106 / 317
第3章 南海冒険編
5.悪役令嬢、現る
side ロサイス公爵
「あら、やだ。伯爵様ってば冗談ばっかり!」
「ははは、冗談ではないとも。本当さ!」
「まったく、ルーズ伯にも困ったものだ!」
「あはははは」
丸いテーブルを囲んで、数人の男女が茶会を楽しんでいる。
そこにいる男達はいずれも中央貴族の有力者や、その後継者ばかりである。
ランペルージ王国の次世代の担うといってもいい若者達は、一人の女性を囲んで花を愛でるように称賛の言葉を繰り返している。
「・・・何をしているのだ、貴様らは」
私は思わず乱暴な言葉を漏らしてしまった。
鏡を見たわけではないのに、自分が苦虫を嚙み潰したような顔をしているのがはっきりとわかった。
目の前の光景は、それほどまでに頭を痛くさせるものだった。
「あら? お父様、どうかされましたの?」
高貴な男に囲まれていたのはマリアンヌ・ロサイス。正真正銘、私の娘である。
かつては令嬢の中の令嬢とまで呼ばれていた彼女が、今は人が変わったかのようにはしたなく多くの男性を侍らせていた。
「おや、これはこれは」
男の中からとりわけ立派なスーツを着た身なりの良い男が進み出てきて、丁寧な所作で腰を折って礼をする。
「おお、お久しぶりですなあ。公爵殿。本日は気候も穏やかで、ご機嫌麗しく・・・」
「挨拶は良い。それよりもここで何をしているのかね? ルーズ伯」
私の目の前に出てきたのはルーズ伯爵。娘の取り巻きの中でも特に身分の高い男である。
20歳という若さで爵位を継いだこの男は、同じ中央貴族とはいえ、私とは対立する派閥に与している。
それがいったい、どうトチ狂えば屋敷にやってきて人の娘を口説くことになるというのだ。
「これは異なことをおっしゃる。友人を訪ねるのにどんな理由が必要だというのでしょう?」
「妻のいる男性が他の女性を訪ねるというのであれば、相応の理由が必要ではないかね。奥方様が今の君を見たらさぞや嘆くだろうな」
嫌味交じりに行ってやるが、ルーズ伯爵は気にした様子もなくキザったらしい仕草で髪をかき上げた。
「我々はこの国の未来について話し合っていたのですよ。いずれ来るであろう、私達の時代についてね」
「私達の時代? いったい何の話をしている?」
「ははは、一国の摂政ともあろうお方が、若者の語る内輪の夢物語を詮索するのですか? ずいぶんと高尚な趣味をお持ちだ」
「若造が・・・!」
挑発しているとしか思えない慇懃無礼な発言の数々に、私の額に青筋が浮く。
一連のやり取りで一つ分かったことだが、目の前の男は自分の派閥からこちらに鞍替えするつもりで当家を訪れたわけではなさそうだ。
目の前の男の言葉と態度、その全てから私を政敵として敵視しているのが伝わってくる。
いかに派閥が違うとはいえ、今の私は国王陛下の代理たる摂政の地位についている。
その気になれば、目の前の小癪な若者を破滅させることくらい容易いことだ。
「お父様、おやめになってくださいな」
ルーズ伯爵を脅しつけてやろうとする私であったが、寸前で娘がやんわりと窘めてくる。
「皆様、私がお招きしたご友人です。礼を失する態度はホストの恥となりましょう」
「マリアンヌ・・・何を考えている?」
「ウフフフ・・・」
私の詰問を笑顔で受け流して、マリアンヌは扇で口元を隠す。
いたずらっぽく細められた目の奥にある本心は、父親である私にさえ察することはできなかった。
「興が覚めてしまいましたね。皆さん、本日のところはこれでお開きにいたしましょう?」
「ああ、残念ですね。次にお会いできる日を楽しみにしていますよ。我が王国の花よ」
「ぐっ・・・!」
ルーズ伯爵はこれ見よがしに娘の手に口づけを落として、ちらりと厭味ったらしくこちらを横目で見て部屋から退出していく。
「で、では我々も失礼しましょうか!」
「公爵殿、ご無礼を!」
「それではまた、マリアンヌ様!」
他の取り巻きの男達も慌てて部屋から逃げ出した。
気まずそうに私を見てくる男の中には、この国の騎士団長の息子や枢機卿の息子。王都の経済を牛耳る豪商の弟など、名だたる面子がそろっていた。
男どもが出て行って、部屋の中には私と娘が残された。
「いったい、どうしたというのだ! マリアンヌ、お前は何を考えているのだ!」
「あらあら、お父様ってば何をそんなに怒っているのかしら?」
「何をだと!? それを聞かねばわからぬほど堕落したか・・・!」
私の恫喝にマリアンヌは嫣然と微笑んだ。
椅子に座ったまま、大胆なカットが入っているドレスから伸びた脚を組む。
赤い唇をチロリと舌で舐める動作は恐ろしく艶があり、とても18歳の少女とは思えなかった。
「堕落とは失礼ですね。成長、あるいは進歩、もしくは昇華とでも呼んで欲しいものですわ」
「成長、だと? 今のお前のどこが・・・!」
マリアンヌはいつだって気高く、礼儀正しく、高潔な自慢の娘だった。
間違っても婚約者のいる男性に近づくようなことはなかった。
「お父様、私は私なりのやり方でこの国を守ろうとしているだけですわ」
「守る、何を言って?」
「いずれお父様にだってわかりますわ。私のやり方が正しかったと」
マリアンヌはそれ以上は取り合わず、パン、と扇で手の平を叩いて会話を打ち切った。
椅子から立ち上がり、ヒールの踵で床を叩いて部屋を出て行ってしまう。
「マリアンヌ・・・どうして、お前は」
娘の背中を呆然と見送り、私は怒りと失望に頭を抱えるのであった。
「あら、やだ。伯爵様ってば冗談ばっかり!」
「ははは、冗談ではないとも。本当さ!」
「まったく、ルーズ伯にも困ったものだ!」
「あはははは」
丸いテーブルを囲んで、数人の男女が茶会を楽しんでいる。
そこにいる男達はいずれも中央貴族の有力者や、その後継者ばかりである。
ランペルージ王国の次世代の担うといってもいい若者達は、一人の女性を囲んで花を愛でるように称賛の言葉を繰り返している。
「・・・何をしているのだ、貴様らは」
私は思わず乱暴な言葉を漏らしてしまった。
鏡を見たわけではないのに、自分が苦虫を嚙み潰したような顔をしているのがはっきりとわかった。
目の前の光景は、それほどまでに頭を痛くさせるものだった。
「あら? お父様、どうかされましたの?」
高貴な男に囲まれていたのはマリアンヌ・ロサイス。正真正銘、私の娘である。
かつては令嬢の中の令嬢とまで呼ばれていた彼女が、今は人が変わったかのようにはしたなく多くの男性を侍らせていた。
「おや、これはこれは」
男の中からとりわけ立派なスーツを着た身なりの良い男が進み出てきて、丁寧な所作で腰を折って礼をする。
「おお、お久しぶりですなあ。公爵殿。本日は気候も穏やかで、ご機嫌麗しく・・・」
「挨拶は良い。それよりもここで何をしているのかね? ルーズ伯」
私の目の前に出てきたのはルーズ伯爵。娘の取り巻きの中でも特に身分の高い男である。
20歳という若さで爵位を継いだこの男は、同じ中央貴族とはいえ、私とは対立する派閥に与している。
それがいったい、どうトチ狂えば屋敷にやってきて人の娘を口説くことになるというのだ。
「これは異なことをおっしゃる。友人を訪ねるのにどんな理由が必要だというのでしょう?」
「妻のいる男性が他の女性を訪ねるというのであれば、相応の理由が必要ではないかね。奥方様が今の君を見たらさぞや嘆くだろうな」
嫌味交じりに行ってやるが、ルーズ伯爵は気にした様子もなくキザったらしい仕草で髪をかき上げた。
「我々はこの国の未来について話し合っていたのですよ。いずれ来るであろう、私達の時代についてね」
「私達の時代? いったい何の話をしている?」
「ははは、一国の摂政ともあろうお方が、若者の語る内輪の夢物語を詮索するのですか? ずいぶんと高尚な趣味をお持ちだ」
「若造が・・・!」
挑発しているとしか思えない慇懃無礼な発言の数々に、私の額に青筋が浮く。
一連のやり取りで一つ分かったことだが、目の前の男は自分の派閥からこちらに鞍替えするつもりで当家を訪れたわけではなさそうだ。
目の前の男の言葉と態度、その全てから私を政敵として敵視しているのが伝わってくる。
いかに派閥が違うとはいえ、今の私は国王陛下の代理たる摂政の地位についている。
その気になれば、目の前の小癪な若者を破滅させることくらい容易いことだ。
「お父様、おやめになってくださいな」
ルーズ伯爵を脅しつけてやろうとする私であったが、寸前で娘がやんわりと窘めてくる。
「皆様、私がお招きしたご友人です。礼を失する態度はホストの恥となりましょう」
「マリアンヌ・・・何を考えている?」
「ウフフフ・・・」
私の詰問を笑顔で受け流して、マリアンヌは扇で口元を隠す。
いたずらっぽく細められた目の奥にある本心は、父親である私にさえ察することはできなかった。
「興が覚めてしまいましたね。皆さん、本日のところはこれでお開きにいたしましょう?」
「ああ、残念ですね。次にお会いできる日を楽しみにしていますよ。我が王国の花よ」
「ぐっ・・・!」
ルーズ伯爵はこれ見よがしに娘の手に口づけを落として、ちらりと厭味ったらしくこちらを横目で見て部屋から退出していく。
「で、では我々も失礼しましょうか!」
「公爵殿、ご無礼を!」
「それではまた、マリアンヌ様!」
他の取り巻きの男達も慌てて部屋から逃げ出した。
気まずそうに私を見てくる男の中には、この国の騎士団長の息子や枢機卿の息子。王都の経済を牛耳る豪商の弟など、名だたる面子がそろっていた。
男どもが出て行って、部屋の中には私と娘が残された。
「いったい、どうしたというのだ! マリアンヌ、お前は何を考えているのだ!」
「あらあら、お父様ってば何をそんなに怒っているのかしら?」
「何をだと!? それを聞かねばわからぬほど堕落したか・・・!」
私の恫喝にマリアンヌは嫣然と微笑んだ。
椅子に座ったまま、大胆なカットが入っているドレスから伸びた脚を組む。
赤い唇をチロリと舌で舐める動作は恐ろしく艶があり、とても18歳の少女とは思えなかった。
「堕落とは失礼ですね。成長、あるいは進歩、もしくは昇華とでも呼んで欲しいものですわ」
「成長、だと? 今のお前のどこが・・・!」
マリアンヌはいつだって気高く、礼儀正しく、高潔な自慢の娘だった。
間違っても婚約者のいる男性に近づくようなことはなかった。
「お父様、私は私なりのやり方でこの国を守ろうとしているだけですわ」
「守る、何を言って?」
「いずれお父様にだってわかりますわ。私のやり方が正しかったと」
マリアンヌはそれ以上は取り合わず、パン、と扇で手の平を叩いて会話を打ち切った。
椅子から立ち上がり、ヒールの踵で床を叩いて部屋を出て行ってしまう。
「マリアンヌ・・・どうして、お前は」
娘の背中を呆然と見送り、私は怒りと失望に頭を抱えるのであった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい
夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。
そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。
しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!