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第3章 南海冒険編
5.悪役令嬢、現る
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side ロサイス公爵
「あら、やだ。伯爵様ってば冗談ばっかり!」
「ははは、冗談ではないとも。本当さ!」
「まったく、ルーズ伯にも困ったものだ!」
「あはははは」
丸いテーブルを囲んで、数人の男女が茶会を楽しんでいる。
そこにいる男達はいずれも中央貴族の有力者や、その後継者ばかりである。
ランペルージ王国の次世代の担うといってもいい若者達は、一人の女性を囲んで花を愛でるように称賛の言葉を繰り返している。
「・・・何をしているのだ、貴様らは」
私は思わず乱暴な言葉を漏らしてしまった。
鏡を見たわけではないのに、自分が苦虫を嚙み潰したような顔をしているのがはっきりとわかった。
目の前の光景は、それほどまでに頭を痛くさせるものだった。
「あら? お父様、どうかされましたの?」
高貴な男に囲まれていたのはマリアンヌ・ロサイス。正真正銘、私の娘である。
かつては令嬢の中の令嬢とまで呼ばれていた彼女が、今は人が変わったかのようにはしたなく多くの男性を侍らせていた。
「おや、これはこれは」
男の中からとりわけ立派なスーツを着た身なりの良い男が進み出てきて、丁寧な所作で腰を折って礼をする。
「おお、お久しぶりですなあ。公爵殿。本日は気候も穏やかで、ご機嫌麗しく・・・」
「挨拶は良い。それよりもここで何をしているのかね? ルーズ伯」
私の目の前に出てきたのはルーズ伯爵。娘の取り巻きの中でも特に身分の高い男である。
20歳という若さで爵位を継いだこの男は、同じ中央貴族とはいえ、私とは対立する派閥に与している。
それがいったい、どうトチ狂えば屋敷にやってきて人の娘を口説くことになるというのだ。
「これは異なことをおっしゃる。友人を訪ねるのにどんな理由が必要だというのでしょう?」
「妻のいる男性が他の女性を訪ねるというのであれば、相応の理由が必要ではないかね。奥方様が今の君を見たらさぞや嘆くだろうな」
嫌味交じりに行ってやるが、ルーズ伯爵は気にした様子もなくキザったらしい仕草で髪をかき上げた。
「我々はこの国の未来について話し合っていたのですよ。いずれ来るであろう、私達の時代についてね」
「私達の時代? いったい何の話をしている?」
「ははは、一国の摂政ともあろうお方が、若者の語る内輪の夢物語を詮索するのですか? ずいぶんと高尚な趣味をお持ちだ」
「若造が・・・!」
挑発しているとしか思えない慇懃無礼な発言の数々に、私の額に青筋が浮く。
一連のやり取りで一つ分かったことだが、目の前の男は自分の派閥からこちらに鞍替えするつもりで当家を訪れたわけではなさそうだ。
目の前の男の言葉と態度、その全てから私を政敵として敵視しているのが伝わってくる。
いかに派閥が違うとはいえ、今の私は国王陛下の代理たる摂政の地位についている。
その気になれば、目の前の小癪な若者を破滅させることくらい容易いことだ。
「お父様、おやめになってくださいな」
ルーズ伯爵を脅しつけてやろうとする私であったが、寸前で娘がやんわりと窘めてくる。
「皆様、私がお招きしたご友人です。礼を失する態度はホストの恥となりましょう」
「マリアンヌ・・・何を考えている?」
「ウフフフ・・・」
私の詰問を笑顔で受け流して、マリアンヌは扇で口元を隠す。
いたずらっぽく細められた目の奥にある本心は、父親である私にさえ察することはできなかった。
「興が覚めてしまいましたね。皆さん、本日のところはこれでお開きにいたしましょう?」
「ああ、残念ですね。次にお会いできる日を楽しみにしていますよ。我が王国の花よ」
「ぐっ・・・!」
ルーズ伯爵はこれ見よがしに娘の手に口づけを落として、ちらりと厭味ったらしくこちらを横目で見て部屋から退出していく。
「で、では我々も失礼しましょうか!」
「公爵殿、ご無礼を!」
「それではまた、マリアンヌ様!」
他の取り巻きの男達も慌てて部屋から逃げ出した。
気まずそうに私を見てくる男の中には、この国の騎士団長の息子や枢機卿の息子。王都の経済を牛耳る豪商の弟など、名だたる面子がそろっていた。
男どもが出て行って、部屋の中には私と娘が残された。
「いったい、どうしたというのだ! マリアンヌ、お前は何を考えているのだ!」
「あらあら、お父様ってば何をそんなに怒っているのかしら?」
「何をだと!? それを聞かねばわからぬほど堕落したか・・・!」
私の恫喝にマリアンヌは嫣然と微笑んだ。
椅子に座ったまま、大胆なカットが入っているドレスから伸びた脚を組む。
赤い唇をチロリと舌で舐める動作は恐ろしく艶があり、とても18歳の少女とは思えなかった。
「堕落とは失礼ですね。成長、あるいは進歩、もしくは昇華とでも呼んで欲しいものですわ」
「成長、だと? 今のお前のどこが・・・!」
マリアンヌはいつだって気高く、礼儀正しく、高潔な自慢の娘だった。
間違っても婚約者のいる男性に近づくようなことはなかった。
「お父様、私は私なりのやり方でこの国を守ろうとしているだけですわ」
「守る、何を言って?」
「いずれお父様にだってわかりますわ。私のやり方が正しかったと」
マリアンヌはそれ以上は取り合わず、パン、と扇で手の平を叩いて会話を打ち切った。
椅子から立ち上がり、ヒールの踵で床を叩いて部屋を出て行ってしまう。
「マリアンヌ・・・どうして、お前は」
娘の背中を呆然と見送り、私は怒りと失望に頭を抱えるのであった。
「あら、やだ。伯爵様ってば冗談ばっかり!」
「ははは、冗談ではないとも。本当さ!」
「まったく、ルーズ伯にも困ったものだ!」
「あはははは」
丸いテーブルを囲んで、数人の男女が茶会を楽しんでいる。
そこにいる男達はいずれも中央貴族の有力者や、その後継者ばかりである。
ランペルージ王国の次世代の担うといってもいい若者達は、一人の女性を囲んで花を愛でるように称賛の言葉を繰り返している。
「・・・何をしているのだ、貴様らは」
私は思わず乱暴な言葉を漏らしてしまった。
鏡を見たわけではないのに、自分が苦虫を嚙み潰したような顔をしているのがはっきりとわかった。
目の前の光景は、それほどまでに頭を痛くさせるものだった。
「あら? お父様、どうかされましたの?」
高貴な男に囲まれていたのはマリアンヌ・ロサイス。正真正銘、私の娘である。
かつては令嬢の中の令嬢とまで呼ばれていた彼女が、今は人が変わったかのようにはしたなく多くの男性を侍らせていた。
「おや、これはこれは」
男の中からとりわけ立派なスーツを着た身なりの良い男が進み出てきて、丁寧な所作で腰を折って礼をする。
「おお、お久しぶりですなあ。公爵殿。本日は気候も穏やかで、ご機嫌麗しく・・・」
「挨拶は良い。それよりもここで何をしているのかね? ルーズ伯」
私の目の前に出てきたのはルーズ伯爵。娘の取り巻きの中でも特に身分の高い男である。
20歳という若さで爵位を継いだこの男は、同じ中央貴族とはいえ、私とは対立する派閥に与している。
それがいったい、どうトチ狂えば屋敷にやってきて人の娘を口説くことになるというのだ。
「これは異なことをおっしゃる。友人を訪ねるのにどんな理由が必要だというのでしょう?」
「妻のいる男性が他の女性を訪ねるというのであれば、相応の理由が必要ではないかね。奥方様が今の君を見たらさぞや嘆くだろうな」
嫌味交じりに行ってやるが、ルーズ伯爵は気にした様子もなくキザったらしい仕草で髪をかき上げた。
「我々はこの国の未来について話し合っていたのですよ。いずれ来るであろう、私達の時代についてね」
「私達の時代? いったい何の話をしている?」
「ははは、一国の摂政ともあろうお方が、若者の語る内輪の夢物語を詮索するのですか? ずいぶんと高尚な趣味をお持ちだ」
「若造が・・・!」
挑発しているとしか思えない慇懃無礼な発言の数々に、私の額に青筋が浮く。
一連のやり取りで一つ分かったことだが、目の前の男は自分の派閥からこちらに鞍替えするつもりで当家を訪れたわけではなさそうだ。
目の前の男の言葉と態度、その全てから私を政敵として敵視しているのが伝わってくる。
いかに派閥が違うとはいえ、今の私は国王陛下の代理たる摂政の地位についている。
その気になれば、目の前の小癪な若者を破滅させることくらい容易いことだ。
「お父様、おやめになってくださいな」
ルーズ伯爵を脅しつけてやろうとする私であったが、寸前で娘がやんわりと窘めてくる。
「皆様、私がお招きしたご友人です。礼を失する態度はホストの恥となりましょう」
「マリアンヌ・・・何を考えている?」
「ウフフフ・・・」
私の詰問を笑顔で受け流して、マリアンヌは扇で口元を隠す。
いたずらっぽく細められた目の奥にある本心は、父親である私にさえ察することはできなかった。
「興が覚めてしまいましたね。皆さん、本日のところはこれでお開きにいたしましょう?」
「ああ、残念ですね。次にお会いできる日を楽しみにしていますよ。我が王国の花よ」
「ぐっ・・・!」
ルーズ伯爵はこれ見よがしに娘の手に口づけを落として、ちらりと厭味ったらしくこちらを横目で見て部屋から退出していく。
「で、では我々も失礼しましょうか!」
「公爵殿、ご無礼を!」
「それではまた、マリアンヌ様!」
他の取り巻きの男達も慌てて部屋から逃げ出した。
気まずそうに私を見てくる男の中には、この国の騎士団長の息子や枢機卿の息子。王都の経済を牛耳る豪商の弟など、名だたる面子がそろっていた。
男どもが出て行って、部屋の中には私と娘が残された。
「いったい、どうしたというのだ! マリアンヌ、お前は何を考えているのだ!」
「あらあら、お父様ってば何をそんなに怒っているのかしら?」
「何をだと!? それを聞かねばわからぬほど堕落したか・・・!」
私の恫喝にマリアンヌは嫣然と微笑んだ。
椅子に座ったまま、大胆なカットが入っているドレスから伸びた脚を組む。
赤い唇をチロリと舌で舐める動作は恐ろしく艶があり、とても18歳の少女とは思えなかった。
「堕落とは失礼ですね。成長、あるいは進歩、もしくは昇華とでも呼んで欲しいものですわ」
「成長、だと? 今のお前のどこが・・・!」
マリアンヌはいつだって気高く、礼儀正しく、高潔な自慢の娘だった。
間違っても婚約者のいる男性に近づくようなことはなかった。
「お父様、私は私なりのやり方でこの国を守ろうとしているだけですわ」
「守る、何を言って?」
「いずれお父様にだってわかりますわ。私のやり方が正しかったと」
マリアンヌはそれ以上は取り合わず、パン、と扇で手の平を叩いて会話を打ち切った。
椅子から立ち上がり、ヒールの踵で床を叩いて部屋を出て行ってしまう。
「マリアンヌ・・・どうして、お前は」
娘の背中を呆然と見送り、私は怒りと失望に頭を抱えるのであった。
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