるまでの距離へと至る。旗に刻まれているのは、血のように赤い獅子の紋章であった。
「獅子王船団・・・最悪だ!」
それは南海を荒らしている海賊団の中でも、とびきりタチが悪いことで知られている一団であった。
海賊国家の一つである獅子王国の私掠船である海賊団は相手が降伏しようがしまいが、おかまいなしという残虐な一味である。
宝は根こそぎ奪って船を沈める。男は殺して海に撒き、女は犯すだけ犯して奴隷として売り飛ばす。野蛮を絵に描いたような最悪の海賊である。
「反対方向からも来ました! 逃げられません!」
「なっ、馬鹿な・・・!」
船が逃げる進路の先にも、同じ海賊旗を掲げる船が待ち構えていた。どうやら、待ち伏せしていた場所へと追いやられてしまったらしい。
「くっ、やむを得まい・・・! 総員、戦闘準備!」
覚悟を決めた船長が合図を出す。船乗りと護衛として乗っていた傭兵が武器を構える。
おそるべき速さで近づいてきた海賊船からロープを付けた銛が放たれて、船を横づけにされた。ロープを伝って海賊が飛び移ってくる。
「ヒャハアアアア! 海の神へのイケニエだあアアアアア!」
「殺せ! 犯せ! 海へと沈めろ!」
「くっ、このイカれた蛮族どもめがっ!」
顔面から胴体まで真っ赤な入れ墨を彫った海賊達の姿は、まるで異形の怪物のようだった。
その姿に恐れ逃げようとした船乗りの一人が、投げつけられた銛に胸を貫かれる。
「ひゃははははっ! まずは一匹いいいイイイイ!」
「これでえええええ、二匹イイイイイイ!」
「この、強い・・・!」
戦闘員の人数は互角だったが、相手は船上での略奪を生業にしている海賊である。
腕の立つ傭兵は貿易船にも何人か乗ってはいるが、波で揺れる不安定な船の上での戦いには不得手な者が多かった。
貿易船の戦闘員は徐々に押されていき、防戦一方となっていく。
「ヒャハアアアアアア! 女はここかああああアアアアア!」
「ま、待て! そこは・・・!」
海賊の一人が船室の扉を開けて中へ入っていく。船室の中には商人とその家族、非戦闘員の女性が入っている。
慌てて止めようとする傭兵であったが、他の海賊によって阻まれてしまう。
「ヒャハっ! 女は犯アアアアアアアす!」
「くっ、待て! やめろ!」
二人、三人と次々に海賊が船室へと飛び込んでいく。
じきに目の前に広がるであろう絶望的な光景を頭に描き、船乗りと傭兵達は奥歯を噛みしめた。
しかし――
「は、え・・・?」
開きっぱなしの船室の扉から、ゴロリと丸い物体が転がり出た。
浅黒い色をしていて、黒い毛のような物が生えていて、所々に赤い模様が描かれている。
「な・・・何だとオオオオオオオ!?」
それは船室に飛び込んだ海賊の頭部であった。
赤い入れ墨が描かれた顔には、驚愕と恐怖の表情がくっきりと刻まれている。
「ひ、ひいイイイイイっ!? なんだああああアアアアア!?」
ゴロリ、ゴロリ、と立て続けに同じような物体が船室から出てきた。やはりそれも海賊の首から上である。
「うるせえな、こっちは二日酔いなんだよ! キーキー騒いでんじゃねえぞ!」
「な、お前は、誰だアアアアアアア!?」
船室から一人の男が歩み出てきた。20歳くらいの若い男である。
眠そうに眼をこするその男の手には抜き身の剣がダラリとぶら下がっている。
剣の先端からは真っ赤な血が滴っており、今まさに人を斬ったことは明白だった。
「お、おまえ・・・」
「ああっ!?」
「ヒイ!?」
男がジロリと海賊のリーダー格を睨みつけた。
百戦錬磨であるはずの海賊の男が、その一睨みで背筋が凍りついてしまった。
「あ、あんたは・・・確か・・・」
船長が頭の中を探る。目の前にいるのは、旅行者と称して金を払って船に乗り込んできた男だ。
海賊が出る危険な海域を旅行なんて酔狂な男だ、そんな感想を持ったのを覚えている。
「そうだ、ディートリッヒ・・・ディートリッヒさんだったか」
「ああ、そうだけど・・・なんか文句あんのか!?」
「ひっ! ないですう!」
怒鳴られた船長が縮み上がる。
目の前の男には逆らってはいけない――いくつもの航海を乗り切ってきた船乗りの直感がそう告げている。
「うげっ・・・何かもうすげえ気分悪くなってきた・・・もう全員、死ねや」
「ギイイイイイイイイイイイ!」
二日酔いで目が据わったその男は、そう言って目の前の海賊を切り捨てた。
吐き気を堪えるように顔を青ざめさせながら剣を振っている男の名は、ディートリッヒ・マクスウェル。
御年20歳となる、若き剣士であった。
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