俺もクズだが悪いのはお前らだ!

レオナール D

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幕間 ディートリッヒ・マクスウェルの冒険

6.最凶と最狂

 俺は改めて、目の前の女を睥睨へいげいする。
 整った二重のまぶた。乱雑に切られているが柔らかそうな白い髪。真夏の海のように深いブルーの瞳は、いかにも気が強そうに強い光を放っている。

(美人だな・・・だけど)

「がははははははははっ! 楽しいなあ、おい! お前もそうだろお!?」

「はっ、違いないな!」

 女が繰り出した拳を横へのステップで避けて、すれ違いざまに斬りかかる。
 細い首を斬り飛ばそうとする斬撃であったが、女が軽く首を動かしただけで躱されてしまう。

 どれほど目の前の女の容姿が優れていたとしても、今の彼女のことを美女や美少女と称賛する男はいないだろう。
 身にまとっている白いドレスは殺した男達の血と脳漿と臓物にまみれている。あまりにも凄惨すぎるその姿は、屍を喰らう鬼のようにしか見ることができない。

「がははははははははっ! あははははははははっ!」

 狂ったように哄笑を上げながら女が地面を蹴って飛んだ。虎や獅子、ネコ科の猛獣のようにしなやな動きで女の身体が躍動する。

「ちっ!」

「どうしたあっ! さっきから付いてこれてないぞお!」

 右と思えば左へ。上と思えば下へ。女は路地裏の塀や建物の壁を蹴りながら、空中を縦横無尽に動き回る。
 どんな曲芸師でも不可能なほど立体的な動きに、徐々に眼で追うことができなくなってしまった。

「まさに怪物だな! チョロチョロ跳ねやがって!」

 背後から飛びかかってきた女の蹴りをかろうじて躱して、俺は牙を剥いて唸った。

 女の戦い方には武術特有の型らしきものは見られない。誰かに師事したわけではない、明らかに我流の戦い方である。

 粗削りを極めたような動きは、まがりなりにも剣術を極めた俺にとっては稚拙に見える。
 しかし、そのパワーとスピードは明らかに俺よりも上である。
 一度、勢いに乗られてペースを握られてしまうと、そのまま押し切られてしまうかもしれない。

「俺の前で好き勝手動いてんじゃねえぞ! 【白銀閃剣ランスロット】!」

「おおっ!?」

 俺が持っていた剣が鞭のように伸びる。物干し竿のような長さの剣が、女が足場にしようとしていた壁を真っ二つに切り裂いた。

 俺の愛剣である魔具【白銀閃剣】は伸縮自在の力を持った魔剣である。所有者である俺が望めば、その剣身は100メートル近くまで伸ばすことができる。

 もっとも、長くすればするほど剣自体が重くなるし、別に切れ味が増すわけでもない。
 コツを掴めば数十メートル先の船を両断することくらいはできるが、扱いの難しいじゃじゃ馬であった。

「おお、おおおおおっ、ビックリしたぞおおおおっ!」

「ビックリじゃ済まさねえよ。うるせえから死ね!」

 足場が崩れて落ちてきた女の脳天を、長さを元に戻した【白銀閃剣】で斬りつける。

「がははっ、簡単には死ぬものかよお!」

「ちっ・・・!」

 頭頂から股下までを切り裂くような斬撃を女は両手の手の平で受け止める。東国の武術で言うところの『白刃取り』というやつだ。

「いいぞおっ! 楽しいぞお! お前はうまそうだ!」

「馬鹿が! これでも食ってやがれ!」

 そのまま咬みついてこようとする女の顔面へとハイキックを叩き込む。靴の踵を強引に女の口の中へとねじ込んで、歯を数本へし折ってやる。

「ぐげっ・・・!」

「はっ、綺麗な顔がもっときれいになったぞ! 感謝しやがれ!」

「がは、ははっ、愛いなは! おはえは!」

 歯を蹴り折られながらも、女の顔からは歪んだ笑みは消えない。残った歯で俺の靴をかみちぎりながら、唇を嬉しそうに吊り上げる。

「楽しいなあ! いつまでも、お前と喰い合っていたいなあ! がはっ、がはははは!」

「悪いが、これで終わりだよ。化け物め」

「があっ!?」

 女の手に掴まれた剣を縮めて引き戻す。30センチほどまで短くなった剣を素早く突き出して、切っ先を女の喉へと突き刺した。

「ぐ、が・・・がっ・・・」

「お疲れさん。地獄へ帰りな!」

【白銀閃剣】。剣を長くして今度こそ女の首を切り落とす。
 真っ赤な血が噴水のように噴き出して、周囲の建物を赤く染める。

「はっ! 化け物の血も赤いんだな」

 俺はかつてない強敵への勝利に会心の笑みを浮かべた。
 剣の道を進んで10年以上になるが、これほどまで戦いを楽しいと思ったのは初めてである。己と比肩する難敵の戦いがこれほどまでに心躍るものだとは思わなかった。

「お前と出会えた運命に心から感謝しよう。楽しかったぜ」

「私もだよ。ごちそうさまだあ」

「なあっ!?」

 返ってくるはずのない言葉が返ってきた。同時に、身体に恐ろしいまでの衝撃が襲う。
 腹部に女の足裏が突き刺さり、背後の壁まで吹き飛ばされた。

「実に美味しかったなあ! こっちこそ運命に感謝だ!」

「おま、なんで・・・」

 壁に叩きつけられて床に崩れた俺が目にしたのは、頭部を失った女の身体が蹴りを放ったままの姿勢で飛んできた頭をキャッチする光景であった。

 身体から離れた女の頭は、青い瞳を爛々と輝かせながら牙を剥いて笑っている。

「なる、ほど・・・本当に、化け物だったんだな・・・ちくしょうめ」

「お前も私と同じくらい化け物だったけどなあ! 名前を聞かせろよ!」

 女は頭部をあるべき場所へと戻す。先ほどまで血を噴き出していた首は冗談のようにつながり、元通りになってしまう。
 地獄のような光景を見ながら、俺は諦めの境地で笑みを浮かべた。

「ディートリッヒ。ただの旅の剣士だよ」

「そうかあ、私の名前はグレイス・ドラコ・オマリ。海賊だあ!」

 今更ともいえる俺の名乗りに答えて、女――グレイスが拳を振り上げる。
 無防備になった腹部へとグレイスの拳がめり込んで、俺の意識は闇へと飲み込まれた。
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