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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険
3.異国の酒、異国の風景
南洋諸島にある島国の一つ、サファイア王国。
海賊の巣窟である南洋諸島において比較的まともなこの国は、周辺の島国や大陸との貿易によって栄えていた。主な産出物は果物と海産物、香辛料である。
サファイア王国の港には多くの貿易船が訪れており、様々な人種、様々な服装の人々があふれかえる人種の坩堝と化していた。
そんな港町にある酒場のオープンテラスにて、俺はグラスに入った酒を傾けた。
「ぷはああああああああっ、やっぱり酒はたまらねえぜ!」
「さっきまで二日酔いでぐでってた奴が、よく言いやがるぜ」
呆れたように俺を見ている男の名はジャンゴ・サンダーバード。
俺がここまで乗ってきた船の船主であり、ランペルージ王国の南方辺境伯サンダーバード家の嫡男である。
古くからの友人であったこの男のコネにより、俺は船乗りや護衛でもないのに貿易船に乗せてもらっていた。
「しかし、まあ、お前を船に乗せてよかったよ。危うく海賊に殺されるところだった」
「感謝するなら酒をくれ。樽で持ってきやがれ」
「そんなに強くもないくせに・・・まあ、それくらいの働きはしたよな」
ジャンゴが店員を呼んで新しい酒を注文する。しばらくして運ばれてきたのは、果実から作られたピンク色の酒である。
「へえ、甘いな。女でも飲みやすそうだな」
「そうだな・・・こいつは俺達の国でも売れそうだ」
ジャンゴは酒を舐めながら思案気に瞳を細めた。
どうして南方辺境伯の跡継ぎであるジャンゴが危険な航海をしてまでこの国に来たかというと、海洋貿易によって新しい商売を始めるためである。ジャンゴにはどうしても多額の金が必要な理由があるのだ。
「えらく熱心だな・・・そんなにいい女なのか? お前が惚れた女ってのは」
「イルダナ、だ。いい女だとも。俺がこれまで出会ったどんな女よりもな」
「ふーん」
俺は気のない返事をして、酒を喉に流し込んだ。
ジャンゴには将来を約束した女がいた。
しかし、酒場で踊り子をしているその女は、残念ながら辺境伯家の跡継ぎであるジャンゴと釣り合う身分ではなかった。
どうしても彼女との婚姻を望んだジャンゴは、辺境伯である父親と口論を繰り返した末に無理難題を突き付けられてしまった。
「3年間で金貨10万枚・・・えらく無茶な注文だよな」
「ふん、拝金主義の親父らしい課題だぜ」
ジャンゴは口元を歪めて、吐き捨てるように言った。
ジャンゴが惚れた女と結ばれるためには、サンダーバード家の力を借りることなく自力で金貨を10万枚稼がなければならない。
金貨10万枚というと小国の国家予算にも匹敵する金額である。個人で稼ぐにはよほどの大博打を当てなければ不可能だろう。
「いっそのこと海賊の財宝でも探してみるか? 国だって買えるかもしれないぜ?」
「無茶を言うなっての。まあ、いざとなったら彼女と二人で外国に逃げるさ。この国ならわりと治安が良くて外国人でも住みやすそうだからな」
「ははっ、金を稼いで逃走先の目安も付けられる。一石二鳥の航海だったな!」
「海賊に襲われなければ素直に喜べたんだけどな・・・ところで、お前は何でこの航海についてきたんだよ」
「んー・・・そりゃあ、まあ・・・」
ジャンゴの質問に、俺は頭上を仰いで考え込む。
空にはカンカンと照り付ける太陽が雲を純白に輝かせている。南国情緒のある空の色は、故郷のマクスウェル家では見られなかったものである。
「ただの観光だ、他にあるかよ」
「・・・そうかい、別にいいけどな」
俺が言葉を濁らせると、ジャンゴは深くは訊いてこずに酒瓶を手に取った。
空になったグラスに酒が注がれるのを見るふりをして、俺は目の前に座っている友人の顔をそっと盗み見る。
惚れた女のために一大決心をした友の眼は、未来への希望で明るく輝いている。
対して、酒瓶に反射して映った俺の眼は空虚な穴のように輝きを失っていた。
「・・・そんなにいいもんかね。女ってのは」
俺はぽつりとつぶやいた。
小僧じゃあるまいし、女を抱くことの気持ち良さぐらいわかっている。
しかし、特定の女、特定の相手だけに執着する気持ちは理解できなかった。
(女なんて酒と一緒だろ? 品種も銘柄も、生産地も関係ない。飲んで上手けりゃそれでいいじゃねえか)
一人の女だけを愛するなんて、特定の酒だけを一生飲み続けるようなものだ。
いったい、それの何が面白いというのだろうか?
「ふん、お前にだっていつか分かる日が来るさ。運命の出会いなんて、わりとそこら中に転がっているんだからな!」
ジャンゴはグラスをかざして言った。
「俺だって踊り子の女にここまで入れ込むなんて思っちゃいなかったよ。お前にだって、きっとすぐにやってくるぜ。人生や価値観、何もかもを一瞬で変えてしまうような相手がな!」
「そういうもんかね」
俺は自分のグラスを手に取り、ジャンゴのグラスへとぶつける。
カンッ、と澄んだ音が鳴って、ピンク色の酒が泡を立てる。
人生を変えるような出会い。
そんなものが本当にあるのなら、ぜひとも早くやってきて欲しいものだ。
「まあ、そいつが女であるとは限らないけどな。運命の男性・・・なんてな」
「・・・斬り殺されたいのか、お前は」
俺は半目になって、冗談めかして笑う友人を睨みつけた。
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